323 戦いの趨勢(ギルガ視線)
ボンバー達のことは心配だが、オーガを片付けるのが先だ。
基地から広がる魔石のわずかな明かりと、高原の奥地へと繋がる瘴気の仄かな輝きが交差する深夜の荒れ地の上――。
俺は力を振り絞って、再び戦鎚を振るった。
この俺ギルガ・グレイドールは、引退したとは言え元Aランク。
一撃の威力だけなら現役にも負けない。
「俺がバランスを崩す! おまえらはそこを決めろ!」
加勢するのは全員が重戦士という異色のパーティー、『斧の嵐』の方だ。
ポーションを飲みつつ真っ向勝負でオーガに挑んでいるが、致命打を与えることができずに苦戦している。
一匹目と同じように、膝を狙う。
並の一撃ではびくともしない強靭なオーガだが、俺ならダメージを通せる。
強打する。
鉄のかたまりに打ち付けたような衝撃が全身に走る。
まったく、なんて硬さだ。
現役時代には、オーガなんて雑魚だと言っていた気もするが――。
俺の一撃を受けても、オーガはよろめかなかった。
風と音を連れて巨大な拳が俺に迫る。
避けきれなかった。
俺は側頭部に強烈な打撃を食らって、わずかにうしろに下がった。
割れた兜が地面に落ちた。
頭に熱が広がる。
左の視野に赤黒い模様が交じった。
――俺の血だ。
オーガに負けられるかよ!
くらりとした意識を押し留めて、俺も倒れず、戦鎚を頭の上で振り回した。
全体重を乗せて倒れ込むように、膝に向けて更なる一撃を加える。
効いた!
悲鳴のような声を上げて、今度はオーガがよろめいた。
その隙を逃さず、左右からオーガの首に向けて戦斧が振るわれる。
オーガは無防備な状態だった。
戦斧の刃が見事にオーガの首に突き刺さった。
力を込めて引き抜くと、まるで噴水のように血が溢れた。
オーガが倒れる。
オーガの姿が消えて魔石だけが残る。
「よっしゃあ!」
戦斧を掲げて、重戦士達が勝利の咆哮を上げる。
次だ。
俺は痛む側頭部を無視して、もう一体のオーガに目を向けた。
どすん――。
音を立ててオーガが倒れるところだった。
もう一方のパーティーは、俺の手助けがなくとも自力で仕留めたようだ。
「ふぅ」
俺は息をついて、その場にしゃがみこんだ。
腰のポーチからポーションを取り出して、一気に飲む。
水の魔力が体に広がって、痛みが和らぐ。
『斧の嵐』の面々が俺のところ来て、礼を口にする。
「怪我は大丈夫か、ギルマス」
「世話かけちまったな」
「後一歩、押しきれなかったんだ。助かったぜ」
「もう少し時間かけりゃ俺らだけでも勝てたが、とりあえず礼は言っとくぜ」
「そんなことはいいから――。おまえら余力があるなら、ゴブリンとウルフでもう一稼ぎしてきたらどうだ?」
岩壁前での戦いは、まだ続いている。
うなずいて戦斧を担ぎ、『斧の嵐』の連中がゴブリン退治に走る。
もう一方のパーティーも、水魔術による治癒を受けた後、それに続いた。
岩壁付近の戦いは、彼らが加わったことで一気に形勢が動いた。
『斧の嵐』の連中が、まるで竜巻のように力の限りに戦斧を振るって、刃に触れたゴブリンやウルフを次から次へと魔石に変えていく。
力任せにぶん回す――。
小物相手には実に有効な戦い方だ。
ボンバーの奴も、大剣を振り回してかなりの数を倒している。
「ふぉぉぉぉぉ! この愛の剣が私を導くのです! 爆発大旋風となって! どこまでもぉぉぉ!」
さすがに若いだけある。
よく体力が続くものだ。
しかし、どうにも気色悪いのはなんだろうな、まったく。
ゴブリンとウルフも全滅は時間の問題だ。
俺は膝に手を当てて身を起こす。
そろそろ勝利を宣言してもいいだろう――。
そう思った時だった。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaa!」
瘴気の中から咆哮が響いた。
「ギルマス! うしろです!」
ほぼ同時に誰かが――これはボンバーの声か――俺に危機を告げた。
「――っ!?」
俺は振り返る。
目の前に氷の大槍が迫っていた。
咄嗟に俺は横に飛んだ。
直撃は免れたが――。
割れ砕けた氷の破片が、すね当てを貫通して俺の左脛に刺さった。
更には脇腹にも。
熱く――。
冷たい――。
攻撃を受けた部分が激しい痛みと共に凍りつく。
クソが!
どうにか戦鎚を杖代わりにして転倒は免れるが――。
走ることはできそうになかった。
息をするだけでも辛い。
瘴気の中から現れるのは、ギガント。
オーガを超える、身の丈5メートルはある巨人族だ。
肌の色は、白。
――フロスト・ギガントか。
巨体に加えて氷の力まで操る、ダンジョンであればAランクの下層にしか出現しないはずの難敵だ。
俺は舌打ちする。
ロック達がいれば――と思うが、奴らは奴らで修羅場に違いない。
それどころか――。
最悪のことを考えかけて、俺はその弱気を捨てた。
瘴気の中から現れたフロスト・ギガントが両手を天に掲げる。
頭上で巨大な氷の大槍が生み出されていく。
投げつける相手は再び俺だろう。
……ここまでか。
魔術で生み出された氷の大槍は、正確に獲物に投げつけられる。
失投はない。
距離があれば回避は可能だが――。
今の俺の足では無理だ。
俺は目を閉じた。
「ギルマス! 何をあきらめているのですかぁぁぁ!」
誰かが来た。
いや、誰かじゃねえ!
俺は目を見開き、眼前の筋肉馬鹿に怒鳴った。
「何しに来やがった! ボンバー!」
「ふぉぉぉぉぉぉ! 我が愛の剣よ! 愛の力で私を守り給え!」
両足を広げて踏ん張る姿勢を取ったボンバーが、大剣を両手で横向けに掲げて氷の大槍を受け止めようとする。
「無理だ! さっさと逃げろ!」
「ふふっ。では、キチンと助けたらひよこは卒業ですね」
「そんなことはどうでもいい! 無駄死にをするな!」
「お任せ下さい! 私にはこの、マイスイートエンジェルが作ってくれた愛の大剣があるのです! この愛の力で! すべてを受け止めてみせましょう!」
「馬鹿かおまえは! ただの鉄の剣で防げるものか!」
氷の大槍は、ただの氷の塊ではない。
魔術による攻撃なのだ。
受け止めれば――大盾と重鎧をも容易く貫通して対象を貫き殺す。
「大丈夫! この剣には――、言ったでしょう? 愛の力があるのです!」
「馬鹿かおまえはぁぁぁぁ!」
何を考えているのだボンバーの奴は!
愛の力!?
意味はわからんが、俺と心中しようとでもいうのか!?
まさかこいつ俺に気があるのか!?
俺は死ぬ寸前だと言うのに、凍りついた損傷部分よりも冷たく、全身に悪寒が走り抜けるのを感じた。




