362 日常
午後、アリーシャお姉さまたちがお店に来た。
学校帰りのようで、久々に見る制服姿だった。
「いらっしゃいませー」
私は笑顔でお出迎えしたけど、すぐに事態に気づいた。
「こんにちは、クウちゃん」
「こんにちはです」
アリーシャお姉さまは普通の笑顔だ。
だけど、一緒に来たメイヴィスさんとブレンダさんは不機嫌な笑顔だ。
私、わかるようになってきたね。
偉い。
とはいえ、まずは普通に接してみる。
「メイヴィスさんとブレンダさんは、お久しぶりですねー」
「ええ。そうですね。わたくしはダンジョンに誘ってもらえなかったので、アーレでの晩餐会以来ですね」
「私もダンジョンに誘われなかったから、いつ以来だ?」
「夏休みの前以来ですねー。あはは」
私は気さくに笑ったのだけど。
「アリーシャがダンジョンの奥でボスを倒したんですよね。話は聞きました。素晴らしい経験をしたようですね」
「いいよなー。ダンジョン。いいよなー。ボス戦」
メイヴィスさんがやんわりと、ブレンダさんがわかりやすく、お願いしたいことを間接的に伝えてくる。
「あはは。いいですよねー」
私が気さくに笑うと、二人が距離を詰めてきた。
「クウちゃん、わたくしの言いたいことはわかりますよね?」
「師匠ー。なあ、師匠ー」
「……あの、えっと。アリーシャお姉さま?」
私はお姉さまに助けを求めた。
いや、うん。
最初からピンと来てはいましたよ。
私たちもダンジョンに連れて行けって話だと思っていましたとも。
その通りでしたね!
「困ったものでしょう? わたくしが二人と互角に戦えるようになったことが、悔しくして仕方ないようなの」
アリーシャお姉さまは肩をすくめた。
「いやだってさ、私だって夏の間は魔物退治しまくったんだぞ? 自分で言うのもなんだけどかなり強くなった。なのにアリーシャが互角なんだぞ? 私の気持ち、クウちゃん師匠ならわかってくれるよな?」
「わたくしだって、黒騎士たちと剣を交えて鍛えたというのに。剣の腕では明らかに格下だったアリーシャに並ばれてしまうなんて、ショックでした」
「……わ、わからなくはないですけどね。ほらでも、もっと鍛えれば」
「あとさ、師匠」
「は、はい?」
「うちの兄キたちも弟子に取ったんだって?」
ブレンダさんは先日指導をしたウェイスさんの妹だ。
ウェイスさんはメイヴィスさんの婚約者でもあり、私の指導で強くなったブレンダさんとメイヴィスさんに勝てなくなってしまって――。
このままでは兄として婚約者としての威厳が保てなくなってしまう――。
と、私に泣きついてきたのだ。
「わたくしは無念でした、クウちゃん。ついに彼を倒し、夫より強い妻になる寸前でしたのに」
「私だってそうだよー。兄より強い妹になりたかったのにさー」
二人が悔しがるということはウェイスさんが勝ったんだね。
ウェイスさんが暗黒面に落ちることにならなくてよかった。
「あ、でも、今すぐにダンジョンに連れて行ってほしいって話じゃないんだ。なにしろ陛下が禁止したんだろ?」
「強引に押し切るかと心配していましたが、わかっていてくれてよかったですわ」
アリーシャお姉さまがほっと息をつく。
「さすがにわたくしたちも、陛下が駄目と言えばあきらめます」
ブレンダさんとメイヴィスさんの聞き分けがいい。
よかった!
と思ったのも束の間だった。
「でもクウちゃん師匠のことだから近い内にセラフィーヌを連れて行くんだよな? その時にはご同行をと思ってな」
「わたくしもです」
鋭い。
たしかにダンジョンを遊び場にするのは禁止されていたけど、実は陛下から頑張った報酬に許可をもらったんだよね。
セラが望むのなら、修行に向かうつもりでいた。
「わかりました。その時にはお姉さまに伝えます。ただ一回だけですよ? 毎回呼んでくれとかなのは大変すぎます」
こんなこともあろうかと他の人が同行する許可も取っておいてよかった。
「了解。残念だけど確かにウザいよな、それは。一回だけでも大感謝さ」
「そうですね。クウちゃんと同い年でないのが残念です」
この後は一時間ほど練習に付き合った。
メイヴィスさんもブレンダさんも、たしかに強くなっていた。
お姉さまは見学だった。
クッキーと紅茶を出してあげたところ――。
ずっと食べていた。
気のせいか、アリーシャお姉さま……。
お顔がふっくらとしてきているような気もする……。
いや、うん。
気のせいではない気もするけど、しっかり者なアリーシャお姉さまのことだから問題はないのだろう、たぶん。
夕方になるとヒオリさんが帰ってきた。
二人で『陽気な白猫亭』に夕食を取りに行った。
今夜もメアリーさんが元気に働いている。
お店も賑わっていた。
ただ残念ながら、ロックさんやブリジットさんの姿はなかった。
まだ帝都には帰っていないようだ。
メアリーさんが料理を運んできてくれたところで、少しだけおしゃべりする。
「ねえ、聞いた、クウちゃん! ロックさん、禁区で大活躍して、なんと皇帝陛下から褒められるらしいよ!」
「それ聞いたー。すごいよねー」
「すごいよねー。貴族とかになっちゃうのかなー。似合わないよねー!」
「だねー」
笑い合ってから、メアリーさんは仕事に戻る。
でもそう言えば目の前で蒸したジャガイモを食べまくっているヒオリさんも、貴族の称号は持っていったっけ。
貴族になっても、そんなに生活は変わらないのかも知れない。
まあ、本当になるかは知らないけど。
あくまで噂だし。
あー、明日は久しぶりにセラに会いに行こうかな。
セラは勉強に修行に大変みたいだから邪魔になるといけないけど、少しくらいならいいよね休憩ついでにでも。
なにしようかなー。
楽しいことがいいけど、なにかないかなー。
「なにやら楽しそうですね、店長。どうかされたのですか?」
どうやら1人でニマニマしていたらしい。
ヒオリさんがたずねてきた。
「うん。明日、なにしようかなーと思って」
「そうですか。もう大変なお仕事には片が付いたのですか?」
「とりあえずはだけどねー」
「それはよかったです。某も店長と食事ができて、日常が帰ってきた気持ちです。いいものですよね、いつもの日々というものは」
「だねー」
そうかー。
日常なんだねー、これが。
今の私の。
お店にお客さんやお友だちが来て、ヒオリさんと食事を取って、セラとなにして遊ぼうかなーと考えて。




