340 閑話・冒険者メガモウは行く場所に迷う
「――それでメガモウ、おめぇはどっちの集会に出るつもりなんだよ?」
「知るかボケ」
「日和見なんかしたら臆病者と笑われるぞ」
昼、俺は仲間のワルダスと共に聖都アルシャイナの大通りを歩いていた。
俺の名はメガモウ。
生まれついての悪人面とデカイ体、何より獰猛さで、冒険者の中ではそれなりに恐れられてきた男だ。
伊達に暴れ牛と呼ばれているわけではない。
臆病者と笑われるのは許されることではなかった。
「……そういうてめぇはどうすんだよ」
だけど俺は、ワルダスからの質問に質問で返した。
ワルダスはすぐに答える。
「俺はもちろん総大司教派の方に行くぞ。冒険者なら当然だろ」
今、聖国は2つに割れている。
政治の中心である聖王と、信仰の中心である総大司教が、それぞれ己こそが聖女様の代行者だと主張して権力争いをしているのだ。
冒険者の大半は総大司教を支持している。
理由は簡単だ。
「全部のダンジョンを国有化なんてされたら、冒険者としちゃ、どこで一攫千金を狙えばいいんだよって話だろ。聖王なんて支持できるか」
そう。
ワルダスがぼやいた通り――。
聖王は、冒険者の権利を大幅に縮小しようとしている。
代わりに兵士を増やし、国の主導の元で、今まで冒険者が自己責任で行ってきたことをやろうとしている。
俺達としちゃ容認できない主張だ。
冒険者の大半が聖王に反発して総大司教を支持するのは理解できる。
とはいえ、総大司教の主張も俺からしたらクソみたいなものだ。
なぜなら総大司教が訴えるのは、完璧なる聖都の実現だからだ。
精霊神教の拠点として聖女様の帰る場所として、聖都のすべては穏やかな光に包まれるべきだと言っている。
今でも聖都には息苦しい部分が多い。
特に夜。
酒場で騒ぐことすらできない。
総大司教が実権を握れば、たぶん昼にすら騒げなくなる。
それどころか、朝から晩まで、白服に身を包んだ聖女親衛隊みたいな連中が見回りする監視社会になる。
他の冒険者連中は……。
そうなったら他の町に拠点を移せばいいだけ。
ダンジョンを奪われるよりはマシ。
と、言っていたが……。
俺は、この聖都から離れるつもりはない。
何故ならこの聖都には、いつの日か、必ず、聖女様が帰還されるのだから。
俺はその日を待つ。
この信仰を捨てるつもりはなかった。
俺としては、正直、聖王も総大司教もどっちもクソだった。
あらためて確信する。
やはりこの国には、聖女様しかいないのだと。
大通りを歩いていると、悲鳴が聞こえた。
こちらに向かって、ガラの悪い男が走ってくる。
その手には女物のバッグがある。
ひったくりよー!
お願い、捕まえてー!
