339 火の大精霊に会いに行く
「おーい! ゼノー! ゼノちゃーん! いるー? いるなら出てきてー! 出てこないとおうちを破壊するよー! 今から10数えるからー! 数えおわる前に出てきてくれないと、私、知らないよー!」
いーち!
にー!
と、カウントを始めたところで出てきてくれた。
「やっほー、ゼノー」
「……あのさ、クウ。そろそろ普通に呼び鈴を鳴らしてほしいんだけど」
「あはは。いやー、お約束かなーと。面白かったよね?」
「全然おもしろくないんだけど?」
「あはは。またそんなー」
「ねえ、万が一、ボクがいなかったらどうするの?」
「ぶっ壊せば気づいて来てくれるよね?」
「やめてよね!?」
「あはは。やだなー、もう。そこは笑ってよー。そんな青筋立てて怒らなくてもー」
「ならクウ。ボクがクウの家に遊びに行ってクウが留守だったら、クウの家を消滅させてもいいんだよね? 笑ってくれるんだよね?」
「はぁ!? 笑うわけねーだろ! 蹴っ飛ばすぞ!」
「あのさ」
「ふむ」
なるほど。
「わかってくれた? ボクの言いたいこと」
「なんとなく」
「なんとなくなんだねっ!?」
「あはは」
というわけで、こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、精霊界に来ています。
ゼノのおうちの前です。
ゼノがいないと大変だなーと思ったのですが、いてくれてよかったです。
「……で、何の用?」
「もしかして、今、忙しかった?」
仕事中だったかな。
だから、イライラしてたのかな。
「まあ、いいか。ボクもクウには用があったし」
「そかー」
それはお互いに運がよかった。
応接室に通された。
「で?」
あらためてゼノが聞いてくる。
「うん。実はね――。少し真面目な相談があってね――」
帝国の西側で――。
ユイが転移魔法の成功で飛んでいって――。
ナオが自らの足で旅立って――。
その後――。
私は火竜が住まうという火山に、1人で飛んで向かった。
火山には広大な洞窟があった。
老いた火竜がそこにはいた。
火竜は情報の通り、悪夢に蝕まれて苦しみ呻いていた。
幸いにも私の魔法で即座に助けることができた。
「で、その火竜さんが言うにはね、もうすぐ噴火しちゃうんだって、火山が。
それで、人間と魔物を逃してほしいって頼まれてね……。
火竜さんが、なんとか噴火を抑えている内に……」
「ふーん。逃してあげれば?」
「そんな簡単に。どう考えてもキツイよね?」
人間だけならともかく。
魔物だけならともかく。
その両方なんて。
私にはとても無理だ。
そんな計画力はない。
「まあ、それはそうか」
「で、ね。ゼノさまのお力で、ぱぱーっと解決してくれないかなーと」
「ボクにどうしろと?」
「火口に結界を張って、噴火を防いでいただきたいと思い……」
私の銀魔法では無理だ。
範囲が広すぎる。
「火口を塞いだって、別のところから地面が割れて噴火するだけじゃない?」
「ならそこも結界で」
「そもそも無理だからね?」
「なんでよー!」
「いやさ、そもそもどうやって結界で噴火を防ぐのさ。結界は物理的な盾じゃないよ? 霊的存在に対する防御手段だよ?」
「……あ。そうなんだ?」
てっきり盾みたいにもできると思っていた。
「ていうかさ、火のことならボクじゃなくて、火の大精霊のところに行って、抑えるように言えばいいじゃない」
「……いるんだ? 火の大精霊」
「そりゃいるよ」
「なるほど」
火のことならば、火の精霊。
確かに。
「クウが命令すれば簡単でしょ。ただちに抑えてこい! って」
「命令はともかく、お願いはしたいかな……」
「じゃあ、案内してあげるよ」
早速、行ってみることになった。
「ねえ、ところでさ、火の大精霊ってどんな人なの? 男? 女? 見た目の年齢はどれくらいなのかな?」
イメージとしては、まず薄着。
そして褐色肌。
燃えるような赤毛はすごいくせっ毛で、性格は豪放。
そんな感じだけど。
「会ってみればわかるよー」
「えー。教えてよー。怖い人なら私も覚悟いるし……」
「あのさ、それじゃあまるで、ボクとリトが軽い存在みたいだよね?」
「え? ちがうの?」
だって2人とも、実際、軽かったよね。
いきなり襲いかかってきて、簡単に返り討ちだったよね?
