404 え?
最近、日が暮れると、ふわふわ工房にゼノが来るようになった。
「いやー、もうねー。うちのアリスがかわいくってさー。この間なんてねー」
「あー。はいはい。この間の話は聞き飽きましたよー」
「そんなこと言わないでさー。聞いてよー、クウ」
「私たち、たまには外で食べたいんだけどー」
「じゃあ、ボクも行くね?」
「だーめ。だってゼノ、すぐに浮いたり変身したりするでしょー」
「しないからー」
そう言いつつ、ゼノは興奮すると普通に浮かぶし、黒猫の姿と人間の姿をくるくる切り替える。
かわいくてかしこくて清楚で可憐で優雅で愛らしいだけの普通の女の子を自称している私としては、看過できない事態なのだ。
故にしょうがないので、最近はおうちで夕食を取っている。
「ひおりんはごめんね? 最近、構ってあげられなくて」
「いえ、某のことはお気になさらず。今後ともよき友人であってくれれば、それだけで嬉しいことです」
サラダを食べつつ、ヒオリさんが満面の笑みで答える。
まあ、うん。
ヒオリさんは構われない方が幸せだろうね。
毎度、青白い顔になってるし。
なんにしても、ゼノとアリスちゃんは上手くやっているようだ。
あっという間に仲良くなって、いつの間にか、ちゃっかりウェーバーさんちの一員になっていた。
ペットの黒猫としてだけど。
「で、今日はなにかやったの?」
仕方がないので、会話には付き合ってあげる。
「今日? 今日はねー、魔術の基礎を教えて――。あ」
「え?」
今、ただならぬ言葉が出ましたね。
「じゃ、じゃあ! ボク、帰るね! またねー!」
「待て」
逃さん。
魔力をこめた手で、飛び去ろうとするゼノの足をガッチリと掴んだ。
「ゼノさんや、今、なんと?」
「え?」
「え、じゃ、ありません。なんと、です」
「南東の方角に異常はないよ?」
「とりあえず、すわろ? ね?」
強引に席に戻した。
うしろに立って、魔力をこめた両手でゼノの肩を抑える。
「あの、クウ。なんか体がピリピリするんだけど……」
「あっはっはー。ちゃんと答えないと、こんなもんじゃ済ませないからねー」
「でも、南東の方角にはー。ぎゃあ!」
「ふっふー。ね?」
「は、はい……」
「で?」
「デスティニー? 運命?」
「なるほど。運命の導くままに、アリスちゃんを、早くも魔力覚醒させて魔法少女にしてしまったと」
「ちゃんとクウの言う通りにしただけだからね? 『ねえ、アリス、魔法少女になる気はあるかい?』って聞いたら、『なりたい!』ってアリスが言うから、そうしてあげただけだからね?」
「ほほう。アリスちゃんはまだ幼いから、当分の間は、ただ見守っているだけという約束はどうしたのかな?」
「え?」
「枝豆は残念ながら、今夜のメニューにはありません」
「いや、でもね、クウ? アリスの魔力って、本当に透明で、純粋で、なんの汚れもない冬の晴れた夜空みたいな闇なんだよ? そんなのに触れていたらもう我慢出来ないボクの気持ち、わかってくれるよね?」
「わかりません」
「ぎゃああああああああ!」
どうしようね……。
またも陛下にジャンピング土下座?
うーん。
「とりあえず、いったん封印して、なかったことにしようか?」
「そんなー!」
「あの、店長。魔力覚醒したばかりの幼い子供にそんなことをしては、心身に深刻な後遺症の残る可能性が……」
結局、封印してなかったことにする話は却下となった。
アリスちゃんへの負担が大きすぎるらしい。
「もう。しょうがないなぁ。いい、ゼノ? 秘密だからね? ぜーったい、バレないようにしてね?」
「任せてっ! アリスは立派な魔法少女にしてみせるからっ!」
「ホント、頼むよお……。怒られるの、私なんだからさぁ……」
「しかし、店長、前向きに考えれば、これでついに、店長のお友だちとしては、あと一色になりましたね」
「色?」
「はい。セラ殿が白、アンジェ殿が赤と緑、エミリー殿が黄、そして今回、アリス殿が黒となりました。あとは水の青さえいれば、全色、お友だちコンプリートということになります」
「あー、そういえばそうだねー。あれ、でも、青といえばヒオリさんがそうじゃなかったっけ?」
「某はサポート枠ですので」
「なるほど」
なんとなく納得できる立ち位置な気もする。
水魔術師といえばブリジットさんもいるけど、ブリジットさんもセラたちと同列のお友だちというわけではないか。
大好きな近所のお姉さん的な立ち位置だし。
「ね、クウ! ボク、いいことしたでしょ! クウの全色コンプリートに協力してあげたかったんだよ!」
「ふむ」
まあ、いいか。
今さらどうにもならないなら、前向きに考えるしかないよね。
「でもそれならセラたちには紹介したいところだよね。魔法少女仲間として」
「えー」
あれなんかゼノが嫌そうな顔をした。
「どしたの?」
「それはまだいいよー」
「なんで?」
「アリスはね、引っ込み思案で、人見知りで、友達のいない子なんだよ?」
「うん」
それなら尚の事――。
「今はまだいいの! ボクだけのアリスなんだからー!」
あー。
なるほど。
独占していたいのね。
「なら、ちゃんとホント、秘密にしてね?」
「任せて」
「あの、店長、ぜのりん、某は思うのですが……。信頼を失いかねないような秘密は持たない方が良いかと……」
結局、陛下やセラたちには伝えておくことにした。
身内だけの秘密ってことで。
まあ、そのほうがいいか。
ゼノが嫌がるのでみんなで遊んだりするのは先になりそうだけど。




