386 ウェーバーさんのお店に行く
翌日、私はウェーバー商会を訪れた。
ウェルダンとオダンさんのお店がどこにあるのかを聞くためだ。
考えてみると場所を聞いてなかった。
間違いなく仕事中だったと思うけど、いつものようにすぐさまウェーバーさんは会ってくれることになった。
いつもすいません。
応接室に通されて、ウェーバーさんが来るのを待つ。
今度からはアレか。
ちゃんとアポイントを取るべきか。
でもそれだと私、きっと忘れちゃうしなあ……。
何故私は、すぐに忘れてしまうのか。
それがわからない。
何故だろう。
私は鳥ではなく精霊さんのはずだ。
しかも、思考能力は抜群。
いつでもどこでも、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するができる。
あれこれって、ネットでよく使われていた某銀河戦争小説の有名な台詞だけど、ダメな場合に使われるんだっけ。
ということは。
私はダメなのかな?
ふむ。
そんなことはないはずだ。
ということは、柔軟性も臨機応変もないのかな?
ふむ。
わからないっ!
そんなことを考えていると、部下の人を連れてウェーバーさんが現れた。
挨拶の後、ウェーバーさんの方が話を切り出した。
忘れていたけど、ユイちゃんぬいぐるみの売上のことだった。
豪華な木箱がテーブルに置かれて、パカリと蓋が開けられる。
中に入っていたのは、なんと聖星貨。
何枚も並んでいた。
聖星貨は大きな取引で使われる特別な貨幣だ。
1枚で、なんと金貨千枚の価値がある。
おそるべし。
正式な取引であることを示す、なんか難しい書類もテーブルに置かれた。
精霊神殿大司教の名前が記されている。
「どうぞ、クウちゃんの魔法のバッグにお収め下さい」
「はい、どうもです……」
とりあえず受け取っておいた。
ショルダーバッグに入れるフリをして、アイテム欄に収納する。
またお金が増えてしまった。
どうしようね、これ。
さらに加えて、ぬいぐるみのライセンス料もあった。
こちらも多額だ。
なんと金貨で数百枚。
びっくりだ。
「……そうですな。正直なところ、まさかここまでの売り上げを出すとは、私も思っていませんでした」
「お店、いつもお客さんで一杯ですもんね」
「帝都の人間だけでなく、外から来た者が帝都土産に精霊ちゃんぬいぐるみを買うのも定番になっているようです。帝国全土の流行へと広がりそうですぞ」
「あははー。いやー、嬉しいですねー」
「それで、どうでしょうか。さすがに毎回、この金額を手渡しというのは事故のリスクもありますので――。
私としてはクウちゃんとお会いできる機会を手放すのは残念でもあるのですが、商業ギルドの口座に振り込ませていただくというのは」
「へー。口座なんてあるんですか?」
商業ギルドの正会員は自動的に商業ギルドに取引口座を持つらしい。
つまり、私も持っているのだった。
だけど私は知らない。
なにしろ、難しい説明なんてひとつも頭に残っていない。
すべてヒオリさんに丸投げだ。
というわけで、そのあたりのことはヒオリさんと話してもらって、つつがなきように決めてもらうことになった。
ウェーバーさんには本気で心配された。
詐欺師に騙されることがないように、十分にご注意を。
不審な点があればすぐにご相談を。
と。
うん、はい。
出会う人たちがみんな善良で、本当に助かっておりますね、私。
ウェルダンとオダンさんのお店の場所も教えてもらえた。
ただ、オダンさんは一旦、帝都見学に来ていたエマさんとエミリーちゃんを連れてネミエの町に帰ったそうだ。
今はウェルダンしかいないらしい。
すぐに呼べるそうなので、呼んでもらうことにした。
ウェルダンならいいよね。
商売の話は、ボス格なウェーバーさんも一緒の方がいいかも知れないし。
「あと、そういえば、なのですが……」
「どうしたんですか?」
「はい。あの、クウちゃんは昨日の妖精騒ぎをご存知でしょうか?」
「あ、はい……。あれ、私についてきちゃった子なんですけど……。もしかして、ご迷惑とかかけちゃいましたか?」
「いえ、そのようなことは。しかし、やはりそうでしたか」
「あはは」
「それで実は、お願いがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
お世話になっているし、できることなら聞きますよ。
「実は、私の孫のアリスが――」