「……クウ。さすがにそれは酷いと思うんだけど」
「あ。え。なんで?」
自業自得だと思うんですけれど。
「べつにいいけどさー」
「教えてよー」
「やーだ。ボクも楽しみになったよ」
まあ、いいか。
ゼノは教えてくれなかったけど。
火の大精霊っていうくらいだから、確実に好戦的だ。
男だろうが女だろうが。
大柄だろうが小柄だろうが。
簡単な話だ。
とにかくブチのめせば、オーケーにちがいない。
ふふー。
どんな炎だろうが、このクウちゃんさまを焼けると思うなよー。
と、思っていたのですが……。
はい。
おうちについて、呼び鈴を鳴らして。
出てきた火の大精霊さんは――。
「ああ、ゼノさんですか。申し訳有りませんが今は勤務中です。雑談であればまた後日に願いをしたいのですが――。と。そちらのお方は?」
スーツをビシッと着込んで。
赤い髪はオールバック。
年の頃なら、20代後半くらいに見える男の人。
知的で。
鋭利で。
気のせいではなく、精霊なのに眼鏡をかけている――。
…………。
……。
まるで大企業のエリート社員みたいなお方でした。
前世の就活で轟沈し、企業の社員様に最大なる苦手意識を持つ私の、まさに天敵と呼ぶにふさわしいお方でした……。
はい。
私、思わず直立。
「こっ! この度はお日柄もよく! まずはご挨拶をさせていただきたいと! わたくしクウちゃんさまと申しまして――」
「クウちゃんさまですか。失礼ですが、何処のどちら様でしょうか?」
真顔で聞き返された。
「う」
私は……声をもらした。
正しい言葉遣い!
正しい礼儀!
間違えればそれで就活は終了です私は前世で終了でした!
ああ……。
思い出す……思い出してしまう……。
あーあ、こいつ駄目だわ。という、笑顔の中に隠れた社員様の冷たい目を……。
「う? とは? はっきりと仰って下さい」
冷たく聞き返されたぁぁぁぁ!
前世と同じだぁぁぁぁぁ!
「いえ……。貴女は……。まさか、ゼノさん……。このお方は?」
「見えている通りの存在だよ、クウは」
「そんなまさか。これは失礼をば――」
あああぁぁぁぁぁぁぁ……。
もう駄目だぁぁぁぁぁぁ!
おしまいだぁぁぁぁぁぁぁ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁ!」
気づいたら……。
私……。
火の大精霊さんを蹴り飛ばしていました。
ついでに追い打ちをかけていました。
半殺しかそれ以上の危ない感じにしたところで……。
私は我に返った。
「あああああああああ! すいませんすいませんすいませんー! だだだだ大丈夫ですかー元気ですかー!」
瀕死の大精霊さんを慌てて介抱する。
横でゼノが大笑いしていたけど、それどころではなかった。
幸いにも、回復魔法は間に合った。
幸いにも、話自体もついた。
「……なるほど。承知しました。他ならぬ次期女王様のお言葉です。その噴火は私めが鎮めましょう」
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
よかった!
あと、ごめんなさい本当に!
「しかし次回からは、会話からお願いたいところです。いきなり暴力とは、さすがに感心できません」
おっしゃる通りすぎて言葉もありません。
私はひたすらに恐縮した。
「もちろん先代様のことを悪く言う気はありませんが――。しかしながら主たる者としての理想とは、やはり暴力による支配ではないと思うのです。よろしいですか? そもそも精霊を率いるとはすなわち――」
この後……。
私は長々と、火の大精霊さんからありがたいお話を頂戴した。
難しいお話だった。
まったく内容は理解できなかった。
私は燃え尽きた。
バデアの山のマグマは、火の大精霊さんの力であっさりと鎮められた。
さすがだ。
伊達にこの世界の火を司る存在ではないね。
精霊が物質界に関与する件については懸念されたけど……。
そこではゼノの口添えが効いた。
いつもゼノが遊びたい時に使う「女王様の言葉は絶対、女王様が言っているのだから問題なし」という常套句だ。
私、べつに女王様になる気はないけどね。
たしかに私はかしこいけど、基本的にはふわふわのクウちゃんだし。
精霊姫なのは称号的に事実とはいえ。
ともかく、ゼノの言葉に便乗はさせてもらった。
ありがたや。
山は、元の静けさを取り戻した。
老いた火竜のバデアさんも大いに感謝してくれた。
よかった。
どうか穏やかな老後を過ごして下さい。
かくして。
事件は解決したのだった。
お読み頂きありがとうございましたっ!
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