36 セラとお出かけ
陛下との会談がおわった後は再びセラの部屋でおしゃべりをした。
シルエラさんが出してくれたので、少し早めの昼食をサンドイッチで取っておく。
しばらくすると迎えのメイドさんが来る。
まずはマイホームに案内してくれるとのことだった。
いよいよだ。
わくわくするね。
「どんなところなんでしょうね」
「セラも知らないんだ?」
「はい。クウちゃんと一緒に見るのを楽しみにしていました」
大宮殿の外に出ると、ロータリーに馬車が準備されていた。
一見して貴族が乗っているとわかる豪華な馬車だ。
私たちが馬車の前まで来ると、待っていた執事さんが一礼する。
「姫様、クウちゃん様、本日は私、バルターがお世話をさせていただきます」
陛下と同じくらいの年齢、30代の後半くらいかな?
知的でスマートな感じのオジサマだ。
「よろしくお願いします」
「クウちゃん、バルターはお父さまの右腕と呼べる方なんですよ」
「へえ、偉い執事さんなんだ」
「役職こそ持っておりますが本日はただの案内役でございます。クウちゃん様も気軽にバルターとお呼びください」
「はい。わかりました」
「まさかバルターが来てくれるとは思いませんでしたが、今日はお願いします」
「畏まりました、姫様」
促されて、馬車の中に入った。
セラと私は向かい合って。
シルエラさんはセラのとなりに座った。
バルターさんは中に入らず、外の御者台の方に行く。
御者台にはすでに御者の人がいたけど、座席には余裕があるようだ。
馬車が出発する。
馬車の前後には護衛の騎兵がついた。
なかなかに物々しいけど、セラは皇女様だしこういうものなのだろう。
大宮殿の広い庭園を抜けて、大きな門をくぐった。
その先には、さらに広大な広場があった。
広場には、散策している一般の人たちの姿を見ることができた。
馬車は広場に敷かれた道を進む。
ソウルスロットには白魔法、小剣武技、敵感知をセットした。
敵感知に反応はなし。
まずは安全のようだ。
「わたくし、外に出るのは本当に久しぶりです。町の景色が楽しみです」
広場の景色を見ながらセラが言う。
「私も町は久しぶりだな。ずっと山にいたし」
「そうだっ! クウちゃん、取ってきた石を見せてもらうことはできますか? どんなものなのか気になります」
「いいよー」
アイテム欄から取り出して、鉄鉱石を見せてあげた。
「これが鉄鉱石。これを生成すると鉄のかたまりができるんだ」
「へえ……。これが鉄になるんですねぇ……。どういう理屈なんでしょうか」
「さあ。知らない」
「知らないのにできるんですか?」
「魔法だしねー」
私は追加で鉄鉱石を取り出した。
ソウルスロットに、小剣武技に替えて生成技能『鍛冶』をセットする。
ふたつの鉄鉱石を並べて、生成を実行。
素材が光に包まれる。
光が収まれば、そこにあるはアイアンインゴットだ。
生成成功なのです。
「こんな感じ」
「ポーションの時と同じで、不思議です」
「だよねー」
本当にどういう理屈なのか。
私にも謎だ。
「でも鍛冶師の人は、ちゃんと加工して作ってるんだろうねえ。ねえ、セラ。今度見学に行ってみようか」
「いいですねっ! 勉強になりそうですっ!」
「勉強かぁ……。覚えられるかなぁ、商売のことなんて」
「楽しみですね」
楽しみではない。
けれど。
生きていくためにはやるしかない。
「よーし! 頑張るかー!」
私は気合を入れた。
「はいっ! 頑張りましょう、クウちゃん!」
そんなこんなの内に馬車は広場を抜けて、ついに市街地に出た。
馬車は大通りを進む。
町の景色は、存分には見えなかった。
馬車の窓から外を見ようとすると町の人たちに見つかって、あれが噂の皇女殿下かと騒がれてしまう。
「次に来る時はお忍びだね」
「そうですね……」
2人で苦笑しつつ、こそこそと景色を楽しむ。
町は今日も賑わっていた。
祝福記念セールなど、お祝いムードはまだ続いているようだった。
と、馬車に衝撃を感じた。
馬車が停止する。
子供の泣き声と、謝る母親の声が聞こえた。
ちらりと様子を見れば、子供が馬車にぶつかってきたようだ。
「大丈夫ですかっ!?」
セラが飛び出して、子供のもとに駆け寄る。
「姫様、お戻りください。貴族の馬車への接触は犯罪です。子供といえど罪を免れることはできません」
バルターさんが御者台の上から子供と母親を冷徹に見下ろす。
「申し訳ありません! わざとではないのです! 姫様が来たと聞いて喜び勇んで前も見ずに走ってしまって……。どうかお許しを!」
母親が必死に謝る。
馬車の車輪に轢かれたようで、子供は足を押さえていた。
「大丈夫ですよ。罪にはなりませんから」
セラが子供を介抱する。
シルエラさんが近くにいた人たちとの間に割って入る。
氷の眼差しを向けられて、近くにいた人たちは逃げるように距離を取った。
すかさず護衛の人たちがまわりを囲んだ。
私は、その様子を馬車の中から見ていた。
正直、私は関わるべきではない。
だって絶対に大きな騒ぎになる。
「バルター、急ぎ水魔術師の手配をお願いします」
「……姫様、魔術による治癒には対価が必要となります。それをご負担されてまでの手配はお勧め致しません」
「構いません」
セラが介抱していて、子供が痛いと泣いている。
私ならすぐに助けられる。
「ご再考を」
「お願いします」
「悪しき前例となりますが、よろしいですか?」
「構いません」
「……畏まりました」
「痛い……。痛いよぉ……」
「大丈夫ですよ。すぐによくなります」
あーもういいや!
なんか見ていられないし!
「ヒール」
私は馬車の中から白魔法をかけた。
子供の足が白い光に包まれる。
光が消えるのに合わせて、子供はポカンとした顔でセラを見上げた。
「痛くなくなった。お姉ちゃんが癒やしてくれたの?」
「いえ、わたくしでは……」
「お姉ちゃんが癒やしてくれた! お母さん、お姉ちゃんが癒やしてくれた!」
「ありがとうございました、姫様!」
「い、いえ……。あの……」
涙ながらに母親に平伏されてセラが戸惑う。
「お姉ちゃんが姫さまなの?」
「はい。それはわたくしですが……」
「すごい! やっぱり噂は本当だったんだ! 姫さまが光の力で癒やしてくれた!」
「いえ……。あの……」
セラと目が合った。
私はセラに親指を立ててうなずく。
それでセラは、私がやったことを理解したようだ。
「今のはわたくしではありません。精霊さまが癒やしてくれたのです。なのでわたくしにお礼の必要はありません」
子供の頭をなでながら、セラは言う。
「これからは、前も見ずに全力で走ってはダメですよ」
「うん。ごめんなさい」
子供を立たせて、セラは優しく微笑む。
「バルター。何事もありませんでした。このまま行きます」
「畏まりました、姫様」
バルターさんの言葉を聞き、護衛の人たちも馬に戻った。
馬車が発進する頃には、遠巻きに様子を見ていた人たちが集まり、子供がセラのことを大いに喧伝する。
姫様万歳の声がうしろから盛大に聞こえた。
そうなるよね……うん。




