342 閑話・ウンモ英雄伝
どうしてこうなった……。
この俺、メガモウ様は、自分で言うのも悲しいが柄が悪い。
礼儀作法なんて、まるで知りゃしない。
むしろ真逆の暴れ牛だ。
なのに今、俺は、静謐さと荘厳さが共存する大聖堂の一室で、なぜか客人扱いで豪華な椅子に座っている。
隣部屋になる応接室では、聖女ユイリア様が、この国の政治的宗教的指導者である聖王と総大司教にお話をされている。
応接室の様子は想像に難くない。
肩にペットの小動物を乗せた11歳の少女に、遥かに年上の権力者2人がひたすら萎縮していることだろう。
一体、俺は、こんな豪華な部屋にいるんだろうか……。
出される菓子や紅茶も、どう手をつけていいのかすらわからねぇ……。
わけがわからねぇ……。
どうしてこうなった……。
聖女様とも、短時間とはいえ雑談しちまった。
こともあろうに聖女様に、聖都での暮らしはどうかと聞かれて――。
快適だけど不満もある――。
夜の酒場で騒ぐの禁止なのは勘弁してほしいぜ。
とか、文句を言っちまった。
あの後――。
ユイリア様の力を借りて悪魔を打倒した後――。
俺はすぐにユイリア様に訴えた。
聖都に悪魔が出ていると。
助けに行かなくてはいけないと。
すると、ユイリア様は笑ってこう言った。
「聖都にいた悪魔は途中で倒して来たから平気ですよー。こっちの方がずっと強そうだったからどうなるか心配していたけど……。強いんですね。さっきの斧の一撃、すごい迫力でびっくりしました」
「あ、いや……。おう……。俺は、そんなよ……」
すべて、ユイリア様の光の加護があってのことだ。
俺1人なら殺されていた。
「ん?」
俺が恐縮していると、急にユイリア様が俺の顔を覗き込んできた。
「……な。……おい、な、なんだよ?」
「んー。ねえ、あなた、もしかしてウンモさん?」
「は?」
思わず俺は聖女様を相手に失礼にも、生意気な声を出しちまった。
あわててごまかそうとすると、また笑われた。
「ねえ、クウって子、知らない? 空色の髪をした、私と同い年の女の子」
「え、あ……。おう……。そいつなら知ってるけどよ……」
「やっぱり! 聖都でクウにワンパンされた冒険者だよね、ウンモさんって。その後で仲良くなったって聞いたけど」
え?
あ?
俺は混乱するばかりだった。
確かに俺は、クウと名乗ったクソガキのことは知っている。
ウンモという呼び名のことも思い出す。
それは、あのクソガキが間違えて覚えていた俺の名前だ。
いやあいつはウンモウと言っていたか。
ウンモ?
ウンモウ?
どっちでもいいか。
とにかく、あのクソガキが間違えて俺の名を伝えたのだ。
でも、あのクソガキ――。
聖女様の関係者……。
いやこの感じだと、まさかの――。
「あ、おい――。おまえ――。いや、あ――。聖女様は――。あいつと――クウのヤツと友達とか言うのか?」
「はい。そうですよー。だからウンモさんのことは知っていたの。大きくて悪人面で猛牛みたいな感じの人って」
あのクソガキ……。
誰が牛だ……。
いや、俺か。
自分でも暴れ牛と名乗ってるじゃねーか。
「短気で乱暴でどうしようもないけど、でも心には熱い芯があるから会うことがあれば目にかけてほしいって言われていたんです。まさかここで会うとは思っていませんでしたよー。1人で悪魔と戦いに来たんですか?」
「おう……。まあな……。悪魔かどうかはわかんねー話だったけどよ――」
「みんな、バカみたいに町の中で喧嘩していましたよね。私、びっくりして呆れて、思わず怒っちゃいましたよ」
「ユイは怖かったのです! リトは心臓が縮んだのです!」
ふぁっ!?
