389 宴会!
夜になった。
私は、いつもの『陽気な白猫亭』に来ていた。
お店には、ロックさんやキャロンさんを始めとしたいつもの常連だけではなくて、大勢が詰めかけていた。
タタくんを始めとした若手冒険者たち。
呼んでもいないのにボンバーも来ていた。
ダンジョン町に食品を運んで暮らす獣人のおじさんとおばさん。
姫様ドッグと姫様ロールの店長さんと店員さん。
リリアさんと冒険者ギルドの人たち。
ウェーバーさんと商会の人たち。
ブリジットさんやルルさん、『赤き翼』の仲間も来ていた。
今夜のブリジットさんは、ローブを着て、フードを深くかぶった冒険者モードだ。
まるで影みたいに静かに座っていた。
「えーこほん! 皆、この度は、この私、ウェルダン・ナマニエルのために、よくぞ集まってくれた!」
前に出て偉そうにのたまうのは、ウェルダンだ。
みんな、キョトンとしている。
まあ、うん。
みんな、店に来た時、まずは私とウェーバーさんに挨拶してくれたしね。
私の主催だし。
ウェーバーさんの奢りだし。
ごめん、ウェルダン。
みんなにウェルダンのことを言うの、完全に忘れていたよ。
「この度、めでたく、私は自分の店を持つことになった! 残念ながら本日、同士であるオダン氏は不在だが――。その分もこの私、ウェルダン・ナマニエルが、ここに声を大にして宣言させていただこう!」
まあ、いいか。
ウェルダンは気にしていない様子だし。
「我ら、オダウェル食品商会が、近い内に、この帝都に食の革命を起こすと! 思えば近いようで遠い道のりであった――」
「おい、なげぇぞおっさん! なんの話かしらねぇが、さっさとおわれ!」
「黙れ小僧! ありがたい話なのだから最後まで聞け!」
ロックさんに野次を入れられても怯みもせず、ウェルダンはみんなの白い目など無視して堂々と話を続けた。
やがてイラッとした他の客からも「早く飲ませろやー! さーけ! さーけ!」なんてコールが湧き上がるけど、無視。
「だいたいなんでおっさんがしゃべってんだよ! 挨拶するなら、ウェーバー会長かクウだろうがよー!」
「そう、考えてみれば――。クソガキとの不幸な出会いからであったな――」
ウェルダンの胆力は、さすがだ。
結局、話が私との出会いのことに移ると、ロックさんたちも興味を持ったのか野次を入れつつも聞き始めた。
「――というわけで、私は今、ここに至るのだ。
この私の、この私による。
この私の頑張りを賞して。
まずはこの私、ウェルダン・ナマニエルが乾杯させてもらおう!」
乾杯っ!
わー!
というわけで。
ウェルダンの長い話がおわって、宴会となった。
ヒオリさんが食べまくる。
私は果実水を頂いた。
魔石の力でよく冷えていて美味しい。
「魔石ってすごいよねー。飲み物を冷やしたり、照明になったり」
「ほうでふへ。わらわらのへいはふのかなへでふへ」
食べつつヒオリさんが言った。
そうですね我々の生活の要ですね、と言っているようだ。
「だろー。こうやって夜にも騒げて、楽しくできると、俺らも命懸けでダンジョンに潜る甲斐があるってもんさ」
ジョッキ片手にロックさんが私のテーブルに来た。
なぜか肩を組んで一緒にいるのはタタくんだ。
「そうっすね。僕も早く、ロックさんみたいな一流になりたいっす」
「おいおい、俺は一流じゃねぇぞ! 超一流だ!」
わははは!
