34 私の記憶力は大したもの
剣から放たれた青い輝きが室内を一瞬で染める。
「これは――。美しいが、凄まじい威圧だな」
「綺麗ですよね。自慢の剣です。名前はアストラル・ルーラーです」
「まさに神話の武器、か」
「精霊専用なので人間には触れません。触るとどんなことになるかわからないので見るだけでお願いします」
「神話……ということは、精霊の世界でも貴重な剣なのかな?」
「最強の武器ですね。私のいたところでは私だけのものでした」
なんといってもサーバーに1本しかなかった。
もういいぞと軽く手でジェスチャーされたので、剣をしまう。
「さて、では次だが」
「はい」
私は座り直す。
「まずは安心しろ? 下賤な噂はすべて塗り替えておいた」
またもニヤリとして言われた。
う。
それは、はい。アレですね。
「ありがとうございますっ!」
「ククク。感謝しておけ」
くそー。笑いやがって。
でも頭を下げるしかないこの悲しみよ。
「もう少し考えて行動しろよ? いつも何も考えずに、その場のノリと勢いだけで動いているだろう、君は」
「……うぐぐ。言い返す言葉もございません」
いつの間にか紅茶が置かれていたので一口だけ飲む。
「これはセラフィーヌから聞いているかも知れんが、君の行動が市井ではセラフィーヌの行動になっている」
「みたいですね……。すみませんでした……」
「謝る必要はない。よいではないか、皇女殿下の世直し旅。クククククク。いっそ演劇にしても面白そうではないか」
「セラが困りますよ」
「別に困ってはおらん様子だったぞ? そもそも皇女なのだ。これから外に出れば嫌でも注目されるのだから多少の尾ひれがついても同じだ」
「……私としては、正直、ありがたいですけど。でもセラが困るようなことにはしないでくださいね?」
「当然だ。ちなみにこの件については、俺がそうしたわけではないからな。ペンダントをむやみに見せびらかした君が悪い」
「……申し訳ございません」
「構わん。渡したのは俺だ。ちなみにクウちゃん君は光の魔術を使えるのかな?」
「使えませんよ? 普通に回復魔法が使えるだけです」
よく聞かれるので、私の魔法がこの世界のものとは異なることを説明した。
「この世界では、光の魔術が使える者は極めて稀でな。今までに女性の使い手しかいないこともあって聖女と呼ばれるのだ」
「知っています。今の大陸にはユイ、様しかいないんですよね」
「セラフィーヌにその聖女の噂もあってな。主に君のおかげで」
「……主にというか、もしかして完全に?」
「なんだ、わかっているじゃないか」
はっはっはー。
と、笑われた。
くううう。
クウちゃんだけにぃぃぃぃぃ!
しかし言い返せない!
「さすがの俺もこの事態は想定していなかったが、噂はあくまでも噂。気にする必要はないと考えているが――。しかし、その噂が起因となって、セラフィーヌには思わぬ試練が降りかかる可能性もある」
「も、もちろん全力でサポートさせていただきますっ!」
「ならば結構。クウちゃん君、頼りにしているよ」
うう。
今度は爽やかに微笑まれた。
しかし言い返せない。
「さて一応、その後のことも聞いておきたいのだが。ザニデアのダンジョン町で君の消息が完全に途絶えた。どこへ行っていたのかな?」
「はい。とんがり山に行っていました」
「とんがり山?」
「えっと……。ザニデア山脈の一番高い山です」
「それは聖なる山ティル・デナのことか?」
「えっと、はい。そこです」
「人の入り込める領域ではないはずだが?」
「私、精霊なので」
「はっはっは! そうだったな!」
膝を叩いて笑われた。
「魔物くんたちと、たくさん友達になりましたよ」
「ほう。大人しいのか?」
「人間が来たら容赦なく皆殺しにすると言っていたので、陛下たちは絶対に行かないほうがいいと思います」
「誰が言っていたのかな?」
「古代竜フラウニールです」
「……クウちゃん君は、竜と会ったのか?」
「竜の里で何泊かさせてもらいました。
竜の里を拠点にして、鉱石を掘りまくってきたんです。
ふふっ!
いっぱい掘ってきましたから、お店、期待していてくださいっ!
あ、いっぺんには出しませんよ?
