38 マイハウスと屋台のおじさんたち
馬車が止まった。ついに我が家に到着のようだ。
場所は、大通りから中央の広場に入って、そこから道の続いた、いかにも高級そうな通りの一画だった。
私はドキドキしつつ馬車から降りて、建物に目を向けた。
3階建ての建物だった。
1階が店舗になっていて、ドアの上に「ふわふわ美少女のなんでも工房」と看板がかけられている。
間違いなく、私のおうちのようだ。
壁もドアも綺麗だ。
空白のショーウィンドウのガラスも、キラキラに磨かれている。
シンプルながら上品で、好感の持てる外観だった。
「クウちゃん様の要望通りに個人店舗として仕上げさせていただきました。いかがでございましょうか?」
私とセラのとなりに並んだバルターさんが、自信ありげに言った。
「完璧だと思います。ありがとうございます」
店舗は広すぎず、かといって狭いわけではないけど……。
1人でも頑張れば管理できそうだ。
しかも、高級そうなお店の並んだ通りの様子からして治安はよさそうだし、冒険者ギルドからも遠くない。
こんなお店がタダでもらえたなんて知ったら、怒る人も多そうだ。
しかし……うん……。
この工房名……。
ふわふわ美少女のなんでも工房……。
いざ看板として見上げると、とても恥ずかしいのですが。
だって自分から美少女とか。
どう考えても、世間知らずなお嬢様のおままごとなお店だよね、これ……。
いや、うん。
私、外見11歳だし、客観的に見てそれは事実か。
なら、まあ、いいのかな……。
逆にやりやすいかも知れない。
そもそも、今さら工房の名前は変更できない。
だって、アンジェやエミリーちゃんやロックさんたちに、この名前でお店を開くから遊びに来てねと言っちゃったし。
「素敵なお店ですねっ! クウちゃん!」
「うん。そうだねー」
「さあ、中へどうぞ」
バルターさんに促されて、私とセラは建物に入った。
ドアを開けて、店舗に入ると――。
中にはメイドのお姉さんたちがいて、私たちのことを待っていた。
「大宮殿より派遣された者たちです。クウちゃん様が来るまでの間、建物の管理をしておりました」
「それはどうも、ありがとうございました」
中は、タイルの敷かれた真新しいピカピカのフロアだった。
フロアの奥にはカウンターがある。
まずは一通り、中を歩いて見学することになった。
カウンターに入った。
カウンターの奥にはドアがあって、そのドアを開ければ、短い廊下を経て工房や応接室や階段につながっていた。
階段の上の2階は、リビングなどの生活空間。
3階には、私の部屋が用意されていた。
照明は設置済み。
水場も完備。
高品質の魔石を使用して、当分はノーメンテで暮らせると言われた。
さらには工房から出られる庭があって、裏には倉庫もあった。
豪華だ。
豪華すぎて怖くなる。
「……あの、こんなにすごい家、本当にもらっちゃっていいんですか?」
私はおそるおそるバルターさんに確認する。
「もちろんでございます」
「後が怖いんですけど?」
「ご安心ください。問題があれば即座に対応させていただきます。定期的なメンテナンスもお任せください」
「すごい借金と責任を背負わせられそうというか……」
「はっはっは。クウちゃん様は自由に楽しく暮らしてくれればよいのです。心配の必要はありませんぞ」
「ホントに?」
条件がよすぎて怪しい。
今更だけど。
「大丈夫ですよ、クウちゃん。わたくしもお父さまにしっかり確認しました」
「ホントに?」
「はいっ! 大丈夫ですっ!」
「……ならいいけど」
最後に家や倉庫などの鍵と、いろいろな書類を受け取る。
どちらもとりあえずアイテム欄にしまった。
家の見学は、いったんここまで。
次は商業ギルドに向かう。
「姫様、クウちゃん様、先程の道中でやや目立ってしまいましたので、ここからは徒歩で行こうと思います。これを身につけください」
用意されていたローブを頭からかぶって、私たちは徒歩で向かう。
馬車は護衛の人たちと共に、私たちとは別方向に進む。
私とセラに同行するのはシルエラさんとバルターさんだけだ。
護衛は、別の隊が市民にまぎれて周囲にいるそうだけど、まったくわからない。
さすがはプロ。
道中、通行人が、姫様の馬車が向こうに行ったぞ、と走っていった。
私たちのことはバレていないようだ。
「これでやっと、落ち着いて町の見学ができるね」
「そうですね」
セラとくすりと笑い合う。
中央広場に戻った。
広場を少し歩くと、甘くて香ばしい匂いが鼻をくすぐってきた。
見れば、肉串の屋台があった。