ロックさんは早くも出来上がっているようだ。
「ふふ。貴方が超一流というなら、私はそれを超えた伝説となりましょう」
うわ。
ボンバーまで来た。
「こんばんは、マイプリンセスエンジェル。ご挨拶が遅れて申し訳有りません。貴女のボンバーが只今参りました。今宵はお招きありがとうございます。さあ、共に楽しい夜を過ごそうではありませんか」
「あー、はいはい。あっちで好きに楽しんでねー」
手のひらを振って追い返す。
「ふふ。照れなくてもいいのですよ」
「うっせえ!」
「ばふぉあ!」
おっと。
近づいてきたから、反射的に座ったまま蹴り飛ばしてしまった。
まあ、いいか。
「……おまえ、意味不明にすげぇな」
「そうっすね。いつものことで、なんか慣れたっすけど」
タタくんがボンバーを起こしに行った。
ボンバーなんて放っておけばいいのに、タタくんはいい人だね、ホント。
「ねえ、そういえばさ、ロックさんとブリジットさんって幼なじみなんでしょ。聞いた時は驚いたよー」
「そうか? べつに普通だろ、そんなもん」
「ずっと一緒なんだよね?」
「まあなー」
「結婚とかはいつする予定なの?」
「げほっ! げほっ!」
聞いたら、咽られた。
「あのなっ! 俺たちは仲間だっつってんだろ!」
「またまたー」
照れちゃってー。
「……ったく、ガキの癖にマセたこと言いやがって」
「ガキじゃないですー。22歳の大人ですー」
「はぁ? おまえのどこが22歳だ」
「だいたい、それを言ったらヒオリさんなんて400歳超えてるでしょ」
「見た目の問題じゃねーの! おまえの、その幼稚な言動の、どこが、大人だってーの11歳まんまだろーが!」
「はぁ!? 言ってくれちゃってますねえ、このトウヘンボクは! 私がどれだけ大人かも知らないで!」
「ほお。じゃあ、大人なところを語ってみろ」
「いいよ、語ってやろうじゃないの!」
私は啖呵を切って立ち上がった。
「おーい! みんなー! 注目ー! これからクウのヤツが! いかに自分が大人の女かを語ってくれるそうだぞー!」
な。
なななな、なにを言っちゃってくれるのかー!
このアホウはぁぁぁぁぁぁ!
みんなが私に注目する。
…………。
……。
い、いかん。
大人のエピソードと言えば、やはり恋愛だろうけど。
前世22年も含めてゼロだぞ、私。
なにか。
なにかないか……。
大人なこと。
たとえば、社会人経験!
なし!
あああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!
そ、そうだ。
あるじゃないか私にも!
「……よろしい。見せてあげるよ。これが私の大人だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は勢いよくコップを天に掲げた。
「かんぱーい!」
叫んで、コップに入っていた果実水を一気飲みす。
ぷはぁぁぁ!
…………。
……。
あれ?
いつもなら、かんぱーいと続くところなのに、みんな、黙って私を見ているね。
次の瞬間、大笑いされた。
わははははは!
「クウちゃんに大人のエピソード? あるわけないよねぇ」
この呆れたような声は、冒険者ギルドの受付嬢のリリアさんかぁ!
「クソガキが大人!? あるものか! わははははは!」
ウェルダンにまで大笑いされている!
「なんだよ、てっきり恋人自慢でもするのかと思ったのによー」
この残念がる声は、『赤き翼』の軽戦士ルルさんだね……。
「大方、ロックと口論になって、売り言葉に買い言葉で言ってしまったのだろう。子供らしくて可愛らしいじゃないか」
そう冷静に分析するのは、同じく『赤き翼』の重戦士ダズさんだね……。
ああああ。
ローブに顔を隠したブリジットさんの肩が揺れている。
笑っているようだ……。
いつもならウケれば喜ぶ私だけど……。
これは、うん。
私は静かに着席した。
うなだれると、ロックさんに謝られた。
「なんか、おう……。ごめんな、クウ? 俺がすべて悪かったよ……」
「ううん……。いいの……」
なにもなかった私が悪いのさ……。
私が落ち込んでいると。
ドアが開いた。
「お。なんかすげーイケメンが来たぞ。
誰だ、あの貴族。
どっかで見た気もするが……。
なあ、クウ、あれもおまえが呼んだのか?」
ロックさんが言う。
ふむ。
誰だろか。
イケメンの貴族と言われてもパッと思い当たる節がなく、私は顔をあげた。




