368 アンジェが来た
「クウ、来たわよっ! ひっさしぶりー」
「……やっほー」
勉強会の翌日、アンジェがお店に来た。
私と同い年の、帝都から馬車で3日は離れた城郭都市アーレに住む友人だ。
「ねえ、クウ。久しぶりなんだしさ、もうちょっと元気に明るくいつもみたいに歓迎してくれてもよくない?」
「……私は今、お疲れなのです。ふわふわではなく、ふにふになのです」
なにしろ勉強会は夜遅くまで続いた。
エミリーちゃんとエマさんが熱心で、あれもこれもと知りたがって、どうにもこうにもおわらなかったのだ。
もちろんセラも真摯に学んでいた。
私だって必死だった。
必死に眠気をこらえて、漕ぎ出す船を必死に押し留めた。
私は勝った。
最後まで眠らずにおわらせることができた。
で、その疲れが今、このクウちゃんさまに容赦なくのしかかっているのでした。
「何かあったの?」
アンジェに心配して聞かれたので、昨日のことを教えた。
すると悔しがられた。
「えー! セラとエミリーが来てたのー!? しかも勉強会!? いいなー私も参加したかったよー! あと1日、早く来ればよかったー!」
「……アンジェ、勉強したいなんて変わり者だね」
いやホントに。
ちなみに今はまだ午前の10時くらいなんだけど。
セラもエミリーちゃんも朝一番で私の家を出た。
セラは勉強。
エミリーちゃんはオダンさんと合流して、お昼には帝都を発つそうだ。
私も見送りで起きたので、お店を開けた。
「クウはもうちょっと勉強した方がいいと思うけどね。いくら最強でも、それだけで世の中は生きていけないわよ?」
「いいんですー私はー。だって、ふわふわだしー」
「ふにふになんでしょ?」
「今はねー」
まあ、とはいえ、いつまでだらけていても仕方がない。
私は立ち上がると、アンジェの手を取った。
「久しぶり、アンジェっ!」
「うんっ!」
2人で笑いあった。
「ところで本当に今日はどうしたの? 気軽に来れる距離じゃないよね?」
「実はおじいちゃんが帝都の神殿に呼ばれてね。私は学校を休んでついてきたの」
「いいの?」
「いいのよ。私、成績優秀だし。クウに会いたかったし」
「じゃあ、今日は泊まってく?」
「いいの?」
「いいよー」
千客万来で嬉しい。
「ありがとうっ! じゃあ、そうさせてもらおうかなっ!」
アンジェは相変わらず元気だ。
声も笑顔も明るい。
「でも、おじいさん、わざわざなんで呼ばれたんだろうね?」
「帝都の大司教になってほしいって話みたい」
「おお。すごいね」
「今までにも打診はあったみたいなんだけどね。今回はほら、私も来年から帝都だし丁度いいってことで前向きに検討するみたい」
「それは心強いね」
「うん。おじいちゃんが帝都に来てくれるなら安心かな」
「でも、神殿ってどんなとこなんだろ? アンジェは行ったことある?」
「あるけど、クウはないの?」
「うん」
実のところ、今まで神殿は避けていた。
だって、精霊神教。
精霊を信仰する場所だし。
私、これでも一応は精霊さんのはずなので、下手に神殿に足を踏み込んでなにかが反応したりしたら嫌だし。
絶対に面倒なことになるのは確実だ。
「ねえ、クウ、今ってお店、お客さんいないけど、少し閉めることってできる?」
「うん。まあ。どうしたの?」
「よし、決まりねっ! さ、行くわよー!」
「どこに?」
手を引っ張られて外に出されつつ、私はたずねた。
「ほら、鍵、閉めて。あ、待って。看板、中に入れてあげるわね」
「あ、うん」
「お祈りの仕方とかも教えてあげるから安心していいわよ」
「お祈り? ねえ、どこに行くの?」
「そんなの、神殿に決まってるでしょ!」
「えー!」
話の流れ的にはそうかー!
というわけで。
アンジェの勢いに押されるまま、神殿に到着した。
「ここよ。帝国で一番大きな、精霊神教の神殿」
「へー。ここがー」
青空に高く伸びた、大きな白い建物だった。
聖国の大聖堂に似ている。
「本当に来るの初めてなのね。いつでも来れそうな距離なのに」
「こっちにはたいして用事もなくてねー」
正直、避けてたし。
神殿には、それなりに人の出入りがあった。
普通の市民でも気楽にお祈りすることのできる場所のようだ。
神殿に入る時は本気で緊張した。
いきなり光ったりしないよね……。
幸いにも、そういうことはなかった。
神殿に入ってからは、本気で口元を押さえる必要があった。
だって、さ……。
また、アレですよ、アレ。
はいカット……。
はいカット……。
はいカット……。
なぜみんな、祈りの最後にその言葉をつなげるのか!
それちがうからね!
ただの録画のおわりの合図だからね!
