400 相談したい
アンジェを待っている間、私は久しぶりにマクナルさんのお店をたずねた。
前に来たのはアンジェと出会った時だから、もうかなり前だ。
マクナルさんは城郭都市アーレに住むドワーフの鍛冶職人だ。
腕利きの職人だけど大の貴族嫌いで、貴族からの注文を受けたくなくて、わざわざアーレの旧市街に店を構えている。
実は私、マクナルさんとは少し縁がある。
帝都のエメラルドストリートにある私のお店のおとなりさんが、マクナルさんの弟さんがやっている時計屋なのだ。
もう長いこと会っていないと言っていたので、弟さんが元気でやっていることを伝えに来たのだ。
あれ。
ところで私、弟さんの名前、聞いてなかったかな。
会話の中でマクナルさんに聞いてみた。
マクナルさんは教えてくれた。
私は……。
戦慄した。
「はぁぁぁ!? モス!? マクナルさんの弟がモス! ないわぁ! それだけはないわぁぁ! いやモスって名前が嫌いなわけじゃないよ!? むしろ私は好きだよとても好きだよ? でも、さ……。あるよね! 他にも! もっとちゃんと綺麗につながる名前が! ビッグでもクリスプでもフィレオでもダブルチーズでもポテトでもいいけどさぁ! せめてメニューにある名前にしようよ! なんでよりにもよってそこに来るかなあ理解できないわぁ」
「出てけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 二度と来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひぁぁぁぁっ!」
放り出された。
いや、うん。
ちょっと興奮しすぎたね、私。
少なくとも、人様の名前にケチをつけるのはよくなかった。
「……あの。ごめんね? 許して?」
閉じた扉を少しだけ開けて、私は上目遣いで可愛く謝った。
許してくれるかな?
「二度と来るなぁぁぁぁ!」
「ひゃあ!」
通じなかった!
まあ、ともかく、モスさんが元気でやっていることは伝えられた。
それについてはよかった。
マクナルさんのことは、また今度アーレに来た時に特製ハンバーガーをお土産にしてご機嫌を取ろう。
あとは広場の屋台を見て回る内、時間になった。
アンジェとは、校門の外で合流する。
近くの公園で木陰のベンチに座った。
少し雑談してから、私はアリスちゃんのことを話した。
そう――。
アンジェに相談したかったのはアリスちゃんのことだ。
どうすべきなのか。
「……ねえ、クウ。どうして私なの?」
「え? なんで?」
「だって帝都には、ヒオリ先生やセラだっているでしょ? それにクウなら皇帝陛下とも話せるのよね? あと、その子のご家族とか」
「あー。うん。そうなんだけどねえ。闇の力って微妙な問題だと思うんだよ。世間ではいい印象ってないよね?」
「そりゃあ、まあ、ね……普通に考えれば……。あ、私はそんな風には思っていないからね。ゼノからも話は聞いたし」
「陛下とかセラとかヒオリさんには、少なくとも私がどうしたいか決めるまでは言わないほうがいいかなーと思って。国の中心人物だし、大事になっちゃうとその子が可愛そうだからさぁ。家族に伝えるのも考えたけど、アドバイスくらいはできるようにしてからのほうがいいかなーと思って」
事実だけを伝えても……。
よい結果にはならない気がする。
「そうよねえ……。最悪、隔離とかされたりして……」
「そういうのは避けたくてねえ」
「でも、まだ覚醒していないのよね? 放っておいてもいいんじゃない? 闇の力なんて滅多なことでは目覚めないと思うけど。なにしろ、今の大陸には一人もいないわよね、闇の魔術師なんて」
「それならいいと思うけど……。でもさ、アンジェ」
「ん? なによ?」
「私と友達になったんだよ? それに妖精とも。それってさ、盛大な覚醒フラグだと思わない?」
「あー。確かに。クウと友達になっちゃあねえ。って、妖精!?」
驚かれた。
そういえばミルのことは話していなかった。
今はセラと一緒にいることまで話したら心底羨ましがられた。
「いいなー! 私も早く帝都に行きたーい!」
