347 閑話・皇帝ハイセルはかしこい精霊さんの話を聞く
「……と、言っても、私が話せることって、ほとんどないんですよね。
アヤシーナ商会のことですよね……。
私とゼノで、ひたすら話を聞いたり、金庫を漁ったりして……。
手当り次第に書類を集めて渡しただけですし……。
詳しいことは、領主のキアードくん――は、バカだから無理か。
向こうの役人さんに聞いてほしいんですけど……」
考えつつ、クウが言う。
「なんでもいいので、気づいたことがあればぜひとも教えて下さい」
俺の隣に座るバルターが、穏やかに促す。
「んー。と、言われてもなぁ……。別に悪魔とかはいませんでしたよ。気づいたことはなかったかなぁ……」
すぐに思いつくことはないようだ。
クウの顔色はわかりやすい。
隠し事をしている様子はない。
俺は話を進めた。
「向こうからの報告書はすでに届いている。おまえのおかげで、帝都に潜む害虫を一網打尽にすることができそうだ。感謝している」
クウに関わる書類は、すべてこの俺――。
バスティール帝国皇帝たる、ハイセル・エルド・グレイア・バスティールの元に届けるように命じてある。
実務的な部分は、盟友たるバルターを中心とした文官達に丸投げだが――。
きちんと目は通している。
「そうですか! よかったです!」
アヤシーナ商会の全貌を暴いたことによって得られた情報には、帝国の治安維持に大きく関わるものが多かった。
中でも、アヤシーナ商会の裏帳簿には、とてつもない価値があった。
そこには、禁制品の取引記録があったのだ。
取引先の情報も含めて。
それらはすべて暗号化されていたが――。
暗号の照会表も入手できていたので、問題はなかった。
「この件だけでも、おまえを受勲して貴族に上げることは可能だが――」
「あ、そういうのはいいです」
「では、褒美に何を望む?」
「んー。特にはいらないです。今でも十分によくしてもらってて感謝してます」
「そうはいくか。何か言え」
「あ、じゃあ、また今度、セラと遊びに行く許可をくださいっ!」
「わかった。よかろう」
「ダンジョンの探索とかは……?」
おそるおそるクウが聞いてくる。
「よかろう」
本来であれば、数多の冒険者が命を賭けて挑む場所に、セラフィーヌが遊び半分で行くことは許されない。
以前にも強く、否と俺は言った。
だが、褒美でというなら、認めるしかないだろう。
とはいえクウではなく、セラフィーヌへの褒美になってしまうが。
まあ、クウがそれでいいというなら、それでいい。
「あとあの、たぶん、アリーシャお姉さまとか、ブレンダさんとかメイヴィスさんとか、お友だちのアンジェとかも一緒に来たがると思うんですけれども……。みんなも一緒でもいいでしょうか……?」
「先日の旅に参加したメンバーとアリーシャ達ということだな?」
「はい」
「わかった。よかろう。ただし、それ以上は増やすなよ? 派手にやりすぎるとさすがに普通に暮らせなくなるぞ。おまえの手を借りれば簡単に強くなれる――。そんな噂が広まれば希望者が殺到するぞ」
「……は、はい。十分に気をつけてコッソリとやります」
「ならば良い。くれぐれも目立つなよ」
まったく本当に心配だが――。
たっぷり一日をかけて、しっかりと常識を教え込みたいところだが――。
残念なことに、今はそこまでの時間がない。
「では、次だ。バルター、頼む」
「はい。
クウちゃん、次は禁区のことをお伺いしたいのですが――。
悪魔が出現したとか?」
今日の本題は、まさにこれだった。
悪魔の出現。
それは驚愕に値する情報だ。
「あー、いましたねー。なんかしゃべってたらしいですよねー。名前は、えっと、なんでしたっけ……」
「冒険者ギルドからの報告では、ゼルデスバイトと名乗ったそうですな」
「あーそうそう。そうだったらしいですねー」
完全に他人事な様子でクウは気楽に答える。
「空から降り注いだ光で、あっという間に消え去ったそうですが――」
「あー、あはは。そうみたいですねー」
「クウちゃんの魔法なのですよね?」
「え。あ。それはえっと、聖女様……とか……」
「クウちゃんの魔法なのですよね?」
「えっと。あ、はい……」
「では、禁区を浄化したのも、クウちゃんの魔法なのですね?」
「えっと。えっと。……あの、その。それは聖女様のお魔法様ですよね?」
「そうなのですか?」
「えっと。は、はい……」
バルターの質問に、クウは挙動不審すぎる様でうなずいた。
わかりやすい娘だ。
ともかく禁区の浄化は、人間の力で行われたものではないようだ。
「聖女ユイリアには、それほどの力があると……?」
「えっと。あの。その……。光の大精霊の力を借りて、ですけどね! ユイ1人では無理だったと思います! たぶん! そんな感じで!」
「なるほど。聖女ユイリアには光の大精霊がついているのでしたね――」
バルターが考え込む。
浄化自体はクウが成したとは言え、聖女にも大きな力がある。
それは大いに懸念すべき事柄だ。
報告書には、高原全体を覆っていた瘴気を、聖女ユイリアが、たった一度の魔術の行使で消し去ったとあった。
普通なら有り得るはずはないと笑い飛ばす話だが……。
報告書には、ギルドマスターと神官の連名で真実として書かれていた。
「あの、すいませんでした……。約束、破っちゃって……」
しおらしい様子でクウが頭を下げる。
「ああ、さっきの土下座の件か」
俺はうんざりと言った。
「はい……。高原はそのままで普通に冒険するって約束したのに……」
「気にするな」
「いいんですか……?」
「俺が頼んだのは遺産はそのままでということだ。おまえは瘴気だけを消し去ったのだろう? 謝る必要はない。むしろ感謝するところだ」
「ほんとに? 装備品は消しちゃったけど……」
疑り深い奴め。
「本当だ」
「よかったー! 私、また怒られるかと思ったよー」
クウが、心からほっとした様子を見せる。
本当に変わった奴だ。
悪魔を軽く倒す力を持ちながら、説教されることに怯えるとは。
まあ、11歳か。
どれだけ特別な存在だとしても、クウはまだ子供だ。
俺もそこは気をつけねばならないだろう。
「クウちゃんは、悪魔という存在については、どれだけご存知なのでしょうか?」
バルターがたずねる。
それは、俺も知りたかった部分だ。
「んー。正直、ほとんど知らないです。魔界に住んでて、召喚されることでこっちに来れる存在って感じなんでしょうか。魔王の配下だったりするんでしょうか……。話を聞ければよかったんですけど……」
「クウちゃんや聖女は、会話できなかったのですよね?」
「はい……。私、そこに悪魔がいるって知らなくって……。他の雑魚と一緒にまとめて倒しちゃったので……」
つくづく、規格外の奴だ。
「なので逆に教えてほしいんですけど、悪魔ってどんな存在なんですか?」




