380 閑話・セラフィーヌの新しいお友だち
今日も一日の授業がおわりました。
疲れました。
しかし、頑張らねばなりません。
わたくし、セラフィーヌは帝国皇女なのです。
お兄さまとお姉さまに続き、学院には優秀な成績で入らねばなりません。
入学した後も、成績トップとは言いませんが、ベスト10には入れるように準備しておかねばなりません。
それに、なんといっても、クウちゃんにしっかりとお勉強を教えてあげられるようにしておかなければなりません。
なにしろクウちゃんは……。
クウちゃんは……。
クウちゃんは、きっと……。
や、やめておきましょうっ!
お友だちのことを悪く考えるのは駄目ですっ!
夕食にはまだ時間があります。
わたくしは部屋には戻らず、大宮殿の裏門から奥庭園に出ました。
奥庭園はわたくしたち皇族の私空間です。
他の誰かに邪魔されることなく、のんびりとした時間を過ごすことができます。
最近ではクウちゃんがいることもよくありますが。
あ。
奥庭園を少し歩いて、すぐに私は気づきました。
「クウちゃんが来ていますねっ!」
わたくしは走って願いの泉に向かいました。
契約したからでしょうか、それとも長く一緒にいて体が覚えたのでしょうか。
理由はハッキリとしないのですが、最近、わたくしはクウちゃんが近くにいるとそれがわかります。
クウちゃんの匂いが鼻に届くのです。
匂いというか気配でしょうか。
ともかく、「あ、いる」と、なぜか感覚で理解できるのです。
でも、その感覚はとても小さなものなので、糸に例えるなら、それこそ裁縫に使うものよりも細い細い糸です。
つかむことも、たぐりよせることもできません。
光の大精霊のリトちゃんは、わたくしとクウちゃんは契約していると言いました。
でも、クウちゃんが忘れていたように、その契約は、けっこう、というか、確実に遊び半分のものでした。
もっとちゃんと契約すれば……。
この細い細い糸は、太いものになるのでしょうか……。
ちゃんと契約したいなぁ……。
とは思うのですが、恥ずかしいので言えません。
そもそもクウちゃんは、ちゃんとした契約を知らないのかも知れませんし。
……知らない気がします。
今度、機会があれば、ゼノちゃんかリトちゃんに聞いてみましょう。
願いの泉につきました。
残念ながらクウちゃんは、わたくしのことを待っていてくれませんでした。
またお父さまのところでしょうか。
お兄さまかお姉さまのところかも知れません。
最近、クウちゃんは、お兄さまやお姉さまとも仲良くしています。
それは良いことだと思うのですけれど、わたくしと遊ぶ時間が減ってしまうのは良くないことだと思います。
「本日はどちらに行かれたのか聞いてまいります」
「お願いします、シルエラ」
すぐにシルエラがクウちゃんの所在を聞きに行ってくれました。
わたくしは1人でベンチに腰掛けます。
「あーあ……。クウちゃんと遊びたいです……」
ぼやいて空を見上げます。
空は、もう隅の方から赤くなり始めています。
今日もおわりかけです。
旅に出た日々が、とても懐かしいです。
まだ一ヶ月も経っていないのに、もう何年も昔のことのような気がします。
それくらい、あの旅と、今の日常は、掛け離れています。
同じように、呪いに侵されて苦しんでいた日々も、もう本当に、遠い昔の出来事のように感じています。
「あれ」
ぼんやりとしている中、わたくしはふと違和感を覚えました。
なにかを感じます。
それは、泉の向こう側の花壇からです。
なんだろう。
なにも見えませんが……。
いえ。
今、小さな光のきらめきを見つけました。
気配も感じます。
嫌な気配ではありません。
わたくしは、その気配に覚えがありました。
まさかとは思いますが……。
わたくしはベンチから身を起こすと、ゆっくりと花壇に向かって歩を進めました。
「あの……。そこに誰か、いるのですか……?」
歩きつつ、話しかけてみます。
花壇のお花の上に、光のきらめきはあります。
「もしかして――。妖精さんですか?」
そう――。
その光のきらめきは、夏の旅の夜、キャンプをした川原で見た、クウちゃんとたわむれる妖精さんのものにそっくりでした。
「もしかして――。クウちゃんのお友だちですか?」
もしもいるとすれば――。
他には考えられません。
わたくしは花壇の手前まで来ました。
光のきらめきは逃げることなく、ずっとお花の上にいます。
わたくしはしゃがんで視線を合わせました。
「わたくしはセラフィーヌ。セラでいいですよ。わたくしも実は、クウちゃんのお友だちなんですよ」
笑いかけてみました。
すると、反応がありましたっ!
お花の上に、透明な羽根を背中につけた妖精さんが姿を見せたのです。
「……ホントに?」
「はい。わたくしはセラ、クウちゃんのお友だちです」
「私、ミルっていうの。妖精だよ?」
「はい」
「私はクウ様のお友だちではないけど、貴女はお友だちなの?」
「はい。そうですよー」
やはりクウちゃんのお友だち――関係者のようです。
「……ねえ、ここってニンゲンの世界?」
「はい。そうですよ。わたくしの家のお庭です」
「綺麗なところね」
「はい。いつも手入れしてもらっていますから。わたくしもお気に入りです」
「ねえ、ここって魔物はいるの?」
「いませんよ」
「じゃあ、貴女は危険なニンゲン? 私を捕まえるニンゲン?」
「いいえ。わたくしはクウちゃんのお友だちですよ。ミルちゃんとも、よかったらお友だちになりたいです」
「私と……?」
ミルちゃんがまばたきして、首を傾げます。
「はい」
私は笑顔でうなずきました。
妖精さんたちは、クウちゃんと仲良しでした。
それだけで害のない子だとわかります。
「……ねえ、貴女、不思議な匂いがする。クウ様に近い匂いがするわ」
「お友だちだからでしょうか?」
それとも光の魔力?
「よくわからないけど、貴女はいいニンゲンなのよね?」
「いい人間かどうかはわかりませんけれど……。そうですね……。ミルちゃんに酷いことをするつもりはありませんよ」
「ふーん。ま、いっか。私、貴女と友達になる。よろしくね、セラ!」
「はい。ミルちゃん」
「ねーねー、セラ、あれってなぁに? それに、あれは? 向こう側の大きな白い壁って一体なんなの?」
魔石の外灯、階段の上の東屋、それに白亜の大宮殿。
なにもかもがミルちゃんの好奇心を刺激してやまないようです。
わたくしはひとつひとつ教えてあげました。
「ところでミルちゃんは、クウちゃんと一緒に来たんですか?」
「うん。そうよ。クウ様にくっついて来たの」
「そうですか」
「秘密よ? こっそりとだから」
「ええっ!」
思わず驚いて声をあげてしまいました。
「だって、ニンゲンの世界は危険だから行っちゃ駄目っていうんだもの。でも私は見てみたかったの。だから秘密よ?」
どど、どうしましょう……。
私が戸惑っていると、ミルちゃんは自信満々に姿を消しました。
「私、ちゃんとこうやって姿も消せるし。すごいでしょ?」
確かに姿は消えています。
だけど、光がきらめいているので……。
わかる人には、わかってしまいます。
これは放っておけません。
わたくしがなんとかせねばですねっ!




