351 お兄さまが来た
皇妃様たちがヒオリさんの案内で応接室に入って、私はお店で1人になる。
さて。
どうしようか。
私も応接室でおしゃべりしていてもよかったんだけど、お兄さまに勘付かれないようにするため、それは却下された。
私はお店にいて、普通に過ごすことになった。
「んー」
ぬいぐるみでも作ろうかなぁ……。
と思ったけど、まだ在庫はある。
悲しいかな、売り切れるほどには売れていなかった。
今日も天気は良い。
空は快晴だ。
時間が経つに連れ、通りは賑わしくなっていく。
あ。
お店のショーウィンドウの前に親子連れが立ち止まった。
ぬいぐるみやオルゴールを見て、かわいいねー、と言ってくれているようだ。
今なら入って来てもいいんだよー。
歓迎するよー。
でも、歩き過ぎてしまった。
残念。
「ふぁ~あ」
朝から頑張ったせいか、あくびがこぼれる。
やることがない。
でも最近はずっと頑張っていたから、たまにはのんびりするのもいいね。
…………。
……。
気づくと私は寝ていた。
「――おい。
――おい、クウ」
ちょんちょんと肩に触れる指の感触と、不機嫌そうな声で――。
私の意識はふんわりと戻った。
目を開けるとお兄さまがいた。
「あ、いらっしゃいませー。待ってましたよー」
「寝ていたがな」
「あはは」
お兄さまのうしろには、2人の青年がいた。
どちらも、私より年上。
お兄さまと同年代の人たちだ。
1人はわかる。
ブレンダさんの兄で体育会系な人、ウェイスさんだ。
もう1人は……。
服の上からでもわかる、しっかりと鍛えられた筋肉を持っている。
顔つきも精悍で、明らかに強そうだ。
だけど、なんとなく生気がない。
んー。
誰だっけ。
知っている気もする……。
パッと名前とかは出てこないけど……。
「クウちゃん、久しぶりだな。元気だったか?」
「はい。元気です。ウェイスさんも元気そうですね」
「まあな」
「ブレンダさんは夏の間は実家に帰るって言っていましたけど、お兄さんは帰っていないんですね」
「……まあな」
なんだか妙に含みのある感じで、ウェイスさんはうなずいた。
ふむ。
よく見れば、ウェイスさんもなんだか元気がない。
なんだろか。
「それで――。えっと――」
私はもう1人に目を向けた。
お兄さまが紹介してくれる。
「この男はロディマス。将来はこの帝国を守る騎士となるべき男だ」
「へー。期待されてるんですねー。初めまして、クウです。って、あああああ!」
思い出した!
「この人って、アレですよね! 学院祭の武闘会の時、ホストみたいな人に瞬殺されて医務室送りにされた人ですよね!」
ホストみたいな人――。
たしか、フリオって名前だったはずだ。
ディレーナさんの取り巻きの人で、ドーピングポーションで発狂した人。
「……その通りだが。
クウ、せめてもう少し言い方をだな」
お兄さまがこめかみに手を当てて、困ったように首を横に振った。
「す、すいませんっ! 私ったら気配りのないことを!」
「気にするな……。それは事実だ……」
ロディマスさんの声が暗い!
影も暗い!
このまま消えていきそうに生気が消えていく!
「だだだだ、大丈夫ですよ! アレってただのドーピングだったし! いくら瞬殺されてもいくら一撃でも!」
私は慌ててフォローした。
「ああ……。事実だ……。俺は大観衆の前で、醜態を晒したのだ……」
「平気ですよー! たぶん!」
みんな、わかっていたと思いますよ!
とはいえ……。
「……まあ、インパクトはありましたよね。……あんなホストみたいな人に、こんな鍛えた人が負けるなんて」
ついうっかり私は本音をポロリした。
「ああ……。俺は……おわったのだ……」
ふらつくように、ロディマスさんが四つん這いになってしまう。
「ああああああ! ちがいますよ! ちがいますからー! たしかにみっともない敗北でしたけどアレは事故ですよね、事故! 言うなれば、植木鉢が不運にも頭に落ちてきたようなものですよね!」
「……クウ。おまえは少し黙っていろ」
「あ、はい……」
すいませんでした。
お兄さまに言われて、私は素直に口を閉じた。
ウェイスさんが言う。
「……とにかく、あれ以来、こいつはこんな調子でな。今回は、俺の頼み事ついでに連れてきたんだ」
「俺達は、ロディマスが騎士となることを目指し、今まで必死に努力し、成果を出してきたことを知っている。あのような一戦でその努力が水泡と帰すなど、あってはならないことだと思っている」
「はい、えっと……。そうですよね……」
お兄さまの言葉はわかる。
その通りだ。
「それで――。どうしてうちに? 私にカウンセリングなんて無理ですよ」
「おまえに頼みたいのはカウンセリングではない」
「というと?」
私がたずねると、お兄さまがウェイスさんに目を向けた。
なので私もウェイスさんを見た。
すると――。
いきなりウェイスさんが体を90度折り曲げた。
「クウちゃん!」
ウェイスさんが、私に向けて手をまっすぐに伸ばしてくる。
「え、あ、はい?」
なんだか昔の告白番組みたいだけど。
「今日から君のことをクウちゃん師匠と呼ばせてほしい! どうか俺達にもその剣技を伝授いただけないだろうか!」
え。
私が戸惑っていると、ウェイスさんがのけぞって叫んだ。
「クウちゃんがぁぁぁぁぁぁ!
鍛えてくれたせいでぇぇぇぇぇぇ!
俺はぁぁぁぁぁぁ!
妹にも!
婚約者にも!
剣で勝てなくなってしまったのだぁぁぁぁぁぁぁ!
兄として夫として!
このままでは、顔を合わせることができないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!
なんとかしてくれやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
続けて、ふらりとロディマスさんが身を起こす。
「……ああ。
俺もこのままでは、誰にも顔向けができない……。
頼む……。
君が本当に達人ならば……。
俺に力を……剣技を……教えてはくれないだろうか……。
くれないだろうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
最後はロディマスさんまで、のけぞって絶叫した。
…………。
……。
なんだこれ。
私は困ってお兄さまのことを見た。
「クウ」
お兄さまが、じっと私のことを見てくる。
あの、えっと。
さすがに間近で見つめられると……。
さすがのクウちゃんさまも、ほんの少しは照れますよ?
と、お兄さまが目を反らした。
コホン。
お兄さまが息をつく。
その後で言った。
「……もののついでだ。……俺にもお願いできないだろうか」
「えっと。剣技、ですか?」
「ああ……。頼む」
お兄さまが恥ずかしそうにお願いしてくる。
「はい。いいですよ」
教えること自体は、別に構わない。
ウェイスさんの魂の叫びは、よくわかった。
ロディマスさんにも、できれば立ち直ってほしい。
あと1人増えても同じだし。
「……そうか。感謝する」
恥ずかしがるお兄さまは、なかなかに新鮮だった。
そもそもイケメンなだけに絵になるね。
「あ、でも、じゃあ、お兄さまも私のことを師匠って呼ぶんですか? 試しに呼んでみてくださいよ?」
と言ったら、思いっきり睨まれたけど。
まあ、呼ばれても困るから、呼んでもらわなくてもいいんですけれどね。
ロディマスがあっさりと負けたエピソードは、当時は名無しでしたが、
118 武闘会、一回戦
です。
よかったら確認してみてください\(^o^)/




