360 精霊として、人間として
「……なるほど。使っているつもりが使われていたというわけであるか。大迷惑であるが愚かな話である」
小さく息をついて、フラウがメティの首から手を離した。
「ねえ、ところで、なんで竜族が人間の味方をしているワケ?」
「別に味方などしていないのである」
「私、捕まってるよね? そろそろ帰りたいんですケド」
「クウちゃん、こいつはこれからどうするのであるか? とりあえず殺して、魔界に強制送還であるか?」
「その前にわたくしもいいかしら。
ねえ、貴女――。
ジルドリア王国はどうなっていますの?
悪魔の攻撃は?」
エリカがそうたずねると、メティは肩をすくめた。
「ああ、そこはお得意様だから。呪具もよく買ってくれるし、奴隷もくれるし。私達は手を出していないよ」
「そうですか……。喜んでいいのか、悲しめばいいのか、怒ればいいのか……。途方に暮れるような返答ですわね……」
たしかに。
悪魔の攻撃を受けていないのは幸いだけど。
良い現状とは言い難い。
「私からも質問いい?」
今度はユイが手をあげた。
「こちらの世界に召喚された悪魔は、貴女と、攻撃に出た3人と――。他にはあとどれくらいの数がいるの?」
「どれくらいって、今は確か8人?」
残りの悪魔たちは、鉱山で奴隷をいたぶったり、商人に化けて呪具を売り歩いたりしているそうだ。
あと4人、絶対に見つけ出さねばだね……。
「召喚って、簡単にできるものなの?」
「簡単にできるわけないでしょ。でも、そうね……。貴女くらいの魔力があればできるかも知れないからやってみて?」
「私、光の属性なんですけど」
「大丈夫! 属性なんて関係ないし! まあ、本当は闇の魔力がいいんだけど、瘴気の渦さえ作ってくれれば余裕だから」
「それはどうやって作るの?」
「谷底とかに奴隷を落として、絶望と恐怖と憎しみの中で死んでもらえば、あとは勝手に生まれていくから安心して?」
ザニデア山脈にあったね、それ……。
消し去ったけど。
「トリスティンにはそういうのがあるんだ?」
「2ヶ所あって、毎年、交互に使って、私達を呼び出してるのよ」
「毎年の割には8人なんだ?」
「失敗することも多いのよ。うちの国、魔術師の質が悪いから」
「場所って、ひとつはザニデア山脈の麓だよね?」
「うん。そ。もっとも、なにかの儀式の失敗で、大爆発したみたいだけど。また作り直しみたいなのよねー」
「もうひとつはどこなの?」
「滅びた獣人の国の首都があったところ。
ド・ミとかいう国だったかなー。
私もそこで召喚されたのよねー。
メッチャクッチャに壊されて、グッチャグッチャに人が殺された場所でねー。
そこに、死体を放り込んだ大きな穴があるの。
前にこの国に呼び出された奴が作ったものでね。
気持ちいいくらいに瘴気に満ちててねー。
しかも、今でもそこの国の出身の獣人の奴隷を連れて行くと――。
凄い負の感情が生まれてね。
たまらないくらいに笑えて美味しいの。
ありがとう!
ってね!
大切な養分たちよー!
本当に間抜けだよねえ、獣人って!
間抜けだから、なんでも面白いみたいに手のひらの上で!
あはははは!
もうね!
笑いが止まらなくて叫ばずにはいられないくらいに――」
あ。
フラウの爪が、メティの胸を刺し貫いてしまった。
メティが散って消える。
精神生命体に戻って、魔界に還って行った――。
「すまんのである。
カメの故郷を馬鹿にするなど、許せることではないのである」
「気にしないで。それより場所を貸してくれてありがとう」
フラウを責めるつもりはない。
私も同じ気持ちだ。
こうして尋問はおわった。
しばらくの間、私達は無言だった。
話を聞いて、それぞれに考える時間が必要だった。
私も考える。
これから、どうするか。
ふわふわ楽しく浮かんでいられれば、私はいいんだけど――。
人間のことは人間で、か。
強い力を持っているからこそ、リトの言葉は胸に残っていた。
そう。
私はとんでもなく強い。
悪魔だろうが大精霊だろうが片手で事足りる。
いや、うん。
いくらなんでも強すぎだろ私!
と、今更ながら思う。
だからこそ、どこまで関わるのか、ちゃんと決めないといけない。
まず、悪魔には魔界に還ってもらおう。
それは決定だ。
あとはどうするか。
特にトリスティン王国の王様――。
彼が諸悪の根源だ。
もっとも今は、悪魔に洗脳だかをされているようだけど。
とりあえず、洗脳だけは解いておくか……。
そもそも悪魔を呼び出す人間なので、たいして変わらないかも知れないけど。
あとは……。
たくさんいるという奴隷の人たち、とか……。
んー。
「悪魔退治はするとしても……。その後が本当に困るねえ……」
私が悩んでいると、ユイが声を上げた。
「私、やるよ。向こうの神官に呼び出しを掛けて話を聞いてみる。それで――どうなっているのか確かめてから――。非難すべきなら非難して、是正を促してみる。今まで自分のことしか気にしてこなかったけど――」
「……そうですわね。わたくしもジルドリアに戻ったら、本当はどうなっているのかを確かめたいと思いますの」
ユイとエリカが、お互いに力を合わせようと手を握る。
私はそれを見ていた。
私の視線に気づいた2人が私に笑顔を見せる。
ユイが言った。
「クウ、悪魔の退治は助けてほしいけど……。その後は、人間同士の問題にしかならないから。クウはそこまで悩まなくてもいいよ。リトも言っていたけど精霊の力は世界を守るために使って」
「うん。でも……。なんとかしてよクウえもーん、は、いいの?」
どうしてもどうしてもと強く頼まれれば、私、たぶん手伝っちゃうけど。
「あはは……。うん。ホントはね……。クウがいてくれると心強いけど……。でも今回はよくないと思うから」
「リトがいるのです! リトがついているのです! ……でもリトも人間の争いには関わらないのです」
「それでいいよ。その方がいい」
「でもユイの力にはなるので安心してほしいのです!」
「うん。ありがとう、リト」
「あの……長老様」
エリカが、おそるおそると言った様子でフラウに声をかける。
なにかと思えば同行するメイドさんのことだった。
齢7000年を超えた竜の人だ。
もしも戦争が発生した時に、彼女の力を借りてもいいのか、と――。
「それはハースティオと3号で決めれば良いのである。別に妾は人間の国が滅びようが興ろうが知らぬのである」
「ありがとうございます! それを聞いて安心しましたの! これで強気にも出られるというわけですわね! おーっほっほっほ!」
エリカ、竜の威を借りて、やりすぎないようにね……。
早くも私は心配になるのだった。




