326 クウちゃんさま、最大のぴんち?
こんばんは、クウちゃんさまです。
私は今、ナオとユイを連れて、禁区にやってきています。
なんかいきなり敵感知が反応しまくって、なんか交戦中だったので、空の上から手前にいた敵だけ全部消滅させました。
120レベルの白魔法「ホーリーレイン」で。
相手はダンジョンの魔物だし、倒せば消えるわけだし。
いいよね。
問題なし。
まあ、ユイは怒ったけど。
ユイは、光属性の魔法なら白魔法じゃなくても使えることに気づいて、新魔法を試したがっていたのだ。
ゲームでは、古代魔法に分類されていた――。
イベントバトルにおいて、死霊に支配された町を一撃で綺麗にした――。
広域浄化魔法を――。
ちょうど敵はアンデッド。
まさにうってつけの試し打ちの機会というわけだった。
幸いにも、私が倒した手前の敵がすべてではなく、奥にまだまだ大量に溢れていたのでそちらはユイに任せることにした。
そもそも今回、よく考えてみれば、私は姿を消して付いてきただけだしね。
見学者なのでした。
ユイの古代魔法が炸裂する。
「エンシェント・ホーリーフィールド!」
発動の瞬間、杖が砕けた。
リトの力と合算されたユイの魔力に耐えられなかったのだ。
いくら汎用とはいえ、このクウちゃんさま生成の武器を破壊するとは……。
さすがは聖女さまだ。
さあ、どんなことになるのか。
私は様子を見守った――。
のだけど――。
ぷしゅ。
って空気の抜けるみたいな音がユイから聞こえたような気がした。
魔法は、残念ながら不発だったようだ。
魔力は霧散してしまった。
聖女とはいっても、リトの補佐があっても、ユイはまだ発展途上の未成年だしね。
これはやむなしか。
仕方がないので、私が物陰でこっそりと唱えた。
私も同い年なんだけど、私は精霊さんなので魔法は発動した。
光が広がる。
さすがは古代魔法に分類される広域浄化魔法だけはあって、高原全体を包む込むほどに光は伸びた。
その光は朝日のようだった。
深夜なのに、いきなり太陽が昇ってきたかのようだ。
いや、はい。
予想したより遥かに広がってるね、これ……。
敵感知の範囲を広げる。
凄まじい数の反応が、広がる光に合わせてどんどん消えていく。
やがて、無数にあった敵反応がすべて消えた。
「うう……。失敗したぁ。リト、クウ、ごめんねえ……」
ユイがへなへなとその場に崩れ落ちた。
無理もない。
莫大な魔力を操ろうとしたのだ。
むしろ、意識をなくしていないだけ立派なものだろう。
「そんなことはないのです! さすがはユイなのです! あれだけの力を身に宿せるニンゲンなんて他には絶対にいないのです!」
私の魔法はきちんと発動した。
それはよいことだ。
素晴らしいことだ。
さすがは私なのだ。
ただ、正直、私はちょっとだけ不安を覚えていた。
思わず魔法を使ってしまったけど……。
うん。
光が収まっていく。
そして、深夜の静寂が高原には戻っていく。
そこに、もう瘴気はない。
敵反応と同じく、穢れた力の気配は綺麗さっぱり消えていた。
とりあえず私としては、目の前の敵だけ消してくれればよかったんだけど……。
広域は本当に広域だった。
どうやら高原全体に魔法は届いたようだ。
私は陛下の言葉を思い出す。
――定められた規則には従ってもらうぞ。
――現地では1人の冒険者として正しく行動すること。
そ、そして……。
土地の浄化は……。
先帝陛下の遺産とかもあるから、それはナシってことで……。
…………。
……。
綺麗サッパリ、消してしまいましたが……。
ま、まあ、私じゃないし?
ユイだしね!
うん!
公式にはユイがやったことになるわけだし!
聖女様の行いなら、仕方がないよね。
私は姿を消して、こっそりしているだけの子ですし。
そもそもアレか。
土地を更地にするのはナシになったけど、べつに瘴気を消し去っちゃいけないって話はなかったはずだ、たしか。
問題なし!
