344 閑話・聖女ユイのおやすみ前
結界を張って、式典を済ませて、その他にもたくさんの仕事をして――。
「ふいー。つかれたよーん」
やっと1日がおわった。
ベッドに倒れ込んで、私は枕に頬をこすりつける。
迂闊に使った転移魔法の成功で――。
いきなり聖国に戻って――。
私、ユイリアは、久しぶりにカメの子から聖女様になって大忙しだった。
昨日――。
いきなり聖国の我が家に飛んでしまって――。
初めての転移魔法で思いっきり魔力を消費して疲れ切って――。
そのまま私は寝てしまった。
目覚めたのは夜。
いきなり膨れ上がった邪悪な気配を感じてのことだった。
光の翼を広げて夜空に出てみれば――。
空に何者かがいて、1人で哄笑していた。
はっきりとわかる。
それは、邪悪な存在だった。
リトも同意した。
あれはヒトではない。
悪魔だと。
なので、よーく狙いを定めて、パワーワードで威力を倍増させて。
白魔法「ホーリーランス」で撃ち抜いた。
悪魔は消滅した。
なんだったんだろう……。
会話くらいすればよかったかも知れないけど、私は戦闘が得意じゃない。
特に接近戦は苦手だ。
怖くて足がすくむし。
そもそも反射神経にはあんまり自信がない。
不意打ちじゃないと、魔法も当たらなかったかも知れない。
とにかく倒せてよかった。
ホッとしたところで、私は眼下に見た。
不思議なことに――。
空に悪魔がいたのに。
聖都には邪悪な気配が他にもあるのに。
それを無視して、国に所属する兵士隊と聖殿に所属する親衛隊が大通りで一触即発の状態だった。
一体、何事かと思って、私は翼をはためかせ、その間に降りた。
正直に言うと、みんなに顔を見せるのも、争いに巻き込まれて攻撃されるのも、どちらも怖かったけど……。
もしかして、みんな、悪魔に操られている……?
だとすれば放って置けないし。
と思ったのだけど、魔術や呪いの影響を受けている様子はなかった。
結論としては、ただの権力争いだった。
聖王と総大司教――。
どちらが私の崇高なる意思を継ぐに相応しい存在なのか。
なんて――。
そもそも私、崇高な意思なんて持っていないし。
流されるまま頑張っていただけだし。
うん。
頑張ってはいたけど……。
クウに泣きついて、逃げ出しちゃったけど……。
考えてみると私、どの面を下げて、みんなの前に出てきたんだろうね。
そう考えると恥ずかしくなって、私は頭を下げた。
いきなり姿を消したことを謝る。
だけど――。
謝ってばかりはいられない。
町には邪悪な気配が、たくさん現れている。
市民が走ってくる。
助けてくれ!
ゾンビが出た!
――と。
のんびり話している時間はなかった。
私はみんなに、力を合わせてこの聖都を守ってほしいとお願いした。
幸いにも聖都に現れている敵の気配は、それほど強いものではない。
おそらく低級から中級の死霊だ。
聖都には神官も聖騎士も優秀な冒険者もいる。
普通に討伐できるはずだ。
私は――。
聖都の外に、先程の悪魔よりも巨大な気配を感じた。
正直、怖かったけど。
放ってはおけないし、そちらに向かった。
あとは、瘴気に満ちた森で、ウンモさんが悪魔と戦っていて。
力を貸してほしいというので貸してあげた。
私は、たぶん強い。
リトも、私が悪魔に負けるわけがないと太鼓判を押してくれた。
そもそも光の大精霊であるリトがそばにいる。
それは理解できているけど――。
でも、我ながら鈍いので、正直、自信はまるでなかったし。
悪魔は待ち構えていたという。
ウンモさんがいてくれてよかった。
正直、助かった。
ウンモさんは、なんとクウの知り合いだった。
以前にクウが褒めていた相手だった。
猛牛を想起させる大柄で粗暴な冒険者という風貌が、まさにクウが話していた通りだったのでピンと来たのだ。
ウンモさんの行動に私は感動した。
だって、誰も彼もが、権力争いをしている中。
たった1人で悪魔を探し、戦っていたのだ。
まさに勇者!