私だって、ちゃんと考えていますからねっ!」
胸を張ってしっかり補足。
私、かしこい。
「その割には手ぶらで帰ってきたようだが?」
「う」
「そもそもあえて突っ込まなかったが、先程の剣はどこから取り出したのかな?」
ニヤリとして聞かれた。
「う」
「安心しろ。深くは聞かないでおいてやる。なにしろ精霊なのだから、精霊界に物を置くこともできるだろうしな」
「まぁ……。はい……。そうです……。秘密ですからねっ!? ぜーったい、便利に使われるようになるだけだし! そういうのめんどいんで!」
「わかっている」
「ならいいけど……」
「ちなみに竜は、我らのことをなにか言っていたか?」
「帝国はよかったですよ。可もなく不可もなくでした」
「ほお。と、すると、他の国は違うのかな?」
「はい。ジルドリア王国は最近、竜の支配地域にそれなりに近づいているみたいでフラウは嫌っていました。
トリスティン王国は最悪で、山の麓で邪悪な儀式を行って、瘴気の谷みたいなのを作っちゃってました」
「……それは疫病の原因ともなる大変な事態なのではないか?」
「あ、もう平気ですよ。解決してきたので」
私がねっ!
自慢して胸を張ると、陛下がこめかみに手を当てた。
「これはまだ精査されていない新しい情報なのだが、ザニデアで謎の発光現象が起きたとの報告があってな。神の怒りではないかと不安視され始めているのだが」
「あ、それ、私です。ただの魔法なので、べつに問題ないですよ。あ、でも、トリスティン王国には神の怒りと思ってもらったほうがいいので、うまくこう、話に乗っちゃってあげてください」
「はぁ……」
深いため息をつかれた。
「具体的には何をしたのだ?」
「瘴気の谷ごと、あたり一帯を吹き飛ばしてクレーターにしました」
またもため息をつかれた。
「君の仕業だとバレていないだろうな?」
「それはもう」
夜だったしね。
「その件は、人には言うなよ?」
「了解です」
「――まったく、次から次へととんでもないことを」
「……もしかして、迷惑かけてますか?」
「当然だ」
「すみません……」
「気にするな。君はセラフィーヌの大切な友人だ。娘の友人を無下にするほど俺は冷酷な人間ではないぞ」
「へえ、いいお父さんなんですね」
意外だ。
皇帝なのに、なんかいい人だ。
「あ、そうだ。ペンダント、返したほうがいいですよね」
「構わん。持っておけ」
「でもそれだと、また使っちゃうかも……」
「構わん」
「……いいの?」
「持っておけと言っている」
「じゃあ、遠慮なく」
あると便利なことは確かだし、ありがたく貰っておこう。
「ああ、そうだ。今夜は泊まっていって構わんからな。商売に関する説明を受けると時間はどうせかかる」
「う。……勉強ですよね、それ」
一応、前世では大学生だった私だけど、勉強はかなり苦手だ。
ゲームのことならいくらでも覚えられるのに、教科書やボードに書かれた言葉はまるで頭に入らない。
テストの度に苦労したものだった。
「何も知らずに商売できるわけがなかろう? 露店ならともかく、この帝都で正式に店舗を構えるのだぞ、君は」
「そうですよね……」
「無理そうなら経理の担当者くらいは貸してやるから安心しろ」
「はい……。頑張ります……」
経理。
その言葉だけで、早くもギブアップしたくなった。
なにしろ竜の里での滞在日数ですら、4日までしか数えられなかった私です。
「ああ、そうだ。忘れるところだった。旅立つ前のことは覚えているか?」
「はて?」
なんのことだろう。
「君は、セラフィーヌに何かをしただろう?」
「そうでしたっけ」
「光の柱が立つような、だ」
「……ああ。はいっ! 覚えてますよ! 私の記憶力は大したものです!」
「あれは何だ?」
「解呪の魔法です。念の為にかけておきました。アシス様の力は偶然の産物なので万が一にも呪いが残っているといけませんし」
「そうか。それならば感謝しておこう」
「どうしたしまして」
「もっとも、あの光の柱を偶然にも目撃した貴族がいてな。やはり我々は精霊に選ばれたのだと息巻いて困っている」
どういう状況なんだろうか。
よくわからないや。
「まあ、アレですよ、アレ。うん。偶然、たまたま? また精霊さんが来ちゃったね的な感じでお願いします」
「はははっ! 偶然、たまたまか。よかろう。そうしておこう」
「ありがとうございますっ!」




