324 これが、愛の力だと言うのか……!(ギルガ視点)
フロスト・ギガントが氷の大槍を投げつけようとする。
「このド阿呆がぁぁぁぁぁ!」
俺は目の前で俺をかばおうとするボンバーに体をぶつけて、とにかく氷の大槍の照準から外させようとした。
奴の狙いは俺だ。
俺の前にいる限り、ボンバーが攻撃を食らう。
だが、力が入らない俺では、ボンバーの巨体を揺らがすこともできなかった。
それどころか俺が尻餅をついて倒れる。
氷の大槍が放たれた。
駄目だ――。
数瞬の後のイメージが頭の中に生まれる。
ボンバーが横に向けた大剣で、正面から氷の大槍を受け止める。
剣が砕ける。
ボンバーの体に大槍が突き刺さる。
俺は――。
尻餅をついたまま、ボンバーの体が凍りついて死にゆくのを――。
見るのだ――。
そして俺の体にも氷の大槍は突き刺さってくる。
俺もまた、死ぬのだろう。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ボンバーが妙な声ながらも気合を入れる。
大槍が、来た――。
凄まじい音を立てて、氷と鉄とがぶつかる。
クソが!
俺は目を閉じず、ボンバーの最期を間近で見届ける――。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
氷の大槍を鉄の大剣で受け止めたボンバーが、更に声を上げる。
な――!
俺の頭の中に生まれたイメージは、現実とはならなかった。
ボンバーが――。
ただの鉄の剣で――。
完全武装の重戦士をもやすやすと貫くフロスト・ギガントの氷の大槍を――受け止めているだと――!?
信じられない光景だった。
鉄の剣は折れない。
折れることなく、互角にぶつかりあっていた。
俺は素人じゃない。
ボンバーの鉄剣にミスリルが配合されていないことはわかる。
魔術的な効果を持つ特別な紋様も刻まれてはいない。
アレは、ただの鉄の大剣だ。
品質は良い。
品質は良いが、それだけだ。
魔術によって生み出された氷の大槍を防げるわけがない。
店に行けば普通に買える、平凡な武器だ。
だが――。
氷の大槍が弾けて砕けた。
「うぅぅふぁぁぁぁぁ!」
その衝撃で、ついにボンバーは弾き飛ばされた。
だが、剣は折れていない。
耐えきったのだ。
ボンバーが地面に落ちて転がる。
動かない。
すぐに仲間達が駆けつけて、ボンバーにポーションを飲ませる。
どうやら一命はとりとめたようだ。
仲間達が、ボンバーの無茶な行動に怒っている。
「――おい。そいつを連れて、早く逃げろ」
俺はどうにか身を起こす。
「早くしやがれ! フロスト・ギガントが来るぞ!」
そう。
俺達は、たったの二撃に耐えただけだ。
フロスト・ギガントが、氷の剣を振りかざして猛然と走ってくる。
「俺が時間を稼ぐ! ここまでだ! 門の外に出ろ!」
手持ちのポーションをすべて飲んで、全身からパワーを絞り出す。
果たして何秒稼げるか。
今の状態では、まったく自信がない。
「おっと。ギルマス、諦めるのはまだ早いぜ」
そこに声がかかった。
ボンバーではない。
もっと頼りになる奴の声だ。
「ライド、もういいのか!?」
「――ああ。ここからは俺達、『黄金の鎖』に任せてもらおう」
現れたのは、奥地から危機を知らせてきたBランクパーティー『黄金の鎖』のリーダー、ライドだった。
疲労困憊で小休止を取らせていたが――。
仲間達の姿もある。
「……すまんな。任せる」
「任せろ」
俺は大人しくうしろに下がる。
冒険者ランク――。
そこには、CランクとBランクの間に大きな壁がある。
コツコツと仕事を続けていけば、Cランクまでは上がることができる。
