343 閑話・ウンモ英雄伝 後編
どれくらいの時間、俺は部屋にいたのだろうか。
神官見習いの少女が、そろそろ向こうの会談がおわるからと俺を廊下に出した。
応接室の扉が開く。
最初に出てきたのは聖女様だった。
聖女様は廊下に出ると、すぐに応接室の方に向き直って、
「本当に申し訳ありませんでしたっ! 私ったら、ついイライラして、お二人をお呼び立てなんてしちゃって!」
中にいるであろう聖王と総大司教に、頭を何度も下げる。
すっかりと恐縮した姿だ。
続けて出てくるのは、聖国の指導者たる2人。
総大司教と聖王――。
2人とも顔色が悪い。
どんな話があったのかまではわからないが、間違いなく聖女様からキツイお言葉をいただいたのだろう。
くだらない権力争いをした報いだ。
ざまあみろだった。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
頭を下げまくる聖女様に、そんな2人が憔悴しきった様子で、どうかおやめ下さい聖女様と敬語を使う。
ヤバい。
笑えすぎて口元が緩むぜ。
と、ここで聖女様が、ケロリと顔色を変えて、今度は満面の笑みを浮かべた。
「でも本当に、仲直りしてくれてよかったです。ほっとしました。仲直りしてくれないなら私も諦めるところでした」
胸の前で手を合わせて聖女様が朗らかに言う。
諦めるとは、何をだろうか……。
仲直りをアピールする2人の権力者を見ていると、なんだか恐ろしいが。
まあ、いい。
俺には関係ない話だ。
とにかく内戦騒動が収まったのなら、それでいい。
結局のところ聖女様頼りなのが情けなくはあるが、そもそも聖国は総大司教と聖王が延々と権力争いをしてきた国だ。
聖女様頼りになるのは、どうしようもないことなのだろう。
「あとは明日、お願いします」
改めて聖女様が2人に頭を下げる。
明日、何かあるのだろうか。
総大司教と聖王が、直ちに準備を始めますと言って慌ただしく立ち去る。
「明日はいろいろあるんだけど――。
まずは朝一番で、聖都に結界を張る予定なんです」
俺の顔色を見て取ったのか、聖女様が俺に教えてくれた。
「結界?」
「うん。簡単には邪悪なモノに侵食されないように。
本当は国全体に張りたいんだけど、さすがにすぐにそれは無理だから、まずは。
あとは、できればジルドリアにも――。
帝国は別にいいし――。
トリスティンは向こうの出方次第かなぁ――」
ジルドリアはわかる。
友好国だ。
向こうの王女と聖女様は友人同士だし。
トリスティンもわかる。
何故なら、悪魔と言えばトリスティンというほどに黒い噂しかない国だ。
今回の騒動もトリスティンの仕業なのかも知れない。
「……帝国は、いいのか?」
俺はたずねた。
帝国に友好を示したのは他でもない聖女様だ。
なのに見捨てるのだろうか。
「帝国はいいんです。放っておいても」
聖女様が悪意のない様子で笑う。
「帝国にはクウちゃん様がいるのです! 手を出すだけ無駄なのです!」
「だよねー」
「なのです! なのです!」
肩で飛び跳ねる小動物と聖女様が同意し合う。
クウちゃん様とは、あのクソガキのことだろうか。
「あと、ウンモさんも本当にごめんなさいっ! あまりに早く聖王様たちが来るものだから待ってもらうことになってしまって!」
「あ、いや……。そりゃあ、当然だろ……。気にしなくていいぜ……」
まさか向こうを待たせるわけにはいかない。
俺が待つのは当然だ。
「ありがとうございます。すいませんでした。では、礼拝堂に行きましょう」
聖女様に連れられて俺は歩いた。
礼拝堂で何をするのか。
まあ、祈りしかねーか。
まさかこの俺に、聖女様が祈りを捧げてくれるのか……?