アリスちゃんのことは覚えている。
前にお店に来て、私のぬいぐるみを大いに気に入ってくれた女の子だ。
年齢は、エミリーちゃんよりも下で、幼稚園児くらいだった。
人見知りの激しい大人しい子だった。
「すっかり妖精さんに夢中でして……。いつも絵本で見ておりましてな、それが現実に居ると知って、会いたい、会いたい、と。それで、できれば、もうすぐアリスの5歳の誕生日となるので……」
「ああ、サプライズしてあげたいってことですね」
「はい。できれば、なのですが」
「いいですよー。ただ、あの子、今は陛下の保護下にあるので、たぶんいいと思うけど一応聞いてみますね」
「陛下――。皇帝陛下ですか!?」
「はい。そうです。あの子、今、大宮殿で寝泊まりしているので」
「それは……。なんと申しますか……。やはり止めておいたほうが……」
「平気ですよー。任せて下さいっ!」
アリスちゃんには、ぜひとも喜んでもらおう。
その後は、やってきたウェルダンと新しい商売の話をした。
「妖精!? 妖精と取引できるのか!? 我らがオダウェル商会が! もちろんやらせてもらうぞ我らに任せておけ!」
ウェルダンは大乗り気で食いついてくれた。
オダウェル商会というのは、ウェルダンとオダンさんが立ち上げた商会の名前らしい。
オダンのオダ。
ウェルダンのウェル。
自己主張の塊みたいなウェルダンがオダンさんの名前を先につけるのは意外だったけど、ウェルダンが商会長になったので、名前はオダンさんが先に、というバランス取りの結果だったようだ。
それもまた意外だった。
ウェルダンに、そんな調整ができるなんて。
「しかし、妖精の果実か――。これはいっそ、オダウェル食品社とでも会社の名前を変えて食品専門会社としてもよいかもしれんな」
「妖精の果実は、すべて大宮殿行きだからね?」
「わかっておる。横流しなどせん。帝室御用達の商人となれることが重要なのだ。この価値は計り知れんぞ!」
「そうだな。帝室御用達となれば、貴族からの注文にも大いに期待できる。同じ品質のものでも箔が違ってくるからな。オダウェルブランドさえ確立できれば、食品業界で地位を築くことも可能だろう」
ウェーバーさんが、盛り上がるウェルダンさんに同意する。
しかもウェーバーさんは食品をたいして扱っていないので、競合することがないのも良いのだそうだ。
「感謝するぞ、クソガキ! よし! 今夜は例の店で俺様が奢ってやる!」
「ほんと?」
「ああ! 店ごと任せておけ!」
「やった! じゃあ、姫様ドッグと姫様ロールのお店の人たちも誘おうっと!」
迷惑かけたしね!
「あとロックさんたちと、若手冒険者のみんなも誘ってみようかなぁ」
楽しいことになりそうだ!
「……おい、待て。
……貴様、この私を破産させる気ではなかろうな」
結局、私とヒオリさんだけ奢りになった。
ウェルダン……。
商会長になったのに小物っぽいのは、そういうとこだぞ。
「はははっ!
では、今夜は私も奢らせてもらいましょう。
クウちゃん、今夜は好きなだけ好きな相手を呼んで下さい。
そのかわり、私も参加させていただいて良いですかな?」
ほら、これが大物ってもんだぞ。
「はいっ! もちろんですっ! ありがとうございますっ!」
まあかくいう私も、子供ぶって喜んでいるけど、今やお金持ちなんですけれどね!
私も、私の奢りだぁぁぁぁ!やったほうがいいんだろうか。
でもなんかキャラじゃないしなぁ。
私、かわいいだけが取り柄のクウちゃんだし。
そもそも子供ぶってというか、実際、まだ子供だよね、私。
私の奢りだぁ!
とかは、せめて成人してからだよねえ。
そんな気がする。
前世なら、まだお年玉がもらえるわけだし。
おっと、いけませんよ!
前世では大人。
22歳の大学四年生でしたね、私。
最近では、もう忘れていることの方が多いけど。
この世界に来たばかりの頃は、実は私は大人なんですよ!
22歳ですよ!
ってアピールしていた気もするけど。
今ではすっかり、自分のことをかわいいクウちゃんだとしか思っていない。
まあ、いいや。
そのあたりは、おいおい考えよう。
とりあえず今日は、大宮殿に行ってミルの連れ出し許可をもらって、みんなに奢りの話を伝えて……。
あ、なにより『陽気な白猫亭』に行ってメアリーさんに話を通さないとだね!
メアリーさんがダメと言ったらダメなわけだし。
大忙しだね!
頑張ろうっ!




