391 楽しい夜
お店では、帝都ナンバーワン酒飲み(非公式)を決める勝負が始まって、大いに盛り上がっていた。
ロックさんにキャロンさんに獣人のおじさん。
冒険者や商会の人も加わって、これでもかというほど飲んでいる。
いいねえ……。
みんな、若いねえ……。
私とお兄さまは、黙々とソーセージを食べていた。
会話が、ない。
なんだろう。
お店の中はこんなにも盛り上がっているのに。
私たちのテーブルだけ静かだ。
「あの、お兄さま」
「なんだ?」
「なにか面白い話をしてください?」
「そんなものはない」
「じゃ、じゃあ、私がしますね?」
えっと。
「あ、このソースおいしいー! へー、そーっすか。なら俺もそーすっか。そーすー、そーすー。素数!?」
…………。
……。
つ、つまんねえ。
我ながら意味わかんねえ。
「ぷっ」
あ。
と思ったら、ひたすら食べていたヒオリさんが笑った。
「て、店長、今のは……」
「あ、うん。ごめんね?」
「いえ。お気になさらず」
ふむ。
お兄さまは微動だにしないね。
「もう! お兄さま!」
「なんだ?」
「せっかく来たんだから、もう少し盛り上がってくださいよー! ほら、見てください! みんな盛り上がってるでしょ! なのにここだけ湖畔ですよ、湖畔! 静かな湖畔で優雅な一時ですよ!」
「……それはそれで良いものだと思うが?」
「それはそうですけどー!」
「そもそも、騒ぎたいなら騒いで来ればよかろう?」
「こんなところにお兄さまを1人にして、なにかあったらどうするんですか」
私が怒られますよ?
「安心しろ。護衛はついている。それに、おまえに貰った指輪もある」
「んー」
「俺は会話してくるとしよう」
お兄さまが席を立って、若手冒険者たちのところに行った。
大丈夫なのかな……。
私は様子を見ていたけど、大丈夫のようだ。
考えてみれば、学院生のボンバーやタタくんはお兄さまのことを知っているよね。
二人は、実はお兄さまのことには気づいていて、一体どうしてここにいて私といるのかを気にしていたようだ。
お兄さまが近づくと、学院生兼冒険者のみんなが一斉に起立する。
あのボンバーまでもが礼儀正しくしている。
意外だ。
すぐにお兄さまがそれをやめさせて、なにやらおしゃべりを始める。
なにを話しているんだろう。
最初はみんな硬かったけど、すぐに打ち解けて笑っている。
お店はとても騒がしい。
お兄さまたちの会話は聞こえなかった。
あ。
酒飲み大会に決着がついたようだ。
「がははははははっ! 若造共、俺に歯向かうとは10年早いわぁぁぁ!」
おお。
獣人のおじさんが優勝したようだ!
主催者面したウェルダンが、偉そうな態度でおじさんを褒め称える。
その脇では他の参加者たちが死にそうになっている。
「まったくもう! みんな、大丈夫!?」
私は急いで駆け寄った。
解毒魔法をかけてあげる。
「おおっ! すっきりしたぜ! さんきゅうな、クウ! よし、おっさん! もう1回勝負するぞ、勝負!」
「望むところよ! かかってこい、若造!」
回復した途端、ロックさんとおじさんがまたお酒を飲もうとする。
「あんた! いい加減にしとき!」
あ、おばさんが怒った。
おじさんは連れて行かれました。
「というか、クウ。お兄さまとのお話はもういいのか?」
「うん。一応はね」
「よーし! なら、アレだな! アレ!」
「アレって?」
なんだろか。
「あー、アレか!」
わかった。
アレね!
私はテーブルに飛び乗った。
「よーし!
勝負もついたところで!
みんなー!
かしこい精霊クウちゃんさまの!
祝福のぉぉぉぉぉぉぉ!
時間だぁぁぁぁ!」
おおおおっ!