だけど、勇者という呼び名はナオ以外に使うべきではない。
それで、聖戦士という称号があることを思い出した。
ウンモさんは、クウさえ認めた戦士だ。
正直、私は自分の判断には自信なんて持てないけど、クウが認めるのであれば間違いはないと思えた。
元々クウのことは信頼していたし、こちらの世界では精霊姫。
なんとびっくり精霊のトップ。
光の大精霊のリトですら、なんだか怯えてしまうほどの存在になっている。
そんなクウが認めているのなら、いいよね。
試しに提案したところ、聖王様も総大司教様も同意してくれたし。
悪魔とアンデッド騒ぎの翌日も大変だった。
朝から聖都に結界を張った。
午後にはウンモさんの式典に出た。
式典は質素なものだった。
パレードや晩餐会はない。
聖戦士は、ほとんど与えられることのないレアな称号だけど、聖騎士よりも上の称号というわけではない。
基本的には、英雄的行為を行った庶民に与える名誉称号だ。
なので大袈裟にはしないのが常のようだった。
少数の人間が見守る中、聖王様が悪魔討伐の功績を讃え、総大司教様が聖戦士の証となる剣とマントを与えた。
剣は、ウンモさんによく似合う両手持ちの大剣。
ミスリルが配合されていて、霊体をも斬り裂く国宝級の逸品だ。
おめでとう!
これからもどうか己の正義を信じて、頑張って下さい!
その後は、たくさんの庶務。
ウンモさんからクレームのあった「夜の酒場で騒ぐの禁止」を解除したり、他の変な規則を見直したり。
あとは、お説教したり。
私なんて逃げた子だし、お説教なんて出来る立場じゃないけど……。
聖王派と総大司教派の対立を収めるには私が出るしかないようだったから、羞恥心を殺して頑張った。
そんなこんなで時間は過ぎた。
…………。
……。
「あーあ。明日からどうしようなー」
ベッドに寝転んで、私はぼやく。
とりあえず、今、すべきことはおわった。
ただ、仕事はある。
結界は、聖都だけではなくて、他の町にも張って回るべきだと思う。
それだけで何日かかるかわからない。
結界を張るのは大変だ。
リトの魔力を借りても、簡単にパパッとはいかない。
体力と気力が尽きる。
「……また全部投げ捨てて、竜の里に帰っちゃおっかなー」
「頑張ろうなのです! リトと頑張ろうなのです!」
「ごめんね。今のは言ってみただけ」
今は前ほどにはテンパっていないので、また投げ出すだけの勇気はない。
戻ってきちゃった以上はやるしかない。
聖国のみんなの顔を思い出すと、特に。
そもそも、みんなに偉そうなことも言っちゃったし。
こんなに駄目な私でも、必要としてくれているみたいだし……。
仕事に一段落がつくまで、竜の里に帰るのはやめておく。
帰ると、また来たくなくなるかも知れないし。
そもそも、帰ってもナオはいないか。
エリカはいるけど。
「あーでも。早くクウには文句を言ってやりたい。いきなり飛ばすなんて酷いよね。まあ、飛んだのは私なんだけどさぁ。ていうか、様子くらい見に来てくれてもいいよね。放置プレイって酷いよね。あーあ。クウは今頃は向こうで、ナオと一緒に何をしているのかなぁ……」
帝国は帝国で大変だった。
向こうにも悪魔は出ていたのだ。
クウもナオも、楽なことにはなっていないだろうけど。
「でも、転移魔法が使えて、空を飛べて、攻撃魔法も強くて……。私、いろいろできたんだなぁ……。私も頑張るしかないかぁ……」
「ユイにはリトがついているのです。なんでも相談してほしいのです」
「うん。ありがとー」
リトの小動物の体を撫でる。
もふもふだ。
癒やされる。
「とりあえず、リトが面白い話をしてあげるのです」
「うん。聞かせて聞かせてー」
「じゃあ、リトが前の女王様にどんな拷問をされていたのかお話しするのです」
「……それって面白い話なんだ?」




