328 危機の情報
「じゃあ、私はこれで」
ギルドマスターからの話も一通りおわったようだ。
ユイが席を立とうとする。
「聖女さ――冒険者さんは、これからどうされるので?」
「冒険します」
ユイがにっこりと答える。
「冒険……と、申されますと……?」
「私、ここには冒険者として来たので。調査してくればいいんですよね?」
「ですが、あの……」
しかし、なんともすごい光景だ。
巨躯で豪放で歴戦のギルドマスターが、緊張感ゼロでニコニコしているばかりの少女に完全に萎縮している。
ユイは今、オーラ制御の指輪をしていない。
だいぶ自力で出来るようになってきたので、訓練のためにも今回は自力でやることにしていたのだけど……。
古代魔法を使った時に制御が緩んで、そのままになっているようだ。
光のオーラが溢れている。
……オーラ。
……オーラでてるよ。
私は仕方なく耳元で囁いた。
「あ、ごめんなさいっ! うっかりしていましたっ!」
すぐにユイは光のオーラを収めた。
「何かありましたか……?」
その独り言にギルドマスターが何事かと緊張した素振りを見せる。
「あ、いいえ! なんでもありません! ちょっと少しだけ、晩御飯のことを忘れちゃってたなぁって! あはは!」
「晩御飯……ですか?」
「帝国では、あんまりお米は食べないんでしたっけ? 美味しいんですよー。おにぎりとかこういう時には特に最高で――」
話が明後日の方向に行きかけたところで――。
バタンとドアが開いた。
なだれ込んでくるのは、外に避難していた2人の神官だった。
ユイの姿を見るや土下座してくる。
2人は以前、聖国の大聖堂で修行をしたことがあって、その時に幼年のユイに声をかけられたことがあるそうだ。
また会えた悦びに、感情を爆発させている。
うん、ホントすごいね。
光のオーラを弱めててもこれだもの。
それなりに応対したところで、まだ大事な話があるからということで、神官たちにはご退場いただいた。
その後であらためてユイがギルドマスターにたずねる。
「それで――。さっきの話ですけど――。
魔物は消えたと思うんですけど、まだ何か問題があるんですか?」
「はい。実は、禁区にはダンジョンが発生しているようで――。おそらくまだ、そこからは魔物が湧いてくるものかと。今、国軍を呼んでおりますれば、あとの調査は国軍に任せるべきかと――。何しろそのダンジョンは、帝国が誇るAランクの冒険者ですら呑み込んでおりますので非常に危険かと――」
「呑み込んでというのは、殺されたということですか?」
「現状では未帰還の意味です。無事でいてほしいとは願っておりますが――」
そういえば――。
このキャンプ地にはロックさんたちの姿がない。
ロックさんたちはAランクの冒険者だ。
つまり、ダンジョンから帰還していないというのは――。
ロックさんたちのことだ――。
私は敵感知の範囲を、再び高原全体に広げた。
敵感知は広げるとかなり疲れるので、常に広げておくことはできない。
敵反応がある。
ぽつり、ぽつり、と、ある一点から増えていっている。
ユイ(私)の古代魔法で全滅させて、瘴気も払ったのに。
そこがダンジョンの出入口なのだろう。
「ねえ、それってロックさんたちのこと?」
我慢できなくて、私は姿を見せた。
ギルドマスターにたずねる。
「なっ! おまえは! どこから現れた!?」
「いいから。ねえ、それってロックさんたちのこと? ロックさんたちがダンジョンから出てきていないの?」
「あ、ああ……。そうだが……」
「ちょっとごめんなさい!」
席を立って、ユイが私の手を取った。
走って部屋を出る。
「聖女様、どうされました!?」
「少しお待ちをー!」
ユイは私の手を引っ張って建物の陰に入る。
外にいた冒険者の目を思いきり引いていたけど、幸いにも私たちを追いかけてくる者はいない様子だ。
