408 バロット孤児院
「たくさんもらっちゃったし、私のおうちに戻って食べる?」
「えー! クウ様、まだ外に出たばっかりだよー! もっと探検しようよー!」
「セラはどうしたい?」
「そうですね……。わたくしもせっかくなので、もっといろいろなところを見てみたいと思います」
「了解。ならそうしよっかー」
もらった食べ物は、私がアイテム欄に預かった。
セラが持ち帰って、陛下たちへのお土産にしてもいいよね。
お兄さまは喜んでくれるだろう。
姫様ドッグ、気に入ってくれているみたいだし。
お姉さまには試練になりそうだけど……。
お姉さま、姫様ロールを気に入っていたよ、そういえば……。
まあ、うん。
近い内、ローカロリーケーキも差し入れよう!
「クウ様! あれ! 私、あれに乗ってみたい!」
ミルが指差すのは乗合馬車のターミナルだ。
帝都には馬車の交通網がある。
料金は決して安くないけど、利用者はそれなりにいる。
「馬車なんて、うちに来る時にも乗ったよね? 珍しくないでしょ?」
「でもクウ様、あの馬車がどこに行くのか気にならない? だって、なんか、たくさんのニンゲンが乗ったり降りたりしているよね? 私たちも、あれに乗って冒険の旅に出ようよー」
「面白そうですね、それ」
セラも賛同したので、適当に乗ってみることにした。
かたこと。
かたこと。
特に目的地も無く、私たちは馬車に揺られる。
景色は新鮮だった。
帝都にはもう何ヶ月も住んでいるのに、いつもの通りを外れれば、初めて見る町並みばかりになる。
セラも興味津々に景色を見ている。
ミルは、となりに座っていたおばさんとおしゃべりしている。
車内で妖精のミルが怖がられている様子はない。
みんな友好的だ。
可愛いって正義だねえ。
「あ」
町の景色を見る中で、思わず私は声を上げた。
バロット孤児院と看板の出ている建物を見つけたからだ。
私はバロットという名称を知っている。
ロックさんの名字だ。
今の建物は、ロックさんの育った場所なのかも知れない。
「セラ、馬車だけど次の停留所で降りてもいい?」
「はい。なにかあったのですか?」
「気になる建物を見つけたんだー。行ってみたくて」
「冒険? ねえ、クウ様、冒険の始まり?」
「そだよー」
「やったー! 楽しみー!」
というわけで。
行ってみた。
バロット孤児院は、なかなかに立派な施設だった。
小さな学校のようだ。
広い土の庭があって、その奥に真新しい3階建ての建物がある。
庭では子供たちが遊んでいた。
と、私たちに気づいた女の子がこちらに来た。
真っ黒に日焼けした、いかにも勝ち気そうな同年代の子だ。
「よう、お嬢さまたち、なんか用か?」
「うん。ちょっとねー」
「へー。それなら来いよっ! せんせー、おきゃくさーん!」
ふむ。
これはどうしようか。
適当にうなずいたら、手を取られて敷地の中に引っ張られてしまった。
「……クウちゃん、用はあるんですか?」
セラが囁きかけてくる。
「……ううん。ないけど」
「……どうするんですか?」
「……どうしようね」
あはは。
「……では、先程の食べ物をプレゼントするのはどうでしょうか」
「……いいの?」
「……はい。わたくしは構いません」
「……じゃあ、そうするね」
他に案もないので、ありがたくそうさせてもらおう。
先生が来る頃には、庭にいた子供たちも全員集まっていた。
美人だー!
綺麗な女がきたぞー!
なんて、最初は、私とセラがチヤホヤされかけたけど、結局、みんなの注目はすぐにミルに移った。
妖精、恐るべし。
私とセラの美少女力をも上回るとは。
「ようこそ、バロット孤児院に。
それでお嬢様方は、一体、どのようなご用件でこちらに……。
うちの子が、なにかしましたでしょうか……」
不安げに先生が聞いてくる。
「あの、ここって、ロックさん――。冒険者のロック・バロットが育った場所なんですよね?」
「ええ。そうですが……」
「私、ロックさんの友達なんです」
「まあ、そうなんですか」
「それで今日は、差し入れをと思いまして……」
私がそう言うと、子供たちがわっと寄ってきた。
「差し入れって食いモン!?」
「アタシ、食う!」
「僕も僕も!」
「私もー!」
あはは。
みんな現金だねえ。
先生に確認したところ、許可はもらえた。
「じゃあ、魔法のバッグから取り出すねー。よいしょっと」
4つの白い箱を下に置いた。
「じゃーん! 帝都で今、人気の食べ物だよー!」
わっと子供たちが群がる。
そして、落胆した。
「なーんだ。またこれかよー」
「これ、もう飽きたー」
「まあ、でも、美味いことは美味いよな。もらっとこうぜ」
「だなー」
子供たちが姫様ドッグと姫様ロールを手に取る。
盛り上がることもなく。
先生が注意して、お礼が返ってくる。
ふむ。
これは、アレかな。
「せっかくのご厚意に申し訳有りません。ロック君が、いつもたくさん持ってきてくれるものでして……」
なるほど。
やっぱりか。
この後、少し雑談した。
バロット孤児院は、ほんの数年前までは、いつ閉鎖されてもおかしくないほどの老朽化した孤児院だった。
予算も寄付も少なくて、その日の食事にも苦労していたらしい。
でもロックさんが大成して状況は一変した。
多額の寄付をもらって建物も新築し、毎日、下手な庶民よりも豪華な食事を取ることができるようになった。
「私も、子供たちにはお腹一杯に食べてほしかったものですから、つい加減を間違えてしまって……。すっかり子供たちが贅沢を覚えてしまいました。このままではいけないと思うのですが、でも、こうやって、元気一杯に子供たちが健康に過ごしている姿を見ると、つい、どうしても……」
先生が苦笑まじりに語る。
「なあ、お嬢さまたち! これからアタシら、町の連中と剣技勝負に行くんだけど見に来るかー?」
最初に声をかけてきた女の子が、私たちに誘いの声をかけてきた。
「アニー! 貴女、またそんな、勝負なんて野蛮なことを」
先生が眉をひそめる。
「だってさー、先生。あいつらアタシらのこと、まだ親なしの貧乏人ってバカにしてくるんだぜ? もうアタシら貧乏じゃねーのに。だから剣技勝負に勝ったらもう二度と言わねえって約束させたんだよ」
「勝ったらって……。まさか、負けた時の約束もしたのですか?」
先生の懸念は正解のようだった。
「……負けたら、なんだっけ?」
アニーと呼ばれた日焼けした勝ち気そうな女の子が首を傾げる。
「アニーがあいつらの奴隷になるんじゃなかった?」
別の子が答えた。
「ああ、そうそう。そんな約束だっけ」
「なんて約束をしたのですか! 意味がわかっているのですか!?」
「へーきへーき。アタシら、つえーし」
「町の連中になんて、ぜってー、負けねーもんなー」
「なにしろロックの兄キの直伝だもんな!」
「兄キ最強だしな!」
「兄キの剣が、町の奴らになんて負けるわけねーもんな!」
「だよね! かったようなもの? だよねっ!」
木剣を振り上げ、子供たちは意気旺盛だ。
ふむ。
ロックさんが剣の手ほどきはしているようだけど……。
「どうする、セラ?」
「心配です。付いていきましょう」