アンデッドは完全なるオーバーキルで、本来ならドロップするはずの魔石やアイテムも一緒に消滅させちゃったけど……。
いいことをしたよね絶対!
まさかアンデッドが帝室の遺産を持っていたなんてことは、ないよね!
問題なし!
いや、うん。
私の気のせいでなければ、だけど……。
アンデッドたち、なんか高そうな装備、いろいろとしていたね……。
「……せ、聖女様……で、御座いますでしょうか……?」
強面のギルドマスターが、おそるおそるの様子でユイに声をかけてくる。
「あ、ごめんなさい。すぐに治しますね」
よいしょ、と、膝に手を置いて、ユイが立ち上がる。
そして、基地の敷地で悪霊の襲撃を受けて傷だらけになっている冒険者達に範囲回復の魔法をかけた。
あっという間に全員回復する。
傷だらけだったギルドマスターも綺麗さっぱり完治したようだ。
ユイも本当にさすがだ。
リトからの魔力供給があるとはいえ、あれだけの盛大な不発から、早くも普通に回復魔法を使えるとは。
「どうですか? 平気ですか?」
ユイに微笑まれて、ぼんやりしていたギルドマスターがハッと我に返る。
ギルドマスターが膝をついて、ユイに頭を下げた。
そして、手を合わせ、祈るように言うのだ。
「心からの感謝を。聖女様と精霊様に。――ハイカット」
と。
あぶなかった。
私、あやうく思いっきり吹くところだった。
だって「はいカット」って!
うんわかるよ、アレだよね、アレ!
聖都でユイの映像を写した時に、間違えて入っちゃってたアレだよね!
それがなんで?
なんでここで出てくるのか!
いや、うん。
わかるよ!
わかっちゃいますよ!
私、かしこいクウちゃんだからね!
絶対、あの夜のことが関係しているよね間違いなく!
だってそうでなきゃ、「はいカット」なんて祈りの言葉につけないよねどう考えても間違いなく確実に!
見れば、岩壁の上にいるユイの姿を見た、冒険者達までもが――。
ユイに向かって膝をついて。
はいカット。
はいカット。
はいカット。
はいカット……。
みんな、言っている……。
やめて!
笑うの本気で我慢できなくなるからお願い!
せっかく姿消してるのに、意味なくなっちゃうからぁぁぁぁ!
さらに!
さらにぃぃぃぃぃ!
ボンバーまでもが膝をついて「はいカット」とか言ってるしぃぃぃぃぃ!
やばい。
お腹がよじれる……。
我慢しすぎて痛くなってきた……。
これはクウちゃんさま、思わぬところで最大のピンチですよ……。
ナオは……。
無表情のまま、さっきから銀色の獣耳がピクピクと揺れている。
当然のことながら、ナオも「はい、カット」の失態については知っている。
わかる。
私にはわかる……。
ナオは今、超我慢している!
笑うの、超我慢してる!
わかる、わかるよ!
みんなこんなにシリアスなのに、ここで笑ったら大変だよね!
私はまだ姿を消しているからいいけど!
そんな中、ユイがにっこりと笑って言う。
「あ、ごめんなさい。勘違いさせちゃったみたいですね。
私、聖女ユイリアじゃありませんよ?」
いや、無理でしょ。
この大陸に住む人間でユイの他に誰が、一撃で高原丸ごと浄化してしまうほどの光の力を使えるのか。
ほら、ギルドマスターがポカンとしている。
「そうだ。これ。はい。許可証です」
ユイが懐から取り出した調査許可証をギルドマスターに渡す。
ギルドマスターは書類に目を透して、それから驚いた顔でユイを見上げた。
「私、ただの冒険者ですよ?」
再びユイが微笑む。
妙な緊張感が、ギルドマスターとの間に生まれた。
ギルドマスターがハッとした顔を浮かべる。
そして再び頭を下げた。
「ははーっ! 委細、承知いたしました! 決して聖女様のご迷惑にならぬよう処理させていただきます!」
「もう。聖女様じゃないですよー。ただの冒険者ですよー」
「ははーっ!」
近くにいた冒険者の人たちも、みんな平伏している。
……なんかユイ。
……すごいね。
印籠も出さずに「ははー」させてしまうなんて。