「ねえ、クウ。どうする?」
「私が行ってくるよ」
私はすぐに答えた。
「クウが?」
「うん。ダンジョンの中にいるの、私の友達なんだよ」
ロックさんたちが簡単にやられるわけがない。
どんなダンジョンなのかは知らないけど、きっと粘っているはずだ。
「道中の敵は無視して急行するから、ユイはこっちに来る敵がいたら退治しちゃって。リトもお願いね」
「任せるのです。ユイとリトがいれば無敵……ではないけど、魔王以外に負ける相手なんていないのです」
「ねえ、魔王って誰のこと? もしかして私とか?」
「う。ち、ちがうのです! この世界にいる未知の敵のことなのです!」
「ならいいけど」
にっこり。
「もう、クウ。そういう怖い笑顔でリトをイジメないでー」
「イジメてはいないよー。確認しただけだし。ねえ、リト」
「な、なのです! なのです!」
白いフェレットなリトが何度も必死にうなずく。
ちがうのなら、よし。
「とにかく行ってくるから後はよろしくね!」
「うん。わかった。クウが行くなら、そっちのことは安心しておくよ。こっちのことは私たちに任せておいて」
ユイに見送られて、私は空に飛んだ。
夜空の中、現場に急行する。
ユイ(私)の広域浄化魔法が炸裂した後でダンジョンから外に出たらしきアンデッドたちの心配はなさそうだ。
ダンジョンのゲートの周囲に何体もいた。
その中には巨大なドラゴンゾンビが2体もいて最初は驚いた。
ただ明らかに衰弱していた。
高原は、強力な光の力で浄化されたばかりなのだ。
その余光に当てられて、浄化の後で地上に出てきたアンデッドたちはそのまま消えてなくなりそうな雰囲気だ。
私はダンジョンの近くに降りる。
ゲートは、高原の中にポツンと立つ豪華な作りの両開きの門だった。
高さは3メートルほど。
私から見ればかなり大きいけど、身の丈10メートルはありそうなドラゴンゾンビからすればかなり小さい。
あ。
新しい魔物が出てきた。
奇妙な光景だった。
マヨネーズでも絞り出すかのように、にゅうっと――。
大きな蜘蛛のゾンビが姿を現す。
剥き出しの眼球と視線が合った。
ゾッとした。
すぐさま『アストラル・ルーラー』を取り出して、斬った。
蜘蛛の死霊は消滅する。
中にはまだ、大量の魔物がいるのだろうか。
――急ごう。
ただ、突入の前に迷うことがあった。
ソウルスロットをどうセットするか。
ダンジョンの中では、適時の交換ができない。
重要な選択になる。
選択できるのは3つ。
候補となるのは――。
小剣武技。黒魔法。緑魔法。銀魔法。白魔法。敵感知。
まあ、いつもの技能だ。
まず、小剣武技は持っていこう。
グロい敵の可能性は高いから黒魔法の方が安全だけど――。
アンデッドばかりなら白魔法で十分だけど――。
やはり万全を期して、最強の攻撃手段は持っていくべきだ。
次は迷う。
ロックさんたちが負傷していた時のために白魔法はほしい。
だけど、もしも負傷していたら、銀魔法の『離脱』で即座にダンジョンから出てしまえばいい気もする。
ダンジョンから出ればソウルスロットは付け替えれるし。
それなら、小剣武技、白魔法、銀魔法、か。
ただ、緑魔法の魔力感知はほしい。
魔力感知できれば、ブリジットさんの水の魔力を感じられるはずだ。
あと敵感知もほしい。
敵感知は、実に役に立つし。
うーん。
難しい。
ただ、迷っている時間はない。
アイテム欄を確認する。
ポーション類は、ユイたちのために、それなりに作ってあった。
白魔法に比べれば効果は落ちるけど、なんとかなる。
敵感知は直感と魔力感知で代用かな。
よし、決めた。
小剣武技、銀魔法、緑魔法だ!
私は一通りの強化魔法を自分にかけて、ダンジョンの中へ――。
真っ暗闇の向こうに、身を躍らせた。