そう声が聞こえた。
「しょっぱ。内紛の匂いに誘われて、傭兵連中が押し寄せた結果がこれだよ。聖都の治安もクソみたいになったぜ」
ぼやくワルダスに関わる気はないようだ。
今の聖都の大通りには、兵士の姿も聖女親衛隊の姿もほとんどない。
あっても仕事なんてしていない。
どちらも権力争いに必死で、それどころではないのだ。
もちろん、市民の連中は見てみぬふりだ。
チンピラに関わってもロクなことはない。
俺は動いた。
逃げてくる男のちょうど横に来るように歩いて、すれ違いざま、ぶん殴った。
男が吹き飛んで倒れる。
雑魚だ。
たったの一撃で、完全に目を回してひっくり返りやがった。
後は放っておく。
善人になる気はさらさらない。
気に入らねぇから殴った。
それだけだ。
俺とワルダスはしばらく歩いて冒険者ギルドに入った。
冒険者ギルドは閑散としていた。
壁には多くの依頼が貼られたままになっている。
俺とワルダスはテーブルを囲んで酒を飲む。
俺達は冒険者ギルドの常連だ。
やることがなければ、いつもギルドのパブで酒を飲んでいる。
何故ならギルドにいれば、緊急の依頼を持ってくるヤツがいた時、話を聞いてやることができるからだ。
気軽に受けてやるとは言わないが。
あとは、そう――。
イキったクソガキが来た時に、おしおきしてやることもできる。
たまにいるのだ。
自分の力を過信して冒険者稼業を舐め腐ったガキが。
そういえば――。
俺はふと、以前に一緒に夕飯を食ったクソガキのことを思い出した。
俺のことをウンモウとか言いやがった、空色の髪をしたクソ生意気で図々しいにも程がある小娘のことだ。
あいつは一体、何者だったのか。
少なくとも、このメガモウ様を一撃でノシたのは事実だ。
名前は、クウとか言ったか……。
他国の冒険者らしいが……。
あれ以来、冒険者ギルドでも聖都でも顔を見ることはなかった。
話に聞くこともなかった。
今頃、どこで何をしていやがるのか……。
あの夜は、あいつの図々しさに流されて、つい俺も自分語りをしてしまった。
思い出すと恥ずかしくなる。
そんなことを思いながら酒を飲んでいると、ギルドのドアが開いた。
ガキが息を切らしてやってきた。
一瞬、俺はクウかと思ったが、まったくの別人だった。
ガキはフロアを見渡して俺達に気づいた。
「おい、どうした?」
俺が声をかけてやると駆け寄ってくる。
「大変なんだ! 森の様子が変なんだ!」
「はぁ? 具体的に言え!」
「森に、なんか妙なモヤが出てるんだよ! いかにも魔物が出そうな! 大変なことになるかも知れないから調べてみてくれよ!」
「そんなもん、兵士に言え」
「言ったよ! 兵士にも親衛隊にも! 相手にしてくれないんだよ!」
「そりゃそうだろうな」
俺は笑った。
なにしろ今夜は、聖王派と総大司教派が揃って集会を開く。
多分、そのまま内戦だ。
関係者に他の仕事なんてしている余裕はない。
「おいガキ、金はあるのか?」
酒を飲みながらワルダスが言う。
「金? なんでだよ?」
「俺らは冒険者だぜ? 金がなきゃ、仕事なんてするわけねぇだろうが」
「俺は知らせに来たんだ! 仕事の依頼じゃねぇよ!」
「なら知るか」
ワルダスがそっぽを向く。
俺はガキを睨んだ。
「――おい、ガキ。俺らは今、あんまり機嫌がよくねぇんだ。
ぶん殴られて大怪我する前にさっさと消えな」
「なんでみんな話を聞いてくれないんだよ! どうなっても知らねぇからな!」
最後にそう叫んで、ガキは逃げて行った。
ワルダスが息をつく。
「くだらねえ。金にならねえ仕事なんざ、するわけねえっつーの」
「……まったくだ」
俺は同意して、酒を飲む。
「そもそも聖都の近郊に魔物が出るわけねぇよな。聖女様がいなくなったとしても神官どもが清めてるだろ」
ワルダスの言葉に俺は返事をせず、心の中でだけ思った。
……それだと、魔物は出るかもな。
何しろ神官どもは、今、このリゼス聖国の実権を握るのに必死だ。
兵士と同じで、仕事なんてまともにしていない。
とはいえ、俺達が動く道理はない。
冒険者は自己責任だ。
怪我をしても、誰も保障してくれない。
褒められるどころか越権をなじられる可能性すらある。
そのまま俺達は酒を飲み続け……。
やがて日は暮れた。
俺達は金を払ってギルドを出る。
ワルダスはそのまま、総大司教派の集会が行われる広場へと向かった。
俺は1人になる。
「……行ってみるか」
行ったところで、俺に何ができるわけでもないだろうが。
集会に出るよりはマシだ。
俺は一旦、我が家である安アパートに戻った。
鎖帷子を身に付ける。
戦斧を手に取った。
準備を整えて、俺は郊外の森に向かった。
メガモウは、クウがユイに会いに行った時に関わったリゼス聖国の冒険者です。
166 リゼス聖国へ
168 聖都アルシャイナの夜
に出てきています。
よかったら確認してみて下さい\(^o^)/




