377 妖精郷テイネス・リア
「みんな、久しぶりー。わっ! あっ!」
妖精さんたちに囲まれて、私はちょっと困った。
なにしろ数が多い。
顔にひっつかれてあやうく転びかけた。
――セイレイ、サン。
――セイレイ、サン。
キタ――。
ウレシイ――。
私の来訪を喜んでくれるたくさんの声が頭の中に入ってくる。
歓迎してもらえて私も嬉しい。
「オラの目に狂いはなかっただな。ようこそ、精霊様」
「ありがとう、アルくん」
と、私の正面に、一匹?一体?
1人、かな……。
の妖精さんが、ふわふわと浮かんで現れた。
他の妖精さんたちよりも、明らかに知性を感じる顔つきの子だ。
その子が流暢な言葉で挨拶してくる。
「初めまして、精霊様。お会いできて光栄ですわ。私はミル・モア。この妖精郷に住まう妖精の1人です」
「初めまして、クウ・マイヤです。クウと呼んで下さい」
「ではクウ様、私のことはミルとお気軽にお呼び下さい」
「ありがとう。ミルさんが、ここの長というか、管理している人なんですか?」
普通に言葉を発するくらいだし。
この後、さん付けと丁寧な言葉はやめてほしいとお願いされた。
妖精にとって人型の精霊は完全に上の存在のようだ。
ともかく、ミルはここの長ではないらしい。
ということで、まずはやはり、長に挨拶をしようということになった。
長は家に引っ込んだそうだ。
病気なのかな?
それなら治してあげようと、ミルとアルくんに案内されて、妖精の子たちも一緒に長の家に向かうと――。
はい。
長、震えて縮こまっていました。
私の顔を見るや、
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ! 女王様! お許しください女王様ぁぁぁぁ! もう二度と逆らいませんからどうかお仕置きは許してほしいのぉぉぉぉぉぉぉ! もうスペシャルコースにご招待は嫌なのぉぉぉぉぉぉぉ! 助けてイスンニーナ様ぁぁぁぁぁ! 私を見捨てないで下さいぃぃぃぃ!」
あ、はい。
それ、先代の精霊女王さんのことですね。
決して決して私じゃないですよ。
本当に、うん、先代さんは、どこまでやりたい放題だったんだろうね……。
あとイスンニーナさんは、やっぱり人格者だったのかな。
というわけで頑張って誤解を解いた。
幸いなことにわかってもらえた。
「……そうでしたか。これは大変に失礼しました。凄まじい全属性の力がいきなり現れたので、てっきり女王様かと。そうですよね、考えてみれば、すでに女王様は満足して天に還られたはず……。はぁぁ。よかったですぅぅぅぅ」
深々と息をつかれた。
「えっと、私はクウです。一応、精霊です。でも、女王ではありません」
称号的には姫ですけど、と言おうか迷ったけど……。
やめておいた。
「これはご丁寧に。私はテル・モア。イスンニーナ様よりこの妖精郷を任せられ、管理させていただいている者です。しかし、精霊様は精霊界へと戻られ、もう物質界には来ないと聞いていたのですが……」
「あー、はい。そうなんですけれども、私はなんというか、自由なのです」
「自由、ですか……。さすがは全属性のお方です」
「あはは」
笑っていると、横からミルが私の服の袖を引っ張った。
「ねえ、クウ様。挨拶がおわったのなら、えっと、ほら、みんなが――」
うん、はい。
実はさっきからとある声がたくさん聞こえていた。
そう。
うしろにいる妖精たちが、甘くて美味しいクッキーを求めているのだ。
テル様に確認を取ったところ――。
様付けはやめてほしいと土下座する勢いでお願いされたので、やめることにした。
ともかくテルさんもクッキーには興味津々だった。
というわけで。
みんなでクッキーの食事会となった。
テルさんの家の庭にあったテーブルみたいな水晶の上に、帝都のお店で買ったクッキーをずらりと並べた。
ユイの手作りクッキーは残りわずかなので今回はやめておいた。
ごめんね。
今度また、ユイにたくさん焼いてもらおう。
妖精のみんながわっと食らいつく。
テルさんもミルもアルくんも、クッキーは気に入ってくれたようだ。
「……話には聞いていましたが、これほどとは。……これはすごいものですね。美味しすぎて頬が落ちそうです」
クッキーをかじりつつ、テルさんがしみじみとつぶやく。
「でしょ。だから私、アルにお願いしたのよ。アル、よくやった!」
「ありがとうございます、ミル様。オラ、頑張りました」
ミルに頭を撫でられてアルくんは嬉しそうだ。
「でも、危ないところだったからね」
「……うう。そうでした」
「何かあったの?」
ミルに聞かれて、私はアルくんが危機一髪だったことを教えた。
「そんなことが……。やっぱりニンゲンは怖いのね……」
「そうだねえ……。特にアルくんは、人間にとっては敵と同じだしねえ……」
何しろゴブリンの見た目だ。
冒険者なら当然、討伐しようとするだろう。
「……オラ、野蛮なことは嫌いなのに。……わかってもらえなかっただ」
アルくんがガックリとうなだれる。
「ねえ、クウ様。それなら私は?」
「ミルなら平気というか……。敵とは思われないと思うけど……」
少なくともセラたちは妖精に悪い印象を持っていなかった。
そもそも今では実在しない伝承だけの存在とされていたし。
「なら私が貰いに行こうかな」
「クッキー?」
「うんっ! だって、こんなに美味しいもの! もっともっと欲しいわ! それに敵と思われないならニンゲンの町も見てみたいっ!」
「んー。どうだろかー」
捕まってペットにされそうな気がする。
かわいいし。
「無茶を言っては駄目です、ミル」
「でも、テル様だって美味しそうに食べてるじゃないですかー」
「……これはとても美味しいものです。至高の味です。美味しすぎて私の頬はすでに5回ほど落ちてしまっています」
「ならー」
「でも、ニンゲンは危険です。ミルに何かあったらどうするのですか」
「でもー!」
テルさんが駄目というのはわかる。
クッキーの味を知ってしまったミルの気持ちもわかる。
「たまになら私が持ってきてあげてもいいけど……」
「クウ様こそ危険ですよね? ニンゲンのところに行くなんて」
ミルが眉をしかめる。
「あ、ううん。私、人間の町で暮らしているから」
「ええええー!?」
思いっきりミルに驚かれた。
テルさんも驚いて、手からクッキーを落として、慌てて拾った。
「あはは」
私はとりあえず笑った。
「……平気なんですか? 捕まって、魔道具に入れられちゃうんですよね?」
ミルの知識はそれなりに古いようだ。
「あー、うん。そういうのも昔はあったみたいだねえ。でも今はもうないから、けっこう仲良く楽しくやってるよー」
「襲われないんですか?」
「うん。みんな、いい人ばっかりだよー」
「へー。どんな町に住んでるんですか? どんなおうちなんですか? 精霊様がニンゲンの町で何をしているんですか?」
興味津々のようなので、帝都や私の暮らしのことを教えてあげた。
ミルはひとつひとつに大いに感心する。
私も楽しくなって、つい調子に乗って、たくさんの話をした。
思えばこれが失敗だった。
……そのことに気づくのは、まだ少し先の話だけど。




