397 今、時は来たのだ!
ウェーバーさんとアリスちゃんの御両親は、お屋敷のリビングにいた。
「おや、これはクウちゃん様。いかがされましたかな? アリスも一緒で」
ウェーバーさんが声をかけてくる。
私はアリスちゃんの背中を、そっと押した。
「……あのね。ししょうとくんれんしたの」
「師匠?」
「私です。私がアリスちゃんに、我が奥義を伝授したのです」
私は胸を張って答えた。
「なんと。……そ、それはまさか、祝福や、そういった類のお力なのでしょうか」
ウェーバーさんが心底驚いた顔をする。
「えっと。はい。そうですね……。人を幸せにする力と言いますか……」
「なんとぉぉぉぉぉ!」
そんなのけぞるほどに驚かれると、私も恐縮しますが。
だって、ただのギャグだし。
「うちのアリスに、授けてくださったと……?」
「はい」
「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわっ! ウェーバーさん!?」
驚きのあまり倒れてしまったので、あわてて支えた。
「こ、これは失礼をば」
「いいえー」
立たせてあげる。
それにしても。
ふふ。
私の芸にそこまでの価値があったとは。
まあ、わかっちゃいたけど、やっぱり私ってすごいね!
御両親は困惑しているけど。
そんな御両親にウェーバーさんが熱く語る。
「いいか、2人共。あのクウちゃん様が、うちのアリスを認め、そのお力の一端を授けて下さったのだぞ! その意味がわかるか? わかるだろう? アリスは選ばれたのだ精霊様に!」
ふむ。
なんだか大袈裟だけど、まあ、いいか。
授けたことは事実だし。
お母さんが、おそるおそるの様子で私にたずねる。
「……クウちゃん様、うちのアリスには、才能があったのでしょうか?」
「はい。バッチリですよ」
私は笑顔でうなずいた。
まだ完璧には遠いけど、それでもちゃんと、にくきゅうにゃ~んも波ざばざばも再現できた。
十分、アリスちゃんには才能がある。
今後も修練していけば、立派な一芸となっていくはずだ。
「感謝を……」
なんか御両親にお祈りされちゃったけど。
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! これでアリスの将来も安泰です! 本当にありがとうございます! うああああ! 私は今、この感動を留めることができない!」
ウェーバーさんが叫んでいるけど。
いや、はい。
そこまでのものではない気もするんですが……。
なにしろ、ただの一発芸ですし……。
ともかく披露することになった。
ウェーバーさんと御両親が、がっつり緊張した様子で私たちを見つめる。
「……あの、えっと。もう少し肩の力を抜いてもらえると」
それでは笑うものも笑えないよね、きっと。
「そ、そうですな! ははは!」
ウェーバーさんが笑って、体をゆらゆらと揺らす。
御両親も無理やりそうに笑う。
まあ、いいか。
少しはほぐれてくれたかな。
「じゃあ、アリスちゃん、やろうか。練習した通りにね」
「はい、ししょう」
ウェーバーさんと御両親がごくりと息を呑む。
なんだか妙な緊張感だ。
まあ、無理もないか。
アリスちゃんは大人しくて人見知りな子だしね。
そんな子に、果たして芸ができるのか。
不安にも思うだろう。
だけど、安心してほしいっ!
アリスちゃんはできる。
才能もある。
さあ、アリスちゃん、好きなタイミングでいいよ。
私が合わせるから。
笑いの渦を、このリビングに起こそう!
今、時は来たのだ!
アリスちゃんが動いた。
くるりと背を向けてからの――。
振り返って――。
「にくきゅうにゃ~ん」
からの!
「なみ、ざばざば~。ざばざば~」
よし!
私もバッチリ動きは合わせた。
決まった。
アリスちゃん、初めてとは思えないくらいによかったよ!
さあ。
どうだ!
すぐに、お父さんとお母さんが笑顔で拍手してくれる。
おもしろかったよー、かわいかったよー。
って言いながら。
メイドさんたちも拍手してくれている。
やったね、アリスちゃん!
笑いの渦ではなかったけど大成功だね!
一拍の間を置いて、ウェーバーさんが口を開いた。
「……クウちゃん様、今のは?」
「アリスちゃんに伝授した、私の一発芸です」
「そ、そうでしたか……」
あれ。
ウケなかったかな?
と思ったのだけど。
「素晴らしかったです! 最高でしたとも!」
ウェーバーさんも大いに拍手してくれた。
「よかったね、アリスちゃん。みんな、楽しんでくれたよ」
「……うん。うれしい」
「これからはみんなにこの芸で挨拶していこうね」
「……うん。そうする」
「え。クウちゃん様、それは……。あの……」
なぜかウェーバーさんが拍手を止めた。
「ん? どうかしましたか?」
「いえ、はい……。素晴らしい芸で感動しました」
「ありがとうございます」
「ですが、その……。芸を挨拶代わりに披露していくというのは……。ほんの少しだけ問題があると言いますか」
「あ、えっと。すいません。そうですよね」
ごもっともです。
お友だちになった人に見せよう、ということにした。




