331 くらくらクウちゃんは語りたい
疲れた。
一通りの仕事をおえて、ようやく空の上でのんびりする頃には、とっくに朝どころか太陽は昼に近い位置にあった。
いい天気だ。
眼下には、岩や瓦礫と共に沼が点在する殺風景な荒野が広がる。
でも、そこに瘴気はない。
晴れ渡っていた。
もともとは風光明媚で知られた高原だ。
これから季節が巡れば新しい命が息吹いて、再び美しい場所に戻るのだろう。
眼下には、ダンジョンに突入していた冒険者たちの姿もある。
ロックさんたちもいた。
みんな無事に脱出した。
本当に幸いにも、大発生に巻き込まれたというのに死者はゼロだった。
みんな元気に武勇伝を語り合ったりしている。
私が助けた時には瀕死の重傷どころか死んでいた人もいたけど、そんなことはなかったかのように笑顔だ。
うん。
その心の強さも一流の証なんだろうねえ。
よいことだ。
そう――。
ロックさんたちを助けた後も、私は頑張った。
ローブを羽織って、フードで顔を覆って、最大限に姿は消して。
一応、しっかり正体は隠して。
魔物を倒して倒して。
冒険者を助けて。
戦闘継続が難しそうなパーティーは銀魔法『離脱』で外に出して。
ソウルスロットを白魔法と黒魔法に変更して。
寝てもらってから全員回復して。
そしてまた、ダンジョンの中に戻って――。
頑張った。
自分でいうのもなんだけど、私がいなければ被害は甚大だったはずだ。
私、頑張った。
姿は隠していたので「さすがはクウちゃんだ! さすクウ! さすクウ!」なんて称賛されることはないけど。
むしろそんな称賛はいらないけど。
だからこそ、自分で自分を褒めてあげるのだ。
えらいっ!
大発生も、すでに収まっている。
ダンジョンから魔物の出てくる様子はない。
ロックさんたちは、瘴気も晴れたので、ここがチャンスとばかりにあたり一帯を徹底的に探索して――。
皇族や貴族の遺品をすべて拾い集めるつもりのようだ。
報酬は10%とはいえ、なにしろ高価な品ばかりなので大儲けできるだろう。
本当に元気だね。
ずっと激戦の最中にいて、ずっと寝ていないのに。
幸いにも。
本当に幸いにも、死霊が装備していなかった遺跡に残された遺品の数々は、そのまま存在しているようだった。
よかった。
すべて消えていなくて、ホントーによかった!
そして。
私はもう、いつものごとくだけど――。
おわったと思ったら、一気に眠気が襲ってきて――。
もうくらくらして大変だった。
なにしろ徹夜だったし。
とはいえ、さすがにここで寝ることはできない。
なので必死に耐える。
くらくらクウちゃんなのだった。
ロックさんたちを残して、私は1人、くらくらと空を飛んで、基地に帰った。
基地の外では、冒険者たちがパーティーごとに調査を行っていた。
私は岩壁の上に降りた。
ナオが1人で晴れた高原を見ていたので、そのとなりに。
まわりに人はいなかった。
「ただいまー」
私は『透化』を解いて、姿を現す。
念の為にローブは羽織ったままだ。
「おかえり、クウ」
ナオは、いきなり現れた私に驚くこともなく、至っていつも通りだ。
「もー。つかれたもーん。なおーん」
私はナオに横から抱きついた。
頑張ったし疲れたから、甘えたい気分になったのだ。
ナオは受け止めてくれなかったけど、突き放しもしなかった。
なので勝手に頬をすりすりする。
「私、頑張ったなおーん。解決してきたなおーん」
「1点」
「んー? なにがー?」
「私の名前は鳴き声じゃない」
「ちがうよー。これはー、甘えているのー」
「お疲れ様」
「うん。ただいまー」
「クウ、眠いのなら寝たほうがいい」
「そうなんだけどー。話を聞いてほしいのー。武勇伝なのー」
「わかった」
ナオがしゃがむので、私もしゃがんだ。
陽射しは暖かい。
リトはいい仕事をしてくれている。
「そういえば、ユイは?」
ナオにくっついてそばにいないとは珍しい。
「ユイはお偉い様のお仕事。やってきた帝国軍の指揮官と会談している」
「あーなるほどー」
「クウ」
「ん?」
「私はこれでも優しいカメの子」
「うん。カメの子だよねー」
わかってるよー。
すりすり。
「まずは、クウの話を聞いてあげる」
聞いてくれるというので、私は語った。
思い切り語った。
気持ちよかった。
眠いけど、眠気が吹き飛ぶほどに楽しく自分の頑張りを語った。
途中でお腹が空いたので2人で姫様ドッグを食べた。
アイテム欄から取り出したので、出来たてほやほやのピリ辛だ。
美味しかった。
パンとソーセージと辛味は、実に最高の組み合わせだね。
いくら食べても飽きない。
帝都に戻ったら、一年分くらい買っておこう。
「――と、いうわけなのさー」
ふう。
一通り私は語り尽くし、けっこう満足した。
ループしてもいいなら、あと3周はしてもよかったけど……。
ナオにもなにかしゃべりたいことがあるのかな。
と思って遠慮したのだ。
なので私は聞いた。
本当に気持ちよく、楽しい心で。
「ナオはなにかあった?」
と。
するとナオが、じーっと私のことを、その赤い瞳で見つめた。
な、なんだろ……。
ナオにじーっと見つめられると妙に緊張する。
何故ならば聞こえてくるからだ。
キ・タ・イ。
キ・タ・イ。
その声と、手拍子が……。
「クウ」
「うん」
「私には何もなかった」
「うん?」
どういう意味だろうか。
よくわからなくて、私は聞き返した。
そう。
この時の私は、自分のことしか頭の中にはなかったのだ。
くらくらクウちゃんのギリギリハイテンションモードだったので、ナオの事情を思い出す余裕はなかったのだ。
「私には何もなかった」
ナオが繰り返す。
「……うん?」
私も聞き返した。
「私には、何も、なかった」
少し区切って、改めてナオが同じことを言う。
「うん……。えっと、それで……?」
私は首を傾げた。
「クウ」
「はい」
「私はここに冒険者として来た。冒険に戦いに、この禁区で慣れるために」
「うん。そうだね」
その通りなので私は笑顔でうなずいた。
「クウ」
「うん」
「クウは、ここにつくなり魔法をぶっ放した。ユイもぶっ放した」
「うん。そうだねー」
ユイのは残念ながら不発だったけど。
とはいえ、古代魔法を発動寸前まで持っていったのだから大したものだ。
「ダンジョンの異変も収まった」
「私、がんばったもーん」
ほめてほめてー。
すりすり。
「私には何もなかった。このむなしさ、この悲しさ。ねえ、クウ。私は一体この気持ちをどうすればいいんだろう」