「ねえ、セラはああいうの食べたことある?」
「いえ――。でも、美味しそうな匂いですね」
「食べてみよっか」
お金は、まだ銅貨が何枚かある。
セラを連れて屋台に走った。
「いらっしゃい! 可愛いお嬢さん方だねえ! お散歩かい!」
「おじさん、肉串ふたつください」
「ほいよ。ふたつで小銅貨2枚な」
「やすっ! いいの?」
1本100円って。
けっこう大きな肉串だけど。
「おうよ。祝福記念の大セール中さ」
「いいことあったんだ?」
「長年の肩の痛みが消えてな。いやー、助かったぜ」
銅貨1枚を渡して、おつりの小銅貨と共に肉串を受け取る。
透明なトロトロのたれが、こぼれるほどについている。
「お嬢さんお嬢さんっ! こっちもどうだい?」
横の屋台のおじさんが声をかけてきた。
見てみると、ベビーカステラっぽいものを焼いて売っている。
「1つずつやるから試しに食べてみな」
「ありがとー。セラ、せっかくだし、もらってみようかー」
「はい。ありがとうございます」
私とセラは、ベビーカステラっぽいものをいただいた。
ちなみにバルターさんとシルエラさんは他人のフリをしていて、もらいに来ることはなかった。
さっそく、だけど。
クウちゃんだけに、くう。ぱく。
「「ぶほっ!」」
2人で同時にむせた。
「からっ! からっ!」
「どうだい? 俺が考えた激辛焼きは? 刺激的だろ?」
「からすぎっ!」
「で、ですね……。いくらなんでも、ゲホッゲホッ、これは……」
練った小麦粉に唐辛子を大量に入れて焼いただけだ、これ。
辛さしかない。
「わっはっは! バカかテメェは。そんなもん、女の子が喜ぶわけねーだろーが。お嬢さん方、早く俺の串を食いな。甘くて落ち着くぞ」
「う、うん……」
肉串屋のおじさんに言われて、肉串を食べる。
「あま……」
「わっはっは! だろー? これぞ帝都の新名物、俺が考えた激甘肉串!」
「あますぎっ!」
甘すぎて更にむせたわ!
シロップに肉を浸して食べてる感じがするっ!
横でセラもむせている。
「……だいたい、こんな贅沢に砂糖を使ったら赤字じゃない?」
砂糖ってたぶん贅沢品だよね。
城郭都市アーレで食べたケーキも高かったし。
「砂糖じゃねーぞ。このシロップはトコの根で作ったんだ。トコの根をすり潰していくと甘味が出るんだ」
「へー。そんなのあるんだ」
「たくさん生えている山を見つけてな。この甘味に賭けてるんだよ」
おじさんが自慢げに脇に置いてあった壺を叩く。
ヘラですくって見せてくれる。
粘り気のある透明な液体だ。
「……女の子向きだと思うんだけど、美味しくなかったか?」
「肉には合わないよー」
「むぅぅ……。なら、何に合うと思う? 正直、売れ行きが悪くてなぁ。よく練ればクリームにもなるから、クリーム肉串なんてのも売ってみたが、こっちも気持ち悪いとか言われてなぁ」
「俺の辛味子も同じさ。珍しいものだっていうから外国の商人から種を買って畑で育てたけど、このままじゃ大損だよ。何かいい料理はないかねえ」
「いや、てゆかさ……。シロップも辛味子も、そのまま売れば? どっちもいい味してるんだし。普通に売れると思うけど……」
「「おお。その手があったか!」」
おいこら。
と言いたかったけど、我慢した。
「あと、料理としても売りたいなら素材を逆にしたら? シロップと小麦粉を水で練って焼いて、女の人向けのシンプルな甘味。クリームにもできるなら、中に挟むか上に乗せて。辛味子は肉につけて焼くの。激辛肉串なんて、男の人にウケると思うけど。この組み合わせの方が、どう考えてもいいよね」
「「おお。その手があったか!」」
この人たち……。
もう少し考えてから屋台を出せばいいのに……。
「お嬢さん、天才か……」
「おう……。考えもつかなかったわ……。そのアイデア、使わせてもらっちゃってもいいのかい?」
「うん。いいよー。タダであげるから、頑張ってみて」
「商売、上手くいくといいですね」
セラが笑顔で言う。
「ありがとなっ! 上手く行く気がしてきたよ!」
「俺もだ! やってみるよ! 感謝するよ!」
と、あれこれやってると、ひそひそ声が聞こえてきた。
「……なあ、あれって姫様じゃないのか?」
「……まさか。こんなところにいるはずがないだろ」
「……でも俺、馬車の窓からちらっと見たんだよ。あの子だって」
むむ。
人目を集めかけている。
「じゃあ、これで! 行こっか、セラ!」
「はい。クウちゃん」
セラと手をつないで、というか引っ張って、そそくさと広場から出た。
セラの正体がバレる前に商業ギルドに行かねばだね!




