371 その事件は……。
【1】皇帝ハイセルは驚いた
「――陛下、皇妃様より緊急の連絡が入りました」
バルターが報告に来たのは、式典の始まる二時間前のことだった。
俺は禁区調査に功績のあった冒険者達に勲章を与えるため、メイドの手を借りて部屋で礼服に着替えていた。
「アイネーシアから……? 何が起きた?」
今はアイネーシアも、アリーシャとセラフィーヌと共に別室で礼服に着替えているはずだ。
まさかとは思うが、この大宮殿に襲撃者でも現れたのだろうか。
近日は悪魔騒ぎが続いた。
すでに落ち着いているが、警戒は緩めていない。
なにかあっても、すぐに対応できたとは思うが。
「それが――」
珍しくバルターが言い淀む。
「どうした?」
「申し訳有りませんが、陛下……。お人払いを……」
そう言われても、この部屋には今、俺とバルターの他にはメイドしかいない。
全員、女神の瞳での鑑定を受け、素性にも問題のない者達だ。
余程のことでなければ気にせず話す場面だが――。
「大事か?」
「はい……」
バルターの言葉は、どうにも歯切れが悪い。
しかし、強引にでもメイド達を追い出そうとはしないあたり、人命にかかわるような事態ではないのだろう。
一体、何が起きたのかというのか……。
俺はメイド達を一旦退出させ、バルターから話を聞いた。
「なん――だと――」
その内容は俺を驚愕させるに十分なものだった。
バルターがメイドの退出を求めたのは、適切な判断だと理解することができた。
「どういたしましょうか……。欠席でよろしければそうしますが……」
「やむを得まい……」
俺の言葉もまた、我ながら歯切れが悪い。
「はい……」
「いや、待て。今日の式典にはクウも参加する。仕方があるまい。あいつに頼もう」
「畏まりました。クウちゃんが来次第、連れて行かせていただきます」
「ああ、頼む」
精霊たるクウの力は無闇に借りて良いものではない。
それは承知しているが――。
今回は、致し方ない。
なにしろ事は重大だ。
それに、大事と言っても戦争や懲罰に関わるものではない。
クウの力を借りたとて、問題はなかろう。
正直、俺は予測すらしていなかった。
まさか――。
そんなことになっているとは――。
【2】 なにかが起きた!?
こんにちは、クウちゃんさまです。
今日はロックさんたちのめでたい受勲式です。
私も参加させてもらえると言うことで、待ち合わせの時間に合わせて『帰還』の魔法でいつもの願いの泉に来ました。
到着すると……。
「お待ちしておりました、クウちゃん様」
ふむ。
最近、ちょくちょくあることだけど、執事さんとメイドさんが待ち構えていた。
私は大宮殿に連れて行かれる。
「あの……。なにかあったんですか?」
「詳しいお話はバルター様からお願いいたします」
歩きつつ、私は敵感知を広げてみた。
さすがは警備厳重な大宮殿だけあって敵感知に反応はなかった。
とはいえ、油断はできない。
今日は大宮殿で普通にセラと待ち合わせをしていたのだ。
シルエラさんに手伝ってもらって、私もドレスを着ることになっていた。
連れて行かれる予定はなかった。
それが連れて行かれるということは、それだけの理由があるのだろう。
事件だろうか。
少なくともなにかが起きたことは確かだ。
大宮殿に入ると、すぐにバルターさんがやってきた。
私は事情を聞いたけど――。
教えてもらえなかった。
「ともかく、こちらへ。皇妃様達がお待ちです」
「はい――」
部屋の前につくと、メイドさんたちが困惑した表情で廊下にいた。
「皇妃様達は、まだ中ですかな?」
「はい……。あの、バルター様、私たちはどうすれば……」
「そうですね――。とりあえずは、控室に戻っていなさい」
「はい、わかりました――」
一体、何が起きたのか。
メイドさんたちの様子からしてただ事ではない。
いつでも剣を抜けるように私は集中力を高めた。
バルターさんがドアをノックする。
「――皇妃様、クウちゃんを連れてまいりました」
「わかりました。入ってもらって」
「はい。――どうぞ」
バルターさんがドアを開けて、私を室内に誘う。
バルターさんは入らないようだ。
私が中にはいると、バルターさんは外からドアを閉めた。
「あの――。一体、なにが――」
私は部屋を見回す。
立派な更衣室だ。
中には、白地に金刺繍をあしらった見事なドレス姿の皇妃様と、同じく白地に金刺繍なドレス姿のセラと――。
アリーシャお姉さまがいた。
なぜかお姉さまだけドレスを来ていない。
下着を晒したあられもない姿で、椅子に座ってうなだれている。
なんだか燃え尽きたように見える。
普段の皇女様然としたお姉さまからは考えられない姿だ。
「お姉さま……?」
一体、なにがどうしたのか。
声をかけると、お姉さまがこちらに目を向けた。
なんだか……。
うん。
死んだ魚みたいな目をしている。
「クウちゃん……。わたくし、まさか、こんなことになるなんて……」
「どうしたんですか?」
「わたくし……。わたくし……。ああ……」
お姉さまがわなわなと震える。
「クウちゃん、実は――」
セラが言いにくそうに、私に教えてくれた。
「お姉さまは、とてもふくよかになってしまわれたようで……。ドレスを着ようとしても入らないのです……。お腹が……」
えー。
まあ、うん。
お姉さま、パクパクしまくってたからねえ……。
「クウちゃん……。わたくし、プニプニですわ……。今までありがとう。短い間でしたけれど楽しかったですわ……」
「いやそんな大袈裟な! ただの食べ過ぎですよね痩せましょうよ!」
「もう手遅れですわぁぁぁぁぁ!」
「だからあれほど、お菓子を食べすぎていると申しましたのに。自分は太らない体質だからと調子に乗るからです。もういいですから今日は欠席なさい。貴方には当分の間、厳しい生活をしてもらいますからね」
皇妃様はお疲れの様子だ。
「……わたくし、一流の冒険者に会うのをずっと楽しみにしていましたのに。どうしてこんなことに」
お姉さまは落ち込むけど、自業自得ですよね、それ……。
「お母様、やはり、いつものゆとりのあるドレスで出させていただくわけには……」
「絶対に駄目です。それではまるで冒険者の受勲式など、いつものお茶会と同程度だと見下しているようなものではありませんか。最大の敬意を持って立たずして、なんのための受勲式なのですか」
「……クウちゃん。お姉さまが可愛そうです。なんとかなりませんか?」
「と、言われても……」
セラにお願いされるけど、さすがの私も即座に脂肪を落としてあげることはできない。
と、皇妃様が私に目を向けた。
「ごめんなさいね、クウちゃん。実は、クウちゃんにお願いしたいことがあって、呼ばせていただいたのです」
「と言うと……。あ、もしかしてドレスの調整ですか?」
「できますか? アリーシャ用の正装であるこちらのドレスの、サイズだけ変える形でお願いしたいのですが」
「わかりました。やってみますね」
体型を見るため、アリーシャお姉さまには立ってもらう。
うん。
ふくよかなお腹ですね。
プニプニですね。
アリーシャお姉さまの体に合わせる形で、白地に金刺繍の正装のドレスをコピーするように生成してみる。
上手く行った。
私も器用なことができるようになったものだ。
こうして無事、アリーシャお姉さまも式典に出られることになった。
3人には、すごく感謝された。
どういたしまして。
やっぱり私、「なんとかしてよクウえもーん」されるの、実は好きみたいだ。




