335 ナオの一人旅、完結
「ナオさん、失格です」
もうね、私としてはこういうしかなかった。
だってですよ。
今は夜。
ナオは、街道から外れた丘陵の川原で野ウサギを焼いている。
見事な手際だった。
ウサギを捕まえて、捌いて。
木を集めて、火を起こして。
美味しそうな匂いが煙と共に広がっている。
火を見て、匂いを嗅いでいると、夏の旅のことを思い出す。
キャンプでこうやって、火を焚いて、みんなでバーベキューしたなー。
と、それはいい。
今はナオのことなのだ。
ナオは昼間、お嬢さんを助けた後もしばらく城郭都市タステンにいた。
だけど、うろうろするだけで誰とも会話しなかった。
結局、入った時と同じように忍者っぽく外に出ると、その後もひたすらに人目を避けて進み続けたのだった。
野を越え山を越え……。
街道に旅人の姿があれば、さっと木の上に身を隠し。
通りかかった宿場街で冒険者募集の声が上がっていても素通りして。
誰とも、何も、触れ合うこともなく。
険しい峠道もナオは軽々と走破した。
「クウも食べるよね? そろそろ焼ける」
「あ、うん」
せっかくだし貰おうかな。
私は今、ナオと2人で火を囲んで座っている。
ユイはいない。
リトを連れて、周囲の様子を見に行っている。
というのは名目で、実際には野ウサギの解体に怖気づいて逃げて行った。
しばらくすれば戻ってくるだろう。
私は頑張って見学させてもらった。
自分でやる機会はないかもだけど、知っておいて損はない知識だ。
野外生活においてナオは博学だった。
伊達に何年も山奥で隠れ住んでいたわけではないようだ。
とはいえ、今の主題は野外生活ではないのだ。
「ところでナオさんや。今日の失態はどうしたのかな? 普通の冒険者というより普通の忍者でしたけれども」
「……クウ。私は気づいた」
「なにを?」
「今の私はコミュ障なのかも知れない。あと、人見知りかも知れない」
「今のって言うか……。そもそも、そうだよね」
「え?」
「え?」
心外そうな顔をされたけど、私の記憶が確かならばナオは前世から変わらない。
基本的に淡々としていて、マイペースで無表情で、自分から積極的に他人や物事に関わることはなかった。
仲良くなるまでの道のりが遠いタイプだった。
「とはいえ……。アレか。フラウやサギリさんから信頼されるくらいの人間関係は構築できているわけだから、そんなに悪くはないのか。私はむしろ、前世よりも今の方がよく出来ていると思うなぁ」
「むむむ」
私がそう言うとナオが考え込んでしまう。
まあ、ゆっくり考えてもらおう。
「……でも、そうだなぁ。というか、人間が苦手なのかもだね」
「人間……?」
「獣人に対してなら、人族って言えばいいのかな。だっていろいろあったんだよね。本能的にどうしても警戒しているんだと思う」
「そうなのかも知れない」
「だとするなら、無理にコミュニケーションなんて取らなくていいかもだね」
お互いによくない気がする。
「でもそれだと、冒険者として活動できない。それに人族と仲良くできなければ、これから先何もできないのと同じ」
「それはそうかぁ」
難しいところだ。
「ちなみに今日の私は何点だった?」
「え?」
「え?」
まさか点数が付くとでも!?
と、言いかけて、さすがにそれはやめた。
うん。
点数はつくよね。
一応、困っていたお嬢さんを助けてあげたわけだし。
「じゃあ、30点ってとこで。中学生や高校生のテストならギリセーフ」
「私たち、年齢的には小学生だけど」
「なら合格でいいんじゃない?」
「最初に失格って聞いた。私もそう思う」
「あはは。まあ、うん。そうは言ったけどねえ。ほら、人助けはしたわけだし? こうして無事なわけだし?」
「私も隠密行動には自信がついた。カメの子としてザニデア山脈を走り回っていた日々は無駄ではなかった」
「だねー」
話していると、空から光の翼をはためかせてユイが戻ってきた。
「ただいまー」
「ちょうど肉が食べ頃。ユイも食べる?」
「……それって、さっきのウサギさんなんだよね?」
「うん。そう」
「なんか、美味しそうだね……」
結局、ユイも食べた。
美味しいねー、と、笑顔で。
実際、美味しかった。
アイテム欄から取り出した姫様ドッグも食べて、私たちは満腹になる。
のんびりしたところでユイが言った。
「ねえ、明日なんだけどさ、私もナオと一緒に歩くよ」
「「え?」」
「え、なに、2人そろってその不審そうな顔は」
「だってさぁ……」
うん。
ねえ。
「言っておきますけどぉ、事件さえ起きなければ、私は普通に、ちゃんと冒険者として行動できますよーだ」
「ホントに?」
私はどうしても疑ってしまうよ。
「少なくともナオだけだと、どうせ忍者でおわっちゃうでしょ? 私が一緒ならそうは行きませんから。一緒の方がいいです。いいんです」
ユイが胸を張って宣言する。
まあ、とっても不安だけど、一理あるか。
「それなら、せっかくだからクウも一緒に行こう」
ナオが言う。
「私?」
「1人だけ消えているなんて、つまらないと思う」
「まあ、それは、ね……」
というわけで。
明日は3人で。
リトもいるか。
4人で西の町に行くことになった。
西の町までは飛んで一気に行くことにした。
道中は、もういいだろう。
そして西の町での情報収集をナオとユイが頑張るということに決まった。
私はローブ姿でついていくものの、基本的には傍観者だ。
果たしてナオとユイは、問題なく火竜の情報を得ることができるのか。
正直、嫌な予感がするけど。
これも修行だ。
これも練習だ。
何かあっても、帝都での私の生活に支障が出ることはないだろう。
遠くの町だし。
私は気楽に眠りにつくのだった。