と、真摯にお祈りしている人たちに言えるはずもなく……。
跪いたアンジェまでもがそれを言った時には、さすがのクウちゃんさまも、もはやこれまで爆笑寸前だった。
しかし、本当の試練はそれからだった。
なにしろ私も同じようにお祈りをしなくちゃいけなかったからだ。
さらに試練は続いた。
ふと見れば、なぜか祭壇のあるステージの脇の台座に……。
私の作ったユイのぬいぐるみが置かれていた。
固定されたガラスケースに入れられて厳重に。
台座には、私がユイからもらった光の印章が嵌め込まれていた。
近づいて間近で見ることができようになっていて、信者の人たちがその前に行っては改めてお祈りをしている。
……ごめんね。
……それ、ただの愛玩用のぬいぐるみなの。
……ご利益とかは、ないの。
さらに私には驚くことがあった。
祭壇の奥の壁に描かれた絵画は美しい女性だった。
私は竜の里で見たことがあるのでわかる。
そこに描かれた女性は、間違いなくゼノとフラウのお母さん――。
話に聞くだけでも偉大だった大精霊だと理解できる、かつての闇の大精霊イスンニーナさんだった。
でも、私が見たイスンニーナさんは黒髪だった。
黒いドレスに身をまとっていた。
なのにここに描かれているのは、白髮に白いドレス。
まるで光の大精霊だ。
光の大精霊は5000年もの昔から、あのちっこいリトなのにね。
なにやら大きな誤解がありそうだ。
今度、ユイに報告しておこう。
……覚えていたら。
そんなこんなで驚くこともあったけど、無事に私はお祈りを済ませた。
私たちは神殿から出た。
「クウ、すごい緊張してたわね。神殿、そんなに苦手なの?」
「う、うん……。なんとなくね……」
笑いと驚きに耐えていました。
「そっかー。無理に連れてきて悪かったわね」
「ううん。いいの」
入っても何事もないことが確認できたのはよかった。
はいカットには、いい加減に慣れよう……なんかもう広まりすぎて、なかったことにはできそうにない。
「そうだ、アンジェっ! このまま帰るのもなんだし、私のお気に入りのスイーツのお店に連れて行ってあげようか?」
「へー。あるんだ。行きたい行きたいっ!」
私たちは中央広場に向かった。
向かう先はもうちろん、姫様ロールのお店だ。
広場は今日も賑わっていた。
ぬいぐるみのお店も姫様ドッグのお店も姫様ロールのお店も大盛況だ。
残念ながら、まだブリジットさんの姿はなかったけど。
タイミングよくお店の外のテーブル席が空いたので、そこに陣取って、2人で姫様ロールを食べた。
「うんっ! 美味しい! 安いのにいいわね、これっ!」
「だよねー。私も気に入ってるんだー」
「ねえ、ところでこの姫様って、もしかしてクウとかセラのこと?」
「うん。そだよー。実はこれ、私が作るのを手伝ったんだー。セラと散歩している時にたまたま見つけてね」
いろいろおしゃべりしていると、私に声がかかった。
「クウちゃん! こちらにいらっしゃいましたか!」
誰なのかは声でわかる。
「こんにちは、ウェーバーさん」
振り返ると、宝飾品でギラギラの成金趣味なウェーバーさんがいた。
「クウちゃんがこちらに来ていると聞いて、急いで来たのです。なかなかお店に行けなくて申し訳ありません」
「いえー。ウェーバーさんもお忙しいでしょうし」
「……あの、クウ。こちらの方は?」
アンジェが少し怯えた様子で私に聞いてきた。
「この人は商人のウェーバーさん。ウェーバー商会ってとこの会長さんだよー。ギラギラな格好をしてるけど怖い人じゃないよ。私もお世話になっているし」
知らないと怖い人に見えるよね。
私も初対面の印象はそうだった。
「申し訳有りません、こんな格好で。相手によってはこうして、地位と財力を見せつけることが有効でして」
軽く言い訳してから、ウェーバーさんがアンジェに丁寧に腰を曲げる。
「始めまして。クウちゃんのお友だちの方。ウェーバーと申します。お話の邪魔をして申し訳ございません」
「いえ。初めまして、アンジェリカ・フォーンです」
「フォーンというと、もしや――」
私がアンジェに代わって、フォーン神官の孫娘であること教えてあげると、ウェーバーさんは大いに感激した。
ウェーバーさんは熱心な精霊神教の信徒だしね。
アンジェのおじいさんは高名な神官として広く知られているようだ。
「それでウェーバーさん、ご用件は?」
「そうでした。実はお預かりしていた品が完売したことのご報告をと思っていたのですが遅れてしまいまして――」
神殿に売れたのですね。
さっき、見てきました。
一周年です!
我ながら一年間も小説を書いてしまいました。
ここまでおつきあいくださり、ありがとうございました!
評価・ブクマ・いいね、ありがとうございました!
次は400話目指して頑張ります!
よかったら、今後ともおつきあいください\(^o^)/




