367 クウちゃんさま、転生後最大の危機
「クウちゃーん! 遊びに来ましたー!」
「え。セラ!?」
夕方が近づいてきた頃、お店のドアが開いて、いきなりセラが現れた。
「はいっ! こんにちは、クウちゃん」
「うん。こんにちは。いきなりでびっくりしたよ」
「いきなり来ちゃいました! ……あの、迷惑でしたか?」
「ううん。そんなことはないよ!」
「よかったですー」
「ははは。よかったな、セラフィーヌ」
セラに遅れて、なぜかお兄さまがお店にやってきた。
上機嫌だ。
「お兄さままで、どうしたんですか?」
「いや、なに。セラフィーヌに息抜きをと思ってな。セラフィーヌは最近、勉強に修行に大忙しだったからな」
「へー。優しいんですねー」
「あとはおまえにもお礼をしたいと思ってな」
にっこりと言われた。
「私ですか?」
なんだろか。
お礼をされるようなこと、したっけ?
「おまえには最近、この帝国の平和を随分と守ってもらった。俺も皇太子としておまえには感謝しているのだ」
「あはは。なんか照れますね」
「あと、姫様ドッグにも感謝している」
「あ、美味しかったですか?」
「ああ。美味しかったとも」
にっこりと言われた。
よかった。
私のサプライズ、大成功みたいだね。
「クウちゃんが姫様ドッグ? お兄さま、それは一体どういう――」
話の流れがわからないセラが、首をひねってたずねてくる。
「今日、ちょっと学院に遊びに行ってねー。その時に差し入れしてあげたの」
「そうなんですかー。お兄さま、羨ましいです」
「セラにも今度、持っていってあげるよー」
「本当ですかっ! 嬉しいですっ!」
「はははっ! クウ、俺はもう満足したから二度目はいいからな」
「はーい。なら今度は甘いものにしますねー」
「はははっ! もういいというのは、姫様ドッグがもういいというだけの意味ではないからな。総合的な意味で、だ」
「ん? あ、はい」
よくわからないけど、まあ、いいか。
甘いものが好きってことだよね。
話していると、またドアが開いた。
「あのお……。わたし、エミリーって言いますけど……」
おそるおそるの様子でエミリーちゃんが中の様子を伺ってくる。
「いらっしゃーい」
声をかけると駆け込んできた。
「クウちゃんっ! 来たよー! 外に人が一杯いるからなんか怖かったよー。でも入っていいっていうから来たんだけど……。あっ!」
「こんにちは、エミリーちゃん」
「セラちゃんだー! だから人が一杯いたんだねー!」
セラとエミリーちゃんが、きゃっきゃと手を取り合って再会を喜ぶ。
「ねえ、セラちゃんもお勉強するために来たの?」
「……勉強、ですか?」
「うんっ! 今夜、わたし、ここに泊めてもらうんだけど、クウちゃんから法律と商売のことを教えてもらうんだっ!」
え、ちがうよ?
エミリーちゃん、もしかして私の話、ちゃんと聞いていなかった?
私、今夜はちょー忙しいから夕方には出かけるよ?
私は逃げるよ?
私、かしこいけど精霊さんだから、法律とかの話は頭が沸騰しちゃうからね?
蒸発して消えちゃうからね?
教えるのはヒオリさんだからね?
「……あの、クウちゃん?」
セラがとてもとても不安そうな顔で私のことを見た。
とてとてだ。
さすがは、セラ。
私には絶対に無理だとわかってくれているね。
うん。
セラの心配する通りですよ!
私はエミリーちゃんが誤解していることを、ちゃんと説明しようとした。
しようとすると――。
お兄さまが、おもむろに私の肩に手を置いた。
「はははっ! さすがはクウだな。友人に指導をしてやるのか。エミリーと言ったな。クウの指導は素晴らしいもので、俺もクウの指導を受けて、本当に自分自身、次のステップに進めたのがわかった。おまえも今夜はたくさん学んで、大いに成長し、次のステップに進んでいくといい」
「はい、ありがとう、お兄さんっ! あの――」
「ああ、自己紹介が後になってしまったな。俺はカイスト。セラフィーヌの兄だ」
「セラちゃんのお兄さんっ!」
「ああ。エミリーのことはよくセラフィーヌから聞いている。先日の旅ではいろいろと世話になったようだ。兄として感謝する」
お兄さまがにっこりと微笑む。
気のせいか、私に向ける笑顔よりも遥かに遥かに優しげだ。
はるはるだ。
「そうだ、セラフィーヌも今夜は泊まったらどうだ? 友人同士なのだからクウの指導を共に受ければよかろう」
「ほんと!? わたしもセラちゃんとお泊りしたいっ!」
「ああ。いいとも。父上には俺から言っておく。真面目な勉強会となれば、よもや駄目だと言われることはあるまい」
「え。でも……。あの……。大丈夫なんですか、クウちゃん……?」
「はははっ! 何を言っている、セラフィーヌ。クウにできないことなんて、あるはずがないだろう。なあ、エミリー?」
「うんっ! わたしも、知っているよ! クウちゃんは天才だから、なんでもできるし、なんでも知っているの!」
「はははっ! その通りだ! なあ、クウ?」
え。
待って。
なに、この話の流れ。
とてつもない絶望と、とてつもない危機を感じるんですけれども……。
なんでお兄さま、私の肩をがっちりと押さえているんですか?
え。
まさかお兄さま……。
私に同意を求める笑顔が、とても怖いんですけれども……。
どういうことなんでしょうか……。
ここでエミリーちゃんが、離れた場所で待っているお母さんを呼んでくると言って一旦お店から出て行った。
「あの、お兄さま?」
「どうした、クウ?」
「もしかして、怒っています?」
「はははっ! そんなわけがあるか。ただ俺はな、クウ――」
「は、はい……?」
「いきなり眠らされて、目が覚めたら姫様ドッグに囲まれていて、腕や頬をケチャップまみれにされたお礼がしたかっただけだぞ」
「怒ってるじゃないですかー!」
「はははっ! 実に今、俺は気分がいい。怒ってなどいないぞ」
「酷いですよー!」
「無駄な見栄を張るからだ」
「うう……」
「まあ、俺も鬼ではない。おまえには世話にもなっているからな。本当におまえに教えろとは言わないから安心しろ」
「言ってたじゃないですかー!」
「学院長がいるのだ。教えてもらうのはプロに任せたほうがいいと俺からもエミリーには言ってやる。だからおまえは今夜は頑張って勉強して、ちゃんと商店主としての知識を蓄えるんだな」
「そんなー」
「くれぐれも友人を残して逃げ出すんじゃないぞ?」
「クウちゃん、一緒に頑張りましょう! 一緒にお勉強、楽しみですね!」
ハメられたぁぁぁぁぁぁぁ!
逃げちゃう!?
この状況でも気にせず逃げちゃう!?
勉強なんて嫌だよ私?
どうせ頭になんてなにも残らないし!
私、難しいことは、3歩で忘れるバードで精霊な女の子ですし!
とはいえ……。
エマさんを連れて満面の笑顔でお店に戻ってきたエミリーちゃんを前に……。
すべてを捨てて逃げ出す勇気は、私にはなかった……。
やがてヒオリさんが帰宅。
お兄さまが上手く話をまとめてくれて、今夜はエミリーちゃんとエマさんとセラとの4人で難しい話を聞くことになった。
ありがとうお兄さま、とりあえず助かったよ……。
いや、ありがとうじゃないからね、私!
覚えてろよぉぉぉぉ!




