379 クッキー交換大作戦!
トラウマを発症させたテルさんは、しばらくそっとしておこう……。
ミルがいうには、たまにあるそうだ。
時間が経てば、勝手に回復して元に戻るそうだし。
「……あの、精霊様。なんとかオラが交換することはできねえでしょうか? そもそも妖精さんでは、たくさんの果実なんて持てねえだし」
「だよねえ」
それは実は思っていた。
ミルでは頑張っても、持てる量なんて、たかが知れている。
「できれば、精霊様の信頼できるニンゲンを紹介してもらえると嬉しいだ」
「信頼できる人間かぁ……」
いなくはない。
パッと思い浮かぶのは、やはりオダンさんだ。
オダンさんなら大丈夫な気がする。
「でも安全性を考えるなら、やっぱり私が持ってきたほうが――」
いい気もする。
それならばノーリスクだし。
「……オラが思うに、精霊様にお使いなんてさせたら、長様の具合がますます悪くなっちまう気がするだよ。長様はこれでも長年の間、ここを守ってきてくれたお方だよ。無くてはならないお方なので」
ああ、はい、うん。
まだ悶えているテルさんを見て、私は納得した。
ホントに先代の女王には困ったものだけど、とっくの大昔に昇天したヒトに憤ったところで無意味か。
「わかった。じゃあ、ちょっと人間の世界で確認してくるね。アルくんと出会ったあたりの街道で取引できるかどうか」
「お願いしますだ」
「私も行くっ! 行く行くーっ!」
シュタッと手を上げてミルが元気よく立候補したけど。
「駄目です」
それは復活したテルさんによって阻止された。
「アルくん、さっきの樹木のところまで、また一緒に来てもらってもいい? 果実をいくつか持ち帰りたいから」
「わかっただ」
私も行くー! と叫ぶミルと、それを取り押さえるテルさんの二人は、とりあえずおうちに残して私たちは外に出た。
アカ、アオ、キイ、ミドリ。
それぞれ単純に色の名前がついた果実を3つずつもらった。
「ちなみにこれって、またすぐに生るの?」
「10日もすればまた熟すだよ」
「へー。でも、あんまり採りすぎると枯れたりしないのかな?」
そこが心配だ。
アルくんの返事はたぶん平気というものだった。
水晶のような樹木は、妖精郷ができてから、ずっとあるものらしい。
長年、妖精はこの果実を食べてきた。
だけど樹木が枯れたり折れたりしたことはことはないそうだ。
すごいね。
それもまたイスンニーナさんの力なのだろうか。
「さて、じゃあ、いったん戻るね。どれくらいかかるかなぁ……。もしかしたら一日以上かかるかもだけど待ってて」
「はい。わかっただ。お願いしますだ、精霊様」
「またねー!」
私は『帰還』の魔法を使った。
その寸前。
「あ」
と、アルくんが妙な声をあげた。
私も瞬間、足に妙なくすぐったさを感じた。
魔法が発動した。
視野が暗転。
次の瞬間には、いつもの綺麗な奥庭園、願いの泉のほとりにいた。
影が長く伸びていた。
まだ空は青いけど、夕方に近い時刻のようだ。
私はうんと背伸びをする。
飛ぶ寸前に妙なくすぐったさを感じた足に軽く触れてみる。
特に異常はなかった。
違和感も消えている。
どうやら気のせいだったようだ。
「さて。陛下はどこにいるのかなーっと。いつもの執務室にいてくれるといいけど」
私はふわりと浮かんで、ふよふよと空中を移動した。
とりあえず行ってみよう。
そう。
私はかしこい精霊さんなので、学んだのだ。
仕事自体はオダンさんにお任せしたいとしても、こういう時は、まずは陛下に相談するのが最良の一手だよね。
陛下の許可があれば、もはや作戦は成功したのと同じだし。
幸いにも陛下は執務室にいてくれた。
何人かの文官さんと一緒に書類仕事をしている。
