333 西へ!
ディシニア地下魔殿の再探索は問題なくおわった。
謁見の間には予想通り、普通のボスがいた。
難敵エルダーリッチだったけど、ユイとリトが力を合わせた光の強化魔法を打ち破るだけの力はなかった。
ナオが一騎打ちの末に打倒した。
私とユイは拍手で讃えた。
「ほとんど強化魔法のおかげ。でも、嬉しい。ありがとう」
ナオも満足してくれた。
耳と尻尾がピコピコしているので本心だろう。
ボスを倒して喜んでいると、ナオが頭をくらりとさせてへたり込む。
ユイが心配して駆け寄るけど心配はない。
一気に経験値を稼いだ時に起こるペナルティ現象だ。
こちらの世界では、以前にアリーシャお姉さまにも起きていた。
しばらく休んでいれば回復する。
ユイには起きなかった。
ケロリとしている。
ユイには戦闘の経験はないはずだけど、代わりに幼少の頃から聖女として激務をこなしてきた経験がある。
古代魔法も発動寸前まで持っていったし、すでに高レベルなのだろう。
クウえもーん、とか、やだー!、とか、子供みたいな態度ばかり見ているから、本当にそんな気はしないけど……。
転移陣の登録も完了した。
これでいつでも、このダンジョンにも来れるようになったわけだ。
あと、ダンジョンの異常な発生も再発はしていなかった。
事件は片付いたようだ。
ナオを背負って、私たちは基地に戻った。
夕方、基地でユイが鎮魂の儀式を行う。
さすがは聖女様。
厳かで神秘的な儀式だった。
夜は爆睡した。
幸いにもユイに個室が与えられていたので、人目を気にせず私もユイとナオと一緒に布団の中で寝ることができた。
翌日の昼、私たちは基地を後にした。
ロックさんたちは、本当に元気なことに――。
奥地から帰ってこなかった。
帰ってたパーティーが言うには、お宝探しに夢中とのことだった。
ロックさんたちには挨拶したかったけど、よく考えれば私はここにいないはずなので挨拶はできないか。
帝都に戻ったらまたメアリーさんのお店で話を聞くとしよう。
どんな武勇伝になるのか、楽しみだ。
というわけで。
基地から十分に離れたところで、帰宅の時間となった。
と思ったらナオが言う。
「クウ、今回はまったく訓練にならなかった」
「ん? そう? ダンジョンでがっつり連戦してレベルも上がったよね?」
何しろダンジョンの入り口から最奥のボス部屋まで、数多いた魔物をナオが1人で斬り倒して進んだのだ。
強力な魔法支援があったとはいえ、その事実にちがいはない。
「普通の冒険者らしい行動」
「ああ」
コミュニケーションとかの方ね。
確かに。
禁区では、最初から最後まで聖女様祭りだった。
普通の冒険者として普通に行動することはできなかった。
「わっ、私のせいじゃないよ!? あれはしょうがなかったよね!? いきなり戦争みたいになってたし!」
ユイが必死に弁明しようとする。
それをナオは手で制した。
「うん。わかっている」
「ならいいけど……」
「というわけで、クウ。町を歩いて買い物とかをしてみたい」
「賛成なのです! 大賛成なのです! リトとユイの冒険はまだまだ続くのです!」
ユイの肩の上でリトが飛び跳ねて興奮する。
お別れの時間が来て、ずっとしょんぼりしていた子だ。
この波に乗る気満々だ。
「いいよー」
断る理由はない。
買い物だけなら迷惑にもならないし。
「それならさ、私も行ったことないんだけど西の方に行ってみようか? なんか赤竜がどうとか言ってたし、その様子見も兼ねて」
「クウ」
「ん?」
「私には予感がある」
「どしたの?」
「……ううん、いい」
ナオは何事か言いかけて、途中で達観したようだ。
「言っとくけど、私は普通に町を歩くだけで騒ぎなんて起こさないからね!? クウと一緒にしないでよね!?」
その理由を敏感に察したユイがまた吠えた。
「あの、ユイさん……。私、普通に帝都で暮らしていて、別に騒ぎなんて起こさず平和にやってるんですけれども……」
「私だって聖国で、いつも1人で家にいたんだから! プライベートは引きこもりだったんだからね! ボッチだし! 友達なんて11年で1人もできなかったし! 騒ぎなんて起こしたことないからね!」
「あ、うん。ごめん」
泣かれそうだし、ツッコムのはやめた。
とにかく行ってみることで決まった。
「ナオはどうする? 一緒に空から行く方が早いと思うけど」
「走って行きたい。いい?」
「うん。いいよー」
赤竜のこともあるし、あまりのんびりしすぎるのは避けたいけど――。
ナオの身体能力は驚異的だ。
現段階でも、並の冒険者を遥かに超えている。
延々と走り続けることができる。
大きな遅れにはならないだろう。
「道中に何かあっても私が対応する。ユイとクウは黙って見ていて。お願い」
「了解」
私はうなずいたけど、ユイは首を横に振った。
「えー。心配だよー。ナオ、1人でちゃんとお話とかできるの? ずっと奴隷でその後はカメの子だったよね?」
「問題ない。カメの子として鍛えてきた。基本は出来ている。基本は完璧」
竜の里では、竜の人たちと仲良くやっていたよね、そう言えば。
ユイたちが転がり込むまでは、ただ1人の人間だったけど。
話は決まった。
私とユイは空に浮き上がった。
私は『透化』。
ユイは、リトの力で姿を消す。
長丁場になりそうなので、パーティーは組まなかった。
飛行しつつだと疲れが倍増するので。
魔力感知しておけば、ユイの位置はわかる。
ユイもリトがいれば私を見失うことはない。
問題なしだ。
私たちの姿がなくなって、ナオは1人で街道に出た。
西に行く1番簡単で迷うことのない方法は、まずは南に走って帝都に戻り、帝都から西への街道を進むことだ。
ただ今回は、帝都には行かないことにした。
まずは高原に最寄りの城郭都市タステンに寄って、そこから山間を抜けて直接西地方へ向かう峠越えのルートを選んだ。
なぜならば。
帝都で騒ぎを起こすと、私に迷惑がかかる。
私、帝都在住だし。
どうせ騒ぎを起こすなら、私には関係のない町の方がありがたい。
いや、うん。
信じないわけではないのだけど……。
念の為に、だね。
1人になって、街道の真ん中でナオが気持ちよさそうに背伸びをする。
周囲には自然が広がる。
お。
街道を通って、護衛つきの荷馬車がやってきた。
高原に物資を届けにいくのだろう。
さあ。
ナオのファーストコンタクトだ。
小柄な獣人の娘が、ひとりで町から離れた場所にポツンと立っているのだ。
きっと向こうから声をかけてくるだろう。
果たしてナオは、どう対応するか。
ナオは――。
隠れた。
荷馬車の音が聞こえてくるや否や、街道の脇に潜んだ。
見事な隠密スキルだ。
目視だけでは、どこにいるのか、まったくわからなくなる。
荷馬車がガタゴト通り過ぎていく。
ふむ。
まあ、これはこれで正しい対応なのかも知れないけど。
コミュ力を鍛える訓練はいいのだろうか。
荷馬車に通り過ぎた後で、ナオは街道に戻った。
そして、走り出す。
目指す第一の町タステンは、ナオの俊足ならそう遠くない。
やがて到着することだろう。




