381 閑話・セラフィーヌの隠し事
「ねーねー! セラ、クッキーは持っているの? クッキー!」
「え、あ、はい……」
用意してもらえば、ですが。
「やったー! ねーねー! ちょーだいっ!」
「それならお部屋に行かないと……」
「行きましょう! 私、セラのクッキーも食べてみたいわっ!」
妖精のミルちゃんがわたくしを引っ張ります。
困りました。
わたくし、セラフィーヌはクウちゃんのお友だちです。
どう考えても、ミルちゃんのことはクウちゃんに知らせねばなりません。
と、急にミルちゃんが姿を消して、光のきらめきに戻ります。
私の背中に隠れました。
すぐにシルエラが戻ってきました。
「おまたせいたしました」
「い、いえ……」
「どうかされましたか?」
シルエラはミルちゃんのことには気づいていない様子です。
他の方はどうでしょうか……。
わたしはおそるおそる、まわりの様子を見ます。
奥庭園には、誰もいないように見えても、見張りの人がいるようですし。
幸いにも、誰かがわたくしたちの前に現れることはありませんでした。
短い時間のことですし、見られていなかったのかも知れません。
「クウちゃん様ですが、現在は陛下とお話中のようです。バルター様やアルビオ様も呼ばれたようなので、何か大切なお話かと」
「……そうですかぁ。それだと、お邪魔するのは駄目ですね」
「クウちゃん様は、今夜はご夕食を共に取って、お泊りにもなるようなので、お話しする時間は十分に取れるそうです」
「そうなんですかっ! よかったですっ!」
わたくしはほっとしました。
それならば、ミルちゃんのことは夜に紹介すればいいですよね。
わたくしの部屋なら、他の誰かに見られることもありませんし。
背中ではミルちゃんが服を引っ張っています。
姿を隠したままでも、ものに触れることはできるみたいです。
「では、部屋に戻ろうと思います。シルエラ、申し訳ないのですけれど、クッキーと飲み物を準備してくれますか?」
「はい。かしこまりました」
「きゃわっ!」
「……セラフィーヌ様?」
「い、いえっ、なんでもありませんよっ!?」
ミルちゃん、いきなり首にひっつくのはやめてください!
ぞわっとしましたよ!
わたくしは、髪を整えるふりをして、ミルちゃんをうまく隠します。
いいんでしょうか……。
とは思うのですが、しょうがありません。
部屋に入りました。
シルエラは、すぐにクッキーと紅茶を用意してくれます。
夕食の時間までシルエラには休憩を取ってもらいます。
「……ねえ、もういい?」
「はい。いいですよ」
「ここって貴女のお部屋なのよね?」
姿を現したミルちゃんがわたくしから離れて、部屋の中に浮かびます。
「はい。わたくしのお部屋です」
「あ、クッキー! セラ、食べてもいいっ!?」
どうぞと微笑むと、ミルちゃんは勢いよくクッキーのところに飛んでいって、それから一枚を両手で掴みます。
最初の一口はおそるおそるゆっくりと。
その後は、カリカリと勢いよく食べていきます。
どうやら気に入ってくれたようです。
よかったです。
それから少しだけお話をしました。
妖精郷のお話です。
とても興味深かったのですが、すぐに夕食の時間になってしまいました。
ミルちゃんはお部屋でお留守番です。
「ねえ、セラ。あとでいろいろ連れて行ってよ。私、ニンゲンの町が見たいっ!」
「えっと……。そうですね……」
「やったー!」
ミルちゃんには申し訳ないのですけれど……。
夕食の後で、クウちゃんを連れてきましょう。
その方がいいですよね……。
わたくしとしては、ミルちゃんに町を案内してあげたいのですけれども。
幸いにも明日は休日で勉強もありませんし。
夕食になりました。
クウちゃんも一緒です。
最初の頃は、お兄さまが少しピリピリとしていたクウちゃんとの夕食も、今ではすっかり普通になりました。
お兄さまはクウちゃんに剣を習ったりと、すっかり仲良しですし。
「セラ、なにかあった?」
食事の途中でクウちゃんに聞かれました。
心配そうな顔をされます。
「い、いえっ!? なんにもありませんよっ!?」
「そう?」
「はいっ! わたくしはいつも通りに平和で楽しいですよっ!?」
「ならいいけど……」
いけませんっ!
バレないようにと緊張していたのが、顔にも出てしまっていたようです。
ミルちゃんのことはお父さまたちには秘密です。
こっそりとクウちゃんに渡して、こっそりと帰ってもらわないと、またクウちゃんが怒られてしまうかも知れませんっ!
クウちゃんに土下座なんてさせるわけにはいきませんっ!
「セラフィーヌ、悩み事があるのなら何でも言うんだぞ」
「ありがとうございます、お兄さま」
「お兄さま、優しいー」
「ふん。妹に優しくして何が悪い」
「その優しさを少しは私にもわけてもらえると嬉しいんですケドー」
「貴様……。先日のホットドッグ事件を忘れたわけではあるまいな……」
「えー。あれは優しさなのにー」
「あら。それは一体、なんの話かしら?」
「聞いてくださいよ皇妃様ー。お兄さまったら酷いんですよー」
夕食は、お兄さまとクウちゃんのお話にお母さまが興味を示して、つつがなくおえることができました。
わたくしは内心で胸をなでおろしました。
詳しく聞かれなくて助かりました。
さあ、クウちゃんをお部屋に誘ってミルちゃんを渡さないと!
ここからが本番ですっ!
と思ったのですが――。
「じゃあ、私はこれで」
「なんだ、泊まっていくんじゃなかったのか?」
「迷ったんですけど、やっぱりやることはやっておかないと気になるので。さっきの話を伝えてきますね」
「そうか。では、報告を待っているぞ」
「はい。お店のこともあるので、明日の午後3時くらいでいいですか?」
「ああ、構わん」
クウちゃんは、お父さまとそんなお話をして。
「じゃあ、セラもまたねっ!」
「あ、クウちゃんっ!」
「今日はちょっと忙しくてごめんね!」
魔法で消えてしまいました。
伸ばしたわたくしの手は、空回りです。
どうしましょう。
どうしようもありません。
明日、午前中の内に、クウちゃんのお店に行きましょう。
ミルちゃんに町を見せてあげることもできますし、前向きに考えれば、ちょうどいいですよね。