Cランクは一人前の証だ。
Cランクであれば、商隊護衛を始めとした旨味のある仕事にもつくことができる。
だが、どれだけそうした仕事をこなしてもBランクにはなれない。
Bランクになるための条件は、基本的には1つだ。
Cランク以上に指定されたダンジョンを10回攻略することだ。
一度だけなら、運で攻略できることもある。
だが、10回となれば、驚異的な戦闘力と持久力、あらゆる状況に対処できる危機管理能力が必要となる。
Bランク冒険者は、並ではないのだ。
フロスト・ギガントと『黄金の鎖』との戦いが始まる。
俺は安心してその様子を見ていた。
フロスト・ギガントは、オーガなどとは比べ物にならない魔物だ。
より巨体で、より頑丈。
さらには氷の魔術を無詠唱で使ってくる。
だが、『黄金の鎖』は堅実な連携でフロスト・ギガントを弱らせ、ついにリーダーのライドが剣でとどめを刺した。
さすがはBランクといえる、隙のない見事な戦いぶりだった。
ついに訪れた勝利に背後の冒険者達が湧く。
ボンバーの奴も見事だった。
俺は奴に、命を救われた。
もう奴のことは、ひよことは呼べないだろう。
「ギルマス、肩を貸す。捕まれ」
「すまんな……」
俺はライドに肩を借りて、岩壁の向こう――基地に戻った。
「さっきから弱気だな、ギルマス。歳か?」
「歳に決まっているだろうが! 俺をいくつだと思ってやがる!」
「まだジジイって歳じゃねえだろ? やれるやれる。楽勝だって。俺らもジジイギリギリまで現役の予定だしな」
「……言いやがる」
次の世代が育っているのは、嬉しいことだ。
基地は、戦いがおわったかのような雰囲気になっていた。
手に入れた魔石を冒険者達が自慢しあっている。
小物とはいえ数は多かった。
それなりの収入にはなったことだろう。
戦いはおわっていない。
むしろこれからの可能性が高い。
だけど今は――。
俺も少し休ませてもらおう――。
そう思った時だった。
見張り役が叫んだ。
「ギルマス! 瘴気が! 瘴気が明らかに濃くなっていっています!」
「……なんだと」
休んでいる暇はなかった。
俺は岩壁に上がる。
状況を知りたくて付いてくる者も多かった。
俺達は戦慄する。
「これは――。闇が――。来る――」
思わずこぼれたのは――。
俺の声だったのか、他の誰かの声だったのか。
瘴気が――。
仄かに輝く霧のような紫から、渦巻く黒い泥へと――。
その姿を変貌させていく。
聞こえる……。
距離は十分にあるのに、まるで耳元で囁かれているかのように――。
唸るような、泣くような、喚くような。
亡者の苦しみの声が――。
「ひぃぃぃぃぃ!」
恐怖に押し負けて、誰かが尻餅をついて倒れた。
泥のように渦巻く瘴気の中から、死霊の群れが姿を見せる。
双眼鏡を使って俺はその姿を見る。
「なんだ、これは……」
死霊の群れは、ただのスケルトン、ただのゾンビではなかった。
どちらも完全武装だ。
俺は、その武装を知っている。
中央騎士団の旧型正装だ。
魔術師と思しき、ローブを身にまとった浮遊したスケルトンの姿もある。
ローブは――。
帝国魔術師団のものだ――。
これは――。
まさか――。
「おいこれって……。ここで昔、呑まれた連中か……?」
誰かがつぶやいた。
俺も同じことを思った。
ディシニア高原での『大発生』は、先代皇帝陛下のバカンス中に起きた。
高原には皇帝一家の警備のため、精鋭たる中央騎士団の正騎士を中心とした兵2000が駐屯していた。
死霊の群れは、まるで生きているかのように整然と隊列を整える。
鎧が、槍が、剣が、泥のような瘴気の黒い光を受けて、不気味に輝いて見えた。