皇帝陛下って、偉ぶってのけぞり返っているイメージが前世にはあったけど、実際には書類仕事ばかりしているね。
大変そうだ。
窓をノックすると、陛下と文官さんたちが私のことに気づいてくれた。
いつものことなので誰にも驚かれない。
陛下には露骨にため息をつかれたけど、気にしない。
入ってこいとジェスチャーされたので、遠慮なく『透化』して窓をすり抜けた。
「こんにちはー!」
私は元気よく挨拶する。
「で、何の用だ?」
ふむ。
社交辞令はなしで、いきなり本題に入れとのご様子だ。
「実は、妖精郷のことなんですけど――」
「待て。妖精郷とは何だ?」
「あ、陛下、知ってました? 帝国には妖精郷って言って、妖精さんたちが隠れ住んでいる里があるんですよ。あ、でも、人間には立ち入りできない次元の狭間なので、どうすることもできないですよ?」
「……おまえにはできるのだな?」
「はい、まあ。それで、実はそこに住む妖精さんたちが、クッキーを気に入ってしまってぜひ交換がしたいと」
「しばらく待て。すぐにバルターを呼ばせる」
30分ほど待つことになった。
ソファーに座って、メイドさんに紅茶を淹れてもらって飲む。
「セラは今日も勉強ですか?」
仕事に戻った陛下に私はしゃべりかけた。
「おまえとちがってな」
「あはは」
「おまえ、来年から学院だろう? 本当に大丈夫なのか?」
「平気ですよー」
私、これでも前世は大学生ですし。
もう難しいことは、考えないようにしていますし。
「……近頃では、うちのアリーシャが平気だ大丈夫だと言い続けて、現在では悲惨なことになっているが?」
「あはは」
アリーシャお姉さまのダイエット作戦、もう始まっているのかな。
始まっているよね、それは……。
「ああ、だが、もう授業はおわった時間か。セラフィーヌは奥庭園を散歩している頃だな」
「そかー。私とはすれ違いですねー」
残念。
「話すことがあるなら今夜も泊まっていけばいい」
「いいんですか?」
「構わん。夕食も取っていけ」
どうしようかなぁ。
私、迷う。
大宮殿での夕食は、はっきり言って美味しい。
超美味だ。
しかし、今夜の食事は『陽気な白猫亭』の予定だった。
とはいえ、別に約束があるわけではない。
私が勝手に予定していただけだ。
超美味……。
ふむ。
ごちそうになろうかな……。
しばらくするとバルターさんが来て交渉を再開する。
まずは妖精郷の果実をテーブルに並べた。
効果を説明して、これとクッキーを交換していきたい旨を伝える。
鑑定が必要ということで、またも待機になった。
その間に経緯を説明した。
魔術師団長のアルビオさんと魔術師さんたちがやってきて、果実を鑑定。
結果、強力な効果を持つ有益な品だと判明。
ぜひ取引をしようということになった。
よかった。
「それで――なんですけど。実は私の方で商人は指定させてほしいんですよ」
「秘密を守りたいのであれば、大宮殿の者に取引はさせるが? 厳しい審査を幾重にも受けている者達だ。信頼性は抜群だぞ?」
「できれば、儲けさせてあげたいんですよねえ……。その人、エミリーちゃんのお父さんなんですよ。誠実で信頼できる人でもあるので……」
「よかろう」
「あ。いいんですか?」
「構わん。それで果実は大宮殿で買い取らせてもらえるのかな?」
「はい。それはいいですよー。むしろ私としては、市場で話題になるのは嫌だったので有り難いくらいです」
話はまとまった。
オダンさんとアルくんがクッキーと果実を交換して。
果実は大宮殿に納品。
うん。
目立たないし、完璧ではなかろうか。
高値で買い取ってもらえることになったし、これでオダンさんも安泰だね!
ついでに相棒のウェルダンも!




