332 カメだけに
「――ねえ、クウ」
「は、はいっ!」
「私は大切な人たちに嘘をついてしまった。取り返しはつかない。だとすれば、もう私はやるしかない」
「う、うん……。そうだったよね……」
「私はそのために冒険者になって、旅に出ようと思った」
「う、うん……」
忘れてはいないよ。
もちろん。
ちゃんと、うん、思い出したよ。
「本当は1人で行きたかった。失敗は自業自得。もはやこれまで」
「ナオ、それは駄目だって!」
ナオに万が一のことがあったら――。
私、悲しいよ?
いや、うん。
泣いちゃうからね!?
「うん。ありがとう。クウには感謝している。感謝しているし、甘えているから、私はここに来ている」
「そうそう! まずは練習しないとね!」
「できなかった」
「う」
確かに。
予定では、普通の冒険者として、普通に学ぶ予定だったよね……。
うん。
私、ちゃんと覚えてるよ。
かしこい精霊さんだし。
まあ、はい。
まったく最初から、どこにも普通はなかったけど。
思わず反射的に、敵がいたからぶっ放したのは私ですが……。
「……ごめんね? ……悪気はなかったんだよ?」
私はおそるおそる謝る。
「ねえ、クウ。私はどこから来て、どこへ行くんだろうね」
「竜の里から来て、カメの里に帰るとか?」
「カメの里はどこにあるんだろう」
「海の中とか?」
「カメ宮城?」
「そんなのあるんだ?」
「私が聞いている」
「私に聞かれても……」
困るというものだ。
「クウはそもそも、カメとは何だと思っている?」
「ふむ……。正体を隠すもの?」
「その心は?」
「カメだけに、仮面」
「なるほど。私は分厚いスルメイカ。カメだけに、噛めん。かと思ったけど、クウの方が正しい気がする。よくわかった。ありがとう」
ナオは納得してくれたようだ。
よかった。
よく考えると何がよかったのかいまいちわからない会話をしていると、建物の中からユイが外に出てきた。
キョロキョロとあたりを見回して、私たちを見つける。
「じゃあ、私、また消えるね。ナオ、頑張ってね」
「やることがあれば」
「あはは」
笑って誤魔化しつつ、私は『透化』した。
ユイが階段を駆けて岩壁の上に来る。
「あれ、クウは?」
「消えた」
「えー。おしゃべりしたいこと、たくさんあったのにー」
「大丈夫なのですユイ! リトが全部、聞いてあげるのです! 魔王なんていなくても平気なのです!」
ユイの肩にはフェレットのリトがいた。
「もう、リト。また魔王なんて言って。ホントに怒られるよ」
「い、今のはちがうのです! 驚いてうなずいただけなのです! まぁ、おう。なのです返事なのです肯定なのです!」
「うん。ごめん、そうだったよねー、今のは」
「なのです!」
2人は上手くやっているようだ。
リトのヤツには、あとでデコピンくらいはしてやろう。
「それで、ユイの方の話はどうなったの?」
ナオがたずねる。
「ここの調査は、冒険者から国が引き継いで行うことになったよ。本当に瘴気は晴れたのか、本当に大発生は収まったのか、犯人らしき悪魔は何者だったのか、現れたダンジョンのランクはどれくらいなのか。調べることだらけだし。私は念の為、清めの儀式をしてあげることになったよ」
ユイに少し遅れて、建物からは神官や軍人、ギルドマスターが出てきた。
神官さんがやたら張り切っている。
これから急遽、岩壁の上に儀式のための祭壇を作るようだ。
「でも、これから準備するらしくてさー。儀式をするのが夕方で、今夜はここでお泊りになりそうだよー」
「私、先に帰ってもいい?」
「え? なんで?」
「やることがない」
「……わ、私を見捨てるの? ナオ?」
「見捨てるもなにも、リトがいるなら危険もなにもない」
「なのです!」
すかさずリトがうなずく。
「私は荒野を巡って、今の力を確かめ――」
言い終わるよりも早く、腰にしがみついたユイが泣き始めた。
すかさず私、銀魔法で音を遮断するファインプレイ。
「やだぁぁぁぁぁ! 私を捨てないでぇぇぇぇ! ナオぉぉぉ! ナオが行くなら儀式なんてしないで私も行くからー!」
岩壁の上に私たちしかいなくてよかったよ。
人には見せられない姿だ。
「大変なのです! 大変なのです! ユイが! ユイが大変なのです! ナオ、早くどうにかするのです慰めるのです!」
ナオとユイのまわりをくるくると走って、リトが大いに錯乱する。
ナオが恨めしそうに青空を見上げた。
うん。
まっすぐに私のいる場所だ。
不思議だね。
気配も魔力も姿も消えているのに、どうしてわかるのか。
結局、ナオは折れた。
ユイが死んでも離さないと泣くから仕方なく。
ナオ、がんばれー。
私は姿を消したまま、そっと応援した。
ユイは即座に上機嫌になる。
それならば、ということで、白魔法『光の翼』で天使のような翼を生やすと、ナオのことを背中から抱きしめた。
「すいませーん! 少しダンジョンを見てきますねー!」
下にいる人たちに声をかけて、ナオを抱きかかえたユイが飛んでいく。
その神々しい姿を見た神官さんが、跪いて祈りを捧げて、最後に「はいカット」とつぶやいて私はまた吹いた。
いかん。
慣れなければ、失礼なことになってしまう……。
「ねえ、ナオ。力を試したいのなら、ここのダンジョンでいいよね。一緒に探検しよう。今ならリトもクウもいるし」
「ユイ、ここのダンジョンは国の管轄になったはず。勝手に入るのは問題」
ユイに脇の下から回した腕で抱き止められて空中でブラーンとしつつ、ナオが言う。
なんかアレだ。
首根っこを掴まれたネコみたいだ。
空中なら人目もないので、私は『透化』を解いた。
「せっかくだからさ、ボス部屋まで行ってみようか」
「問題ない?」
「カメぇへんでしょー」
カメだけに。
念の為、いくつか確認もしたいし。
ちゃんとダンジョンの異常発生が収まったのかどうか、ディープエンドリッチが再び現れたりしないかどうか――。
私の勘が正しければ、ディープエンドリッチはリポップしない。
あれはダンジョンが生み出したというより、悪魔に作られたか呼び出されたかしたネームドの死霊だ。
ボス部屋らしき謁見の間には普通のダンジョンボスが現れているはずだ。
それを確認できれば安心できる。
「安心してナオ。私とリトとユイはサポートに回るから。ナオは前衛として思いっきり力試ししてくれればいいよ。ユイもそれでいいよね?」
忘れていたけど、私的にはついでに転移陣も登録したいところだ。
「もちろんっ! 問題ないよー!」
「よし、決まりー!」
「「おー!」」
私とユイは元気に腕を振り上げた。
そのせいでナオは墜落しかけたけど。




