327 クウちゃんさまは見学者
ユイがギルドマスター達を引き連れて、岩壁から降りた。
なんかもう。
アレだ。
どうからどう見ても、ユイが完全にこの場の支配者なのですが。
ギルドマスターも、一緒にいた強そうな冒険者の人たちも、下で跪いて待ち構えるボンバーたちも――。
みんな、それが当然のような態度をしているし。
私は姿を消したまま、空から追従。
正直、早くもユイには言いたいことがあるけど、ここはぐっと我慢する。
今日の私は見ているだけ。
見学者のクウちゃんさまなのだ。
ユイが、跪いて並ぶみんなの前に立った。
ユイに怖気づいた様子はない。
いつものほんわかとした自然体だ。
不思議そうに首を傾けてから、ユイは笑顔で話しかける。
「みなさん、どうしてそんな格好をしているんですか? さあ、立って下さい。やることはたくさんありますよね」
「おまえら! こちらにおわすお方はただの冒険者様だ! 普通にしろ普通に! かしこまることは許されねぇぞ!」
ギルドマスターも語気を荒げてみんなを立たせる。
普通と言う割には、こちらにおわすお方とか、冒険者様とか、そこはかとなく普通ではない気もするけど……。
まあ、いいや。
気にしないでおこう。
戸惑いつつも、みんなは立ち上がった。
偶然にも近くにいたタタくんにユイが気さくにしゃべりかける。
「それにしても、なにがあったんですか?」
「は、はいっ! 魔物の大発生があったっす! 岩壁の上に現れた人型の魔物が……仕組んでいたんっすよね?」
「へー。そうなんですねー」
「あの……。聖女様」
「ちがいますよ」
「はい?」
「私、聖女様じゃないですよ? ただの冒険者ですよ?」
「その通りだ! 冒険者様と呼べ!」
ギルドマスターに怒鳴られて、慌ててタタくんは言い方を変えた。
「冒険者様がその敵を倒されたんっよね?」
「ちがいますよ」
「……ちがうんっすか?」
「私、様じゃないですよ? みなさんと同じ冒険者ですよ」
「その通りだ! 冒険者さんと呼べ!」
ギルドマスター……。
組織のトップにして歴戦の勇士が、なんで太鼓持ちに……。
「は、はいっ! 失礼しました冒険者さんっ!」
「はい。いいですよー」
ユイがにっこりと笑う。
ユイはあくまでもおだやかで温厚だ。
「それで冒険者さん、が、その敵を倒されたんっよね?」
たずねたところでギルドマスターに睨まれて、慌てて語尾を付け加えた。
「でありましょうか!」
タタくんが敬礼して叫んだ。
軍隊か!
いかん。
また笑えてきた。
我慢せねば。
「たぶん、そうじゃないのかなー。よくわからないですけど」
ユイが首を傾げる。
「……よくわかんないっすか?」
「だって一撃で消えちゃいましたよね。どれがどれとか見ていなかったんですよー」
私の攻撃もユイがしたことになっている。
いきなり撃ったし、ユイが個体を識別していなかったことは事実だ。
私もしていなかったけど。
なにしろ、ただの雑魚敵の集まりだと思ったし。
「そ、そうっすか……」
話の流れ的に、中ボスみたいなのが混じっていたのかな。
私はふわふわとユイの耳元に近づいて、詳しい話を聞いてみてとたずねた。
ユイがギルドマスターに聞いてくれる。
するとギルドマスターに室内に誘われて、ユイはついて行った。
冒険者たちは、Bランク『黄金の鎖』のリーダーさんが仕切って、周辺の警戒や瓦礫の撤去を協力して行うようだ。
冒険者の中には、以前にマーレ古墳の地下で出会った、戦斧の人たちもいた。
久しぶりー、と、声をかけたくなるけど、我慢。
私もユイと共に室内に入った。
その時、私は見た。
ユイのうしろ姿を見ながら恍惚とするボンバーの姿を。
「……嗚呼。あれが聖女様。なんと麗しい。なんとお美しい。あの御方こそ、まさにこの世界で唯一の、輝く大輪なのですね」
いや、うん。
べつにいいんだけどね。
ボンバーのことなんて、本気でどうでも。
べつにいいんですけれどもね!
いや、うん。
はい。
なんかアレだね。
推し変したことをツイッターで報告されるVtuberって、きっとこういう気持ちなんだろうねと思いましたとさ。
そういえば……。
室内に入るところで、ふと私はナオのことを思い出した。
あ、いた。
ぽつん、と、1人で立っている。
私にはわかる。
ナオは確実に不機嫌だ。
なにしろ禁区には、普通の冒険者として普通の冒険ができるのか、それを確かめに来たわけなのだから。
確カメ。
カメだけにね!
うん、しょっぱなから普通なんてどこにもなかったね!
そして、始める前からすべておわったね!
ナオのことは見なかったことにしよう。
室内で、ユイがギルドマスターから話を聞く。
それは恐るべき内容だった。
悪魔がいた。
そして、悪魔たちは、帝国を混沌に落とすことを計画していた。
四方に罠を張り巡らせて――。
まあ、うん。
なんか、ほとんど聞き覚えのある話だった。
帝都の地下の吸血鬼……ウィルちゃんちゃん、だね。
帝都の地下の闇……スライムだったね。
南の海の底……タコ。
北の禁区……ユイ(私)が瘴気ごと一掃しました。
あとは赤竜だけだね。
しかし、悪魔かー。
そんなのがいたなら話を聞くべきだった。
ゼルデスバイトという名前は、できるだけ覚えておこう。
と、まあ、それは大したことでもなかった。
ほぼ解決済みだし。
私が恐怖したのは、この後の話だった。
キャンプ地の正面に現れていた、まるで軍隊のように整然と立ち並んでいた立派な姿のアンデッドたち――。
あれらは、かつての帝国軍だったという。
そして、そこには、かつての皇帝の姿もあった。
悪魔は、彼らに装備を着せ、彼らが持っていた貴重な魔道具までをも装備させて帝国領土への侵攻を計画していたらしい。
悪趣味なことだ。
と、侵攻するのはいい!
いいんですよ!
どれだけ悪趣味だろうが、もう浄化されましたし!
私は念の為、彼らが消えた場所に飛んだ。
そこにはやはり何もなかった。
綺麗サッパリ、エンシェント・ホーリーフィールドの光で浄化されていた。
アンデッドが装備していた魔道具ごと、すべて。
うん。
知ってた。
……ジャンピング土下座の準備は、しっかりとしておこう。
私はあきらめて、深いため息をついた。