俺はウンモじゃなくて、メガモウだが……。
ウとモだけは合っているが……。
それでも、ウモと、モウ。
酷い有様だ。
今なら訂正できるか――。
結局、できなかった。
礼拝堂に入った。
礼拝堂には、まだ見習いと思しき若い神官たちが祈りを捧げていた。
そんな若者たちの前に聖女様が立つ。
何故か俺も連れて行かれた。
「みんな、ごめんね……。お久しぶりだね……」
聖女様が声をかける。
驚く声は――上がらなかった。
皆、聖女様の姿を見ると、更に深く祈りを捧げ始めた。
ハイカット――。
ハイカット――。
そう囁く小さな声が聞こえる。
「みんな、一度、お祈りをやめて、顔を上げて下さい」
皆が一斉に従う。
「紹介しますね。こちらは、ウンモさん。人間同士の争いに便乗してこの地に現れた悪魔を単身で打ち倒した英雄です」
今度は驚きの声が上がった。
「ウンモさん、みんなに挨拶してあげて下さい」
「あ、おう。よろしくな」
しどろもどろで俺が言葉を発すると、すぐに聖女様が話を始めた。
「すごかったんですよ!」
その話はこうだった。
いわく、ウンモという冒険者は、皆が聖王派と総大司教派に分かれて争う中、1人冷静に聖都の異変に気づき――。
密かに調査を進め――。
ついに悪魔が犯行に及ぼうという時――。
悪魔の所在を突き止め、単身で敵の首魁が潜む瘴気の森に入った。
そして――。
襲いかかる魔物たちをばったばったとなぎ倒し。
ついに敵の首魁を発見。
一騎打ち。
そして――。
打ち破った。
かくして聖都に平和は訪れた。
皆が身内同士で争う中、たった1人、正しき心を持ち続け――。
平和を守ったのだ――。
いや待ってくれ聖女様!
いくらなんでも、それは話を盛りすぎだ!
たしかに俺は、聖女様に顔向けできねぇ自分は嫌だと、1人で森に向かった。
だけど、それだけだ。
気づきも調査もなぎ倒しも、何もなかった。
あれは敵の悪魔が、強敵との戦いを望んで、自ら誘い、待っていただけだ。
しかも俺は単身で打ち破っていない。
聖女様の加護がなければ、確実に死んでいたんだよぉぉぉ!
俺は心の中で悲鳴を上げた。
でも言えなかった。
何故なら話をおえた聖女様が、優しく俺に微笑んだからだ。
俺は不覚にも、その微笑みに心の底から見惚れた。
「ウンモさん、すいませんが膝をついてくれますか?」
「おう……。いや……。は、はい……」
戸惑いつつも俺は膝をついた。
「――これらの功績により、ウンモさんには聖戦士の称号を贈ります。尚、この件については聖王様と総大司教様の同意もすでに得ています。なので決定です。副賞として、まずは祝福を贈りますね」
それは、今までに聞いたことのない不思議な呪文だった。
「パワーワード。
我、ユイリア・オル・ノルンメストが世界と光に願う。
我に力を」
俺は目を閉じていたが――。
聖女様の力が、その声に合わせて一気に膨れ上がったのは感じる。
「ブレス」
たったそれだけの言葉で、俺の体には活力が漲る。
何だこりゃ……。
まるで俺が俺でなくなるような――。
ただの冒険者から本当に英雄になるみたいな――。
そんな力の溢れ方だった。
ただ、その効果自体はやがて消えるそうだ。
だが、邪な存在に対する抵抗力は残り続け――俺が正しき心の力を持ち続ければその効果は育てられていくという。
正しき心……。
俺はそんなモン、持っていた記憶がねえ……。
気に入らねぇ野郎はぶん殴るし、面倒くせぇことはしねぇ。
聖女様に助けられてからは、祈りだけは欠かしていねぇが……。
とはいえ、それだけだ。
そんな俺が聖戦士とは。
我ながら笑える話だ。
聖戦士というのは、ただの名誉称号だ。
聖騎士のように、任命されることで特権が得られるわけではない。
とはいえ、無価値ではない。
俺が俺として、認められた証なのだ。
それに、格だけで見れば、聖騎士よりも遥かに上と言えた。
何故なら年に何人も任命される聖騎士とは違って、聖戦士は滅多なことで得られる称号ではなかった。
その功績は、神官達の口から広く市民に語られていく。
前回の受勲者であるローダンが聖戦士となったのは、もう50年も昔だ。
義の為に戦い散った聖戦士ローダンの生き様は、未だに吟遊詩人に人気の歌として歌われている。
……俺がそうなるのか?
ありえねぇ……。
正直、ありがたい話だが、断るべきだろう。
俺には重すぎる。
無理だ。
「ふう。それにしても今日は疲れましたねー。ウンモさんは、今夜は大聖堂に部屋を用意したのでそこで泊まって下さい。あ、お食事とお風呂もあるので、たっぷりと食べて、ゆっくりと休んで下さいねー。正式な儀式は明日の午後です。聖王様と総大司教様が取り仕切って下さるので、楽しみにしていて下さいね」
あ。
お。
俺があたふたする内に、にっこり微笑んで聖女様が身を返してしまう。
そして、私も疲れたんですよー、と肩の力を落としつつ、肩に白いフェレットを乗せたまま礼拝堂を出て行った。
結局、俺は何も言えないまま、部屋に案内されて――。
たらふく飯を食って。
風呂に入って。
用意されていた酒をたらふく飲んで。
いつの間にか寝ていた。




