329 閑話・冒険者ロックの窮地
迂闊だった。
気づいた時には俺達は、転移の魔術に引っかかっていた。
俺はロック・バロット。
Aランクの冒険者として今まで数々のダンジョンを踏破してきた。
一度は失敗して再起不能の大怪我を負ったが――。
帝都で起きた奇跡の祝福の夜を経て、今は現役に復帰している。
二度目の失敗は御免だったが――。
ディシニア高原での禁区調査は順調に進んでいた。
俺達は、元は貴族の別荘だった一軒の廃墟を駐屯の基地として、そこを中心に禁区の奥地を歩き巡った。
敵は多かった。
オーガやトロルといった人型の魔物、巨大な魔牛。
ワイバーンに空から襲われもした。
何よりアンデッドが、瘴気の中、昼間でも普通に徘徊していた。
そんな魔物どもを倒しつつ俺達は廃墟を巡り、かつて、ここで保養していた貴族の持ち物である貴金属も手に入れた。
成果は上々、今回も大儲けできそうだった。
ダンジョンのゲートが発見されたのは、そんな捜索活動の最中だった。
どうするかは迷ったが、俺達はAランクとBランクの合同調査団。
帝国冒険者の最高戦力と呼べる集まりだった。
実力には自信がある。
未知のダンジョンには大きな興味があった。
きっとそこには、未知のお宝があるに違いなかったし。
俺達はダンジョンの調査を開始した。
最初は楽勝だった。
何故なら中にいたのは、スケルトンやゾンビと言った、初心者でも勝てそうな雑魚ばかりだったからだ。
その割に成果は特上だった。
まるで貴族のお屋敷の中にいるかのような豪華な作りのダンジョンには、あちこちに見事な調度品があった。
持ち帰るだけで、大きな収入になることは請け合いだった。
このダンジョンの脅威度は低い。
俺達はそう判断した。
ここは、生まれたてのダンジョンなのだ。
そしてダンジョンの豪華な内装には、明らかに多大な魔素が消費されている。
真実は不明だが、この地で殺された皇族貴族の思念が流れ込んで、こんなことになったのだろうか――。
ともかく故に、魔物は弱い。
魔物の生成にまで、きっと魔素が回らなかったのだ。
ボーナスステージのような素晴らしいダンジョンに感じられた。
ただ俺達は油断せず、合同で探索に当たった。
数は力だ。
俺達は順調に探索を進めて、どんどん奥へと向かった。
そして突然、異変は起きた。
突如として空気の色が、どす黒く変わったのだ。
いきなり大量の死霊が湧いた。
そこからは乱戦だった。
俺達は各パーティーごとに行動していたが、他のパーティーとも一定の距離を取りながらも連携していた。
それがまったく取れなくなった。
どのパーティーがどこにいて、どんな状況なのか。
まるでわからなくなる。
なにしろ、次から次へと死霊が湧くのだ。
外に出ようにも、外に近い側の方が明らかに敵の密度が高かった。
俺達は決断を強いられた。
敵の密集地帯を強行突破して外を目指すか。
奥に潜んで、魔物の大発生がおわるのを、まずは冷静に待つか。
俺達は後者を選んだ。
俺達は戦い続けた。
幸いにも奥に行くにつれて敵は弱くなった。
とはいえ、数は多い。
疲労は蓄積していった。
敵の大発生が落ち着くまでに、一体、いつまでかかるのか――。
限界が近づいてきた時だった。
ようやく敵の大発生に一段落がついた。
俺達は小休止することにした。
ちょうどドアがあり、開けてみると中には殺風景な小部屋があった。
敵はいない。
転がり込むように入ってドアを閉める。
ようやく一息をつけると安心した時だ。
突然、足元が不気味な光を発して――。
視野が暗転。
気づけば俺達は、皇帝陛下に謁見するような赤絨毯の広間にいた。
そう。
転移の魔術に引っかかったのだ。
奥の玉座に座っていた何者かが、ゆっくりと身を起こす。
豪華なローブを身にまとった骸骨だった。
とんでもなく濃密な闇の気配をまとっている。
一見して高位の死霊だとわかる。
リッチ――いや、ちがう。
明らかに、その上位種だ。
そいつの輝く瞳が、まっすぐに俺達を捕らえた。
不味い、魔眼だ!
気づいた時には、もう手遅れだった。
全身が痺れる。
息すらできなくなりそうだった。
だけど――。
指にはめていた、真紅の指輪が熱を帯びる。
体から、すうっと痺れが消えるのを感じた。
「動けまい。息をすることすら、すでにまともには無理だろう。
ようこそ。
愚かなる害虫よ」
大仰な態度で、眼前の死霊が威厳のある声を発する。
「我は、ディープエンドリッチ。死霊の主にして、このダンジョン――ディシニア地下魔殿の管理を任されている者である」
ディーブエンドリッチを名乗った存在が、こちらに近づいてくる。
俺達を完全に見下しながら――。
「君達は、ある意味、運が良い。
何故ならば、地上はもうすぐ地獄と化す。
だが、安心すると良い。
君達は死なぬ。
君達には、しばらくの間、私の実験に協力してもらうつもりだ。
その後はしっかりと、死霊にしてやろう。
永遠の命を得るのだ。
望むのなら、意識は残してやろう。
どこまで壊れずに済むのか、それもまた良い実験だ」
気持ちよくしゃべってやがる……。
俺は正直、かなり引いた気持ちで奴の独白を聞いていた。
だが、どうする――。
体は動く。
奴の魔眼は、キャンセルできている。
しかし――。
勝てるのか。
俺の直感が、とても勝利は無理だと告げている。
俺達はAランクの冒険者だ。
今まで多くの魔物を倒してきた。
だが、だからこそ――。
気持ちよくしゃべりながら近づいてくる死霊が、とんでもない実力者であることは嫌でも理解できる。
圧倒的な強者だからこそ、単身で、余裕の態度でいられるのだ。
だが、それでも――。
俺達の武器はミスリル配合の逸品だ。
魔術の援護もある。
何よりクウの奴から貰った、とんでもない力を秘めた指輪がある。
無抵抗でやられることは、ないだろうが――。
できれば戦闘は避けたい。
だとすれば、交渉?
だが一体、命以外の何を差し出せば死霊が満足するのか。
駄目だ、無理だ。
「ふふ。怖いか? それならば、精霊にでも祈ってみればどうだ? 生と死すら司る高位の精霊であれば、この状況からおまえ達を救ってくれるかも知れんぞ? 精霊がこの世界にいれば、だがな」
精霊はこの世界を去った。
もういない。
それは千年の昔から続く、この世界の常識だ。
最近では帝都に精霊が帰ってきたとの宣言もされたが、目の前の死霊はそんなことなど気にした様子もない。
知らないのか、嘘だと思っているのか。
精霊様か――。
この俺は再起不能の状態から、こうして立ち直っている。
すべては精霊の祝福のお陰だ。
それに――。
精霊を名乗る面白いダチも出来た。
俺はいいことを思いついた。
精霊に――。
精霊様に――。
賭けてみるか。
俺は息を吸い込み、高い天井に指を向けて、最大の声で叫んだ。
「あ、精霊だ!」




