334 ナオの一人旅
城郭都市タステンまでのナオの旅は順調だった。
都市がまだ遠くて丘陵地帯にいる間は、馬車が通りかかる度に、さっと街道の脇に隠れて見事にやり過ごす。
禁区に向かう騎士や兵士ともすれちがったけど、ナオが見つかることはなかった。
都市が近くなって、まわりが田園になって人通りが増えてからは、馬車のそばを同じ歩速で歩いて同行者を気取ったりする。
少女が1人で旅していることを見事にカモフラージュしつつの行動だった。
衛兵に怪しまれることもなかった。
高原での大発生のこともあるので、都市は閉鎖されているかなと心配もしていたけどそんなことはない様子だった。
むしろ田園の人たちは、収穫を頑張っていた。
今が商機と走り回っている商人の姿も多い。
まあ、高原に最寄りの都市と言っても、馬で走って1時間ほどの距離はある。
隣接しているわけではない。
それに高原での出来事は逐一報告が来ているようで、すでに大発生が収まったことを市民は知っている様子だった。
話題の大半は聖女様のことだったけど。
白い翼が生えていたとか。
あまりの眩しさに姿を直視することもできなかったとか。
光の力で魔物の大群を始末したとか。
光の力で瘴気を消し去って、元の美しい高原に戻してくれたとか。
すべて真実なだけに、どうしようもないね。
ただそれでも万が一のことがあるので、警備は厳重だったし、のんびり散歩しているような人もいなかったけど。
まあ、ともかく、ナオは無事に都市の近くまでやったきた。
城郭都市タステンは、周囲に広がる田園の中、ぐるりと壁に囲まれている。
門や城壁には、特に兵士の姿が多い。
厳戒態勢だ。
門では、しっかりと入出者の確認が行われていた。
魔術師の姿もある。
魔術でなにかの鑑定も行われているようだ。
さあ、ナオはどうするかな。
ナオのお手並み拝見だ。
最悪、陛下からもらった禁区の特別調査許可証があるので、それを見せればなんとでもなるだろうけど。
と思ったら、ナオは都市の近くですうっと果実園の中に紛れた。
どうする気なんだろ……。
ナオは農作物に隠れつつ都市のまわりを回って――。
警備の手薄な場所を見つけると、じっくりと様子を窺って――。
兵士の目が離れたところで――。
走った!
跳んだ!
なんと一足で高さ10メートルはある城壁に飛び乗った。
そして、次の一足で民家の屋根に飛び乗り、そのまま屋根を伝って町の真ん中の方へと去っていった。
忍びか!
いやナオさんや、見事な手際だけどさ。
コミュニケーションの練習はどこに行ったのかな。
結局、誰とも一切接することなく、町の中に入っちゃったけど。
町に入ったナオは広場で足を休めた。
広場は賑わっていた。
特に人が集まっているのは、熱っぽい様子で説法している神官さんのところだ。
近づいてみる。
内容は、すぐに理解できた。
聖女様を讃えている。
せ、せいれいさんは……どうしたのかなぁ……。
精霊神教だよね?
一応、ここにいますよー。
と私は思ったけど、まあ、いつものことなのであきらめることにした。
広場でナオはリンゴをひとつ買った。
値段は書かれていたので、無言で小銅貨を渡す。
そして、買ったリンゴを高々と天に掲げた。
まるで私たちに見せつけるように。
勝ち誇った顔で。
まるでそれが、ミッション達成のお知らせであるかのように。
うん。
はい。
リンゴ購入隠密作戦なら、いいんじゃないのかな?
私は確信した。
ナオは確実に、ユイのことは言えない。
いや、でも。
まだ町に入ったばかりだ。
ここからいろいろと、おしゃべりするのかも知れない。
決めつけはよくない。
私はもう少し、ナオの様子を見ることにした。
「……ねえ、クウ。私、思うんだけどさ」
姿を消したままユイが話しかけてくる。
言いたいことはわかる。
と思ったら。
「ナオって完璧だね。こんなにすごい冒険者は他にいないよね」
私の感想とは逆に、大いに感心したようだった。
「あ、うん。そうだね……」
隠密行動は完璧だね。
「私も頑張らないと!」
「どう頑張るかはともかく、もう少し様子を見てみようよ。あ、見て。ナオの近くでトラブルが起きそうだよ」
荷物をたくさん抱えていたお嬢さんが、笑いながら歩いていたガラの悪い男たちに正面からぶつかった。
荷物が落ちて散らばる。
お嬢さんはすぐに謝って荷物を拾おうとするけど――。
運悪く、荷物のひとつが男のつま先に落ち着いた。
いててて! と、男が声を上げて、なにすんだこのガキとお嬢さんに激怒する。
お嬢さんは再び謝るけど――。
謝って済むわけねぇだろ、大切な戦いの前に足を怪我したんだぞ! と、金貨で慰謝料を請求される。
男たちは、大発生に備えて近隣から集められた傭兵のようだ。
払えねえなら……。
わかってるよなぁ? ぐへへ。
町の人たちは……見て見ぬふりをして通り過ぎる。
お嬢さんは、町の宿屋の娘さんのようだ。
かわいそうに……と、不幸な出来事に同情する声が聞こえた。
さあ、ナオ、出番だぞ!
普通の冒険者として、普通に助けてあげて!
「……ねえ、クウ。あの女の子、私たちで助けてあげたほうがよくない? このままだと大変なことになるよ」
「大丈夫。ナオがなんとかしてくれる」
私は信じている。
「どうやって?」
「そりゃ、ぶちのめして?」
小柄な11歳の少女とはいえ、銀狼族のフィジカルと、アシス様に勇者として定められた天賦は並ではない。
ゴロツキの2人や3人――いつの間にか仲間が寄ってきて6人でお嬢さんを取り囲んでいるけど――。
一瞬で戦闘不能にできるはずだ。
行け、ナオ!
やっちまえ、ナオ!
短いけど、とても長く感じる時間が過ぎた。
ナオがフードを深くかぶる。
そして、動いた。
一瞬の出来事だった。
疾風のように現れて、次の瞬間には――。
ゴロツキたちは、まさに竜巻に巻き込まれたかように吹き飛ばされて、地面に倒れて気絶するか呻いた。
目にも留まらないナオの連続攻撃だった。
「やった! ねえ、クウ! ナオがやったよ!」
「うん。そだねー」
「……私、正直、ちょっとだけ信じてなかったよ。ナオに謝らないとだね」
「あはは」
応援しつつも、実は私も心の底では……。
ごめん、ナオ。
ナオは見てみぬふりをするかなー、
とも……。
思っていました。
ただ、その後――。
ナオはお嬢さんを助け起こすこともなく。
声をかけることもなく。
現れた時と同じように、風だけを残してその場から消えた。
忍びか!
普通の冒険者はどこに行った!




