378 妖精郷の果実
クッキーをたっぷりあげて妖精さんたちに満足してもらった後、私はミルとアルくんの案内で妖精郷を回った。
満腹で動けない妖精さんたちはテルさんが面倒を見てくれるそうだ。
物質界と精霊界の狭間にある世界――。
妖精郷は実に物珍しかった。
道中で出会ったボブゴブリンさんや妖精さんに挨拶しつつ、私はのんびりとふわふわした。
虹色に揺らめく空に、時折、浮き上がる草花。
葉も含めて透明な樹木は、まるで水晶で作られているかのようだった。
芸術作品みたいだ。
その樹木には果実が生っていた。
スモモくらいの大きさの鮮やかな赤色の果実だ。
なんとも不思議な光景だけど、果実は瑞々しくて美味しそうだ。
「ねえ、この果実って食べられるの?」
「美味しいですよー」
「……食べてみていいのかな?」
「うん。どうぞー。はい」
「ありがとう」
ミルが取ってくれた赤色い果実を受け取る。
ふよふよだ。
果実というよりも、水まんじゅうみたいな感じだった。
皮はなさそうなので、そのままかぶりついた。
ぷしゅっと弾ける。
口の中に甘みと酸味が広がる。
うん、美味しい。
味わって、私は気づいた。
「これ――。アレだね」
「……アカの実、美味しくなかっただか?」
横にいたホブゴブリンのアルくんが不安げに聞いてくる。
「ううん。美味しかったよ。ねえ、ミル、もうひとつ、もらってもいいかな?」
「はい。どうぞー」
「ありがとう」
受け取って、アイテム欄に入れてみる。
アカの実。
妖精郷で採れる魔力を含んだ果実。
乾燥させれば魔石としても使える。
食事効果:魔力アップ(小)。
やっぱりか。
食べた時、精神に力が湧くのを感じたのは、錯覚ではないようだ。
ユーザーインターフェースからステータス画面を開いてみると、たしかに魔力アップの効果がついている。
効果時間は30分のようだ。
「ねえ、今のってなぁに? 消えたけど……」
「ちょっとアカの実のことを調べさせてもらったんだ。この実、すごいね。乾燥させれば魔石としても使えるみたいだし」
取り出して、ぱくり。
私は2つ目の果実も食べた。
うん。
美味しいっ!
ただ残念ながら、2つ食べても効果が2倍になることはなかった。
「ふーん。今のでわかるんだ。精霊様ってすごいのねー」
ミルが手を合わせて感心する脇で、私は考える。
帝都では、HP回復用のポーションやMP回復用のポーションは普通に流通していて冒険者ギルドでも買うことができる。
でも、魔力を一時的に向上させるポーションはなかった気がする。
水晶のような樹木には、他にも黄色や青色、緑色の果実が生っていた。
ひとつずつもらってアイテム欄に入れて確かめてみると、それぞれ、体力向上、抵抗力向上、知覚力向上の効果があった。
試しに4つとも食べてみた。
黄色い果実の体力向上は、HPや筋力や敏捷性などの肉体ステータスがわずかに上昇するようだ。
青い果実の抵抗力向上は、毒や石化や睡眠といった様々な状態異常への耐性がわずかに上昇するようだ。
知覚力向上は、魔力を感知できるようになるようだ。
そして、ステータス欄で確認する限り、それらの効果は重複している。
「ねえ、アルくん。アルくんが交換しようとしていたのって、ここの果実だよね?」
「んだ」
アルくんはうなずいて、不安げにたずねる。
「……クッキーと交換なんて、とても無理だったか?」
「ううん、逆。いくらでも交換できちゃうと思うよ」
「本当だか?」
「うん。ホントホントー」
妖精郷の果実、かなり価値がありそうだ。
余っても魔石にできて損がないし。
「わぁっ! それなら毎日クッキーが食べられちゃうのね、私たちっ! うれしいー! うれしいうれしいうれしいー!」
ミルが飛び回って喜ぶ。
ついてきていた妖精さんもクッキーという言葉に反応する。
クッキーは本当に妖精郷のトレンドのようだ。
実はクッキーを食べたのよとミルが自慢すると、妖精さんたちが一斉に悔しがった。
仕方がないのでクッキーをあげる。
これで帝都で買っておいたクッキーの在庫が尽きてしまった。
普通に買えるものだから別にいいんだけど。
ただ、他の妖精さんたちにもねだられると……。
秘蔵のユイちゃんクッキーを出すしかなくなる。
ユイちゃんクッキーは貴重品なので、私としてはできるだけ温存したい……。
というわけで。
一旦、テルさんのおうちに撤退した。
「ところでテルさん、ちょっと質問なんですけど――」
「はい、なんでしょうか、クウ様」
「ここの果実って、外の世界に持ち出して人間に渡しても平気なんですか?」
「ああ、アルのことですね。……そうですね。正直、ニンゲンとは関わるべきではないと思うのですが、クッキーの美味しさには変えられません。アルはよく頑張ってくれたと言わざるを得ないでしょう」
テルさんがクッキーの美味しさを思い出すように、しみじみと言う。
駄目ではない、ということかな。
「妖精さんたちって、たまに外に出るんですよね?」
「はい。夜の遅い時間であればニンゲンと出会う心配もないので、散歩に出かける者もおります」
「なるほどー」
夏の旅の時、私は夜の川原で妖精さんたちと出会った。
ただ、その場所は、町から遠く離れて、街道からも外れた深い森の中だった。
たしかに人間と遭遇することはないだろう。
「ここはいい場所だけど、やっぱり外の世界の方が、自然の息吹が満ちていて飛んでいると気持ちいいんですよー」
ミルはそう言うと私の肩に座った。
それから満面の笑顔で言う。
「ねーねー、クウ様。もっとニンゲンのこと聞かせてくださいっ!」
「ちょっと待っててねー。テルさん、それで、なんですけど、ここの果実とクッキーを定期的に交換することは可能ですか?」
「はい。それは……。クッキーを食べられるのならば、私たちとしてはぜひともお願いしたいところなんですが……。しかし、精霊であるクウ様にわざわざお願いするなど恐れ多いにもほどがあることで……」
「私が行くーっ! テル様、私がニンゲンの町に行きますよー!」
「駄目です。何を言っているのですか、貴女は。貴女なんてニンゲンにかかれば、すぐに捕まって魔道具の中です」
「でも、クウ様だって平気みたいですよ!」
「クウ様は全属性持ちの特別なお方です。それこそ精霊女王様のような……。あああああああぁぁぁぁぁあああ」
あ。
いきなりテルさんが壊れた。
精霊女王のトラウマがまたもや蘇ったようだ。