「あはは。それで、話を戻すけどさ……」
「ああ、そうよね……。うーん。私ならどうするかなぁ……。放置しておくのもリスクがあるとすれば……。でも、まだ5歳なのよねえ、その子……。あんまりキツイことは無理よねえ……」
アンジェが考え込む。
なにかいいアイデアを閃いてくれるといいけど。
私はダメだった。
正直、なにも思いつかなかった。
「ゼノに丸投げするとかは? 闇の大精霊なんだし」
アンジェが言う。
「ゼノは絶対に覚醒させちゃうと思うんだよね。闇の魔術師がほしいって、何回も口にしてたし」
「徹底的に鍛えてもらって、正義の闇の魔術師になるとか?」
「それだとアリスちゃんの人生が決まっちゃうよお」
「そかー」
「私の真似はいいからー」
「うーん。そうねえ。それならいっそ、魔力を封印しちゃうとか? クウにならできるんじゃないの?」
「ゼノに恨まれるよね、それ」
「そかー」
「私の真似はいいからー」
「あはは。ごめん。なんかいいたくなるわね、これ」
「もー」
でも、ゼノには秘密にして封印もアリか。
封印の仕方知らないけど。
結界を張るのと同じようにすればいいのだろうか。
それなら出来るけど。
「本人の意思次第……と言っても5歳では無理か。やっぱり、まずはご両親に相談してみたらどうかな?」
「んー。それもありなのかなぁ」
ご両親……。
アリスちゃんの場合は、おじいさんのウェーバーさんもか。
「少なくともクウが決めるよりはいいと思うわよ。その子のことを、一番に考えてくれるだろうし」
「そうだね。そうしようかな」
考えてみればアンジェの言う通りか。
「あーでも、やっぱり難しいかも。その子のおじいさん、熱心な精霊神教の信徒なんだよねえ。光が大好きな人だし」
「そかー」
「もー」
また真似してー。
「ごめんごめん。でも、そこはクウの頑張りどころじゃない?」
「私?」
「闇の力が邪悪なものでないことを説明した上で、伝えればいいでしょ。その上でどうするか考えてもらうの。まあ、と言っても、覚醒しないように封印することになる気がするけど。闇の力って世間のイメージが悪いし。ゼノには怒られそうだけどそれが今のところの現実よね」
「……だねえ」
そのイメージも変えていければいいけど。
「あーでも、クウ。私、やっぱり思うんだけど、ゼノにもちゃんと言っておいたほうがいいと思うわよ」
「そうかな?」
「あと、皇帝陛下にも伝えておいた方がいいと思う」
「みんなに言うってこと?」
「みんなにじゃなくて、関わる重要な人にね。仲良くやってるのよね? それならバレて困るような隠し事はしないほうがいいと思う。素直に伝えて、素直にその子が平穏に暮らせるようにお願いするのがいいと思う。クウのお願いなら、きっとみんな聞いてくれると思うわよ」
「でも、それで変なことになっちゃったら?」
「その時はクウが怒ればいいでしょ。ぶっ飛ばしちゃえ」
「そんな乱暴なー」
とは思ったけど、まあ、そうか。
ぶっ飛ばすのはともかく、隠すよりは伝えたほうがいいか。
「でも、わかった。相談してみるよ」
「うん。それがいいと思うわ。あと、ゼノは精霊だから別枠としても、人間への相談は皇帝陛下に最初にしたほうがいいかも知れないわね。偉い人は立ててあげたほうが確実にお得だし」
「うん。わかった」
アンジェの言うことはもっともな気がする。
そうしよう。
「じゃ、決まりね。がんばってね」
「ありがとう、アンジェ。やっと、どうするのか決められて、なんか疲れたと言うか肩の荷が降りたよー」
「それはよかった。力になれて私も嬉しいわ」
「よしっ! じゃあ、あとはお礼に、魔法、見てあげようか?」
「え、いいの? それなら今夜はうちで寝てってよ! クウに見てもらえるなら徹夜なんて余裕よね!」
「それだと寝ることにならないような……」
「細かいことは気にしないでいいから! さ、行きましょう!」
ついに400話です\(^o^)/
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お話はまだまだ続く予定ですので、よかったら今後ともお付き合い下さい!