いきなり肩のフェレットがしゃべって俺は驚いた。
でもユイリア様に驚いた様子はない。
しゃべる動物なんて見たことも聞いたこともないが、肩にいるということはユイリア様のペットなのだろう……。
「おべっかはいいよー。自分でもわかってますよーだ。どうせ私なんて、どんなに怒ってもクウみたいに怖くならないしー」
聖女様は、口を尖らせて拗ねるように言うが――。
俺には確信できる。
聖王派の連中も総大司教派の連中も、いきなり現れた聖女様に怒られて心胆寒からしめたに違いない。
「でも、みんなわかってくれて、協力して、悪魔が呼び出したアンデッド退治に向かってくれてよかったよ。私はこっちに来たかったし」
ある意味、今夜の襲撃はタイミングが良かった。
何しろ内戦上等の集会が開かれた夜だ。
普通の市民は皆、内戦に巻き込まれることを恐れて、出歩くことはなく、戸締まりした家の中にいた。
外にいたのは戦う前提の連中ばかりだ。
アンデッドが出たようだが、おそらく被害は軽微だろう。
何しろ聖都だ。
アンデッド退治を得意とした、腕利きの神官や聖騎士は大勢いる。
聖女様に心配する様子もないし、大丈夫なのだろう。
「あ、ごめんなさい。ヒール」
聖女様が俺に回復の魔術をかけてくれる。
柔らかな光の力だった。
全身の傷が、あっという間に癒えていくのがわかる。
「どうですか? 体は平気ですか?」
「お、おう……。すまねえ……。いや、あの……。感謝するぜ! 助かったぜ!」
俺は体をクの字に折り曲げて、全身でお礼をした。
「あはは。お礼をするのは私もだよ。ウンモさんのおかげで、あっさりと悪魔を撃退できて助かりました」
「いや、俺なんざ、なんもしてねぇだろ……」
「私もお礼をしないとですね。まずは大聖堂に戻りましょう。……はぁ。気は重いけど、どうして喧嘩なんてしていたのか、話も聞かないとだし。リト、お願い。ウンモさんを運んでもらえるかな?」
「わかったのです!」
「うおっ!? うおおおおお!?」
いきなり体が浮き上がって、俺は大いにたじろいだ。
そのまま連れて行かれて、大聖堂の入り口に降りた。
入り口には大勢の神官が並んで、今や遅しとユイリア様のことを待っていた。
光の翼をはためかせてユイリア様が着地すると、皆が一斉に挨拶する。
中央にいた総大司教が代表して前に出てくる。
ユイリア様は挨拶を返さず、代わりに冷たくたずねた。
町にアンデッドが出現しているのに貴方達は何をしているのですか? と。
「た、直ちに討伐隊を編成し、派遣いたします! 急げ! 急ぐのだ!」
総大司教の命令を受けて、神官たちが走っていく。
蜘蛛の子を散らすとはまさにこのことだった。
思わず俺は笑った。
すると総大司教が俺の存在に気づいた。
「……聖女様。そちらの野蛮な者は?」
おっといけねえ。
総大司教の不興を買ったようだ。
「こちらはウンモさん。森に出ていた強大な悪魔を倒した勇者――ううん、勇者という呼び名は不適切か――。えっと、英雄、かな?」
「英雄でございますか? この知性の欠片もなさそうな、牛のような男が?」
まさにその通り。
怒るより先に俺は同意していた。
「今夜の最大の功労者です。なので連れて行きますね」
ユイリア様が歩き始める。
歩きながら言う。
「総大司教様には、お手数ですが聖王様を呼んでもらってもいいですか?
――お話、聞かせて下さいね」
言葉だけ丁寧に冷たくお願いする聖女様には、光が壁となって押し込んでくるかのような凄まじい威圧感があった。
これでおべっかとか、怖くないとか、ないぜ……。
当事者でない俺ですら、正直、身がすくんだ。
直ちにと駆けていく総大司教の姿を横目に見つつ、俺は大聖堂の中に入った。
ちなみに俺の名前はメガモウだ。
ウンモではない。
だが……。
もういいかな。
ウンモで。
正直、今の聖女様に向かって、訂正する勇気はなかった。