常連のみんなが大きな声で答えてくれた。
知らない人たちはポカンとしてしまっているけど、まあ、気にしない。
さあ、というわけで。
楽しい夜のお約束。
常連さんたちの祝福コールが響く中、盛大にかけてあげた。
いつもは形だけだけど、今夜は大サービス。
「ブレス!」
白魔法、本物の祝福だ。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 体が! 体が漲るぅぅぅぅ! マイエンジェルの愛が染み渡るぅぅぅぅ!」
身悶えするボンバーがひたすら気持ち悪いのは見なかったことにしよう。
「……おい、クウ。なんか今夜の祝福、すげぇな」
「あっはっはー!」
「まあ、いいか! さんきゅーな!」
しゅっくふく!
しゅっくふく!
しゅっくふく!
しゅっくふく!
漲る力を解放させるように、みんなが祝福コールを繰り返す。
ロックさんやおじさんは、またお酒をガバ飲みだ。
ウェーバーさんは跪いて祈っている。
お兄さまは目が合うと、なぜか私から顔を背けてこめかみに手を当てた。
まあ、うん。
お兄さまはこういう馬鹿騒ぎ、あんまり好きじゃないかもだね。
私は大好きだけど!
祝福コールに応えて、私はポーズを決めまくった。
途中からブリジットさんが私の横に立って私と同じポーズを決め始める。
テキトーにノリだけでやっている私の動きに、完璧に合わせてくるのだ。
さすがだ。
これには私のテンションもマックスだ。
最後に、二人でビシッとよくわからないポーズを決める。
すかさずロックさんが「かんぱーい!」と叫んで、祝福祭りはおわった。
私はブリジットさんと同じ席についた。
「楽しかったですねー!」
「うん。楽しかった」
2人で乾杯する。
ブリジットさんもお酒は飲まないみたいで、お互いに果実水だ。
この後はブリジットさんとおしゃべりした。
妖精騒ぎのこととか、禁区調査のこととか。
「ねえ、クウちゃん」
「ん?」
「あの時、見ていたのかな?」
「あの時? いつだろ?」
「ううん。クウちゃんの指輪のおかげで、命を取り留めたよ。ありがとう」
「いいえー」
ちょっと誤魔化しちゃったけど、まあ、いいよね。
「よう、クウちゃん! さっきのすごかったなー! なんだよありゃ!」
「ルル、細かいことを気にするのは、野暮というものですよ」
ルルさんとノーラさんが来た。
2人ともブリジットさんのパーティーメンバーだ。
「でも、これは聞いてもいいのかしら。……どうして殿下が、クウちゃんのお兄さまとしてこんなところに来ているの?」
声を潜めて、ノーラさんが質問する。
そういえばノーラさんは貴族のご令嬢だった。
お兄さまとは面識があるんだね。
「いやー。あはは。成り行きで」
「じゃあ、やっぱり本物の殿下なのか……?」
ルルさんがおそるおそる聞いてくる。
「はい、まあ」
「……クウちゃん、ヤベェな。なんで殿下をお兄さま呼びできるんだよ」
「いやー。あはは。それも成り行きで」
「不敬罪でしょっぴかれるヤツが出ねぇといいけどな……」
ルルさんがお兄さまに目を向ける。
「ロックが心配ですね」
ノーラさんがため息をついた。
見れば、ロックさんがお兄さまの肩を叩いて楽しそうに笑っていた。
うん。
今にも忍者な人たちが現れそうだ。
とはいえ、そんな険悪な雰囲気ではない気もする。
というか、お兄さまの前でロックさんとボンバーが喧嘩を始めて、今度は大食い勝負が行われることになった。
審判員はお兄さまが務めるようだ。
いいんだろうか……。
え?
優勝した人間が私の真のお兄ちゃん?
私を甘やかす権利?
なんだそりゃ!
どうしてそんな話になった!
アホか、ないわ!
怒りかけたところで、ブリジットさんが大食い勝負に参戦した。
頑張れ、お姉ちゃん!
こうして今夜も。
楽しい時間は過ぎていった。




