321 ひよこ共め(ギルガ視線)
結局、その日は深夜まで仕事だった。
冒険者の集めてきた魔石の数に、実際の数と書類上での数の間に一割以上の誤差が生じていて確認に手間取られたのだ。
この俺、ギルガ・グレイドールは冒険者ギルドの長。
そうした確認も、役割の内に入っていた。
結論としては、横領等ではなく、書類の一部が実は昨日のものだったというだけのことだったのだが――。
とにかく疲れた。
ようやく一息をついて、俺は簡易ベッドに寝転び、目を閉じた。
すぐにまどろみに沈んで――。
気がつけば、朝――。
とは、ならなかった。
外が騒がしくなったのは、俺が目を閉じたすぐのことだった。
「……なんだ、騒々しい」
アンデッドモンスターでも近づいてきたのか。
とにかく状況を把握するため、俺はノロノロとベッドから降り、脱いだばかりの革鎧を再び身につけた。
ここは禁区だ。
いつ何か起きるかはわからない。
大門に接した基地とはいえ油断せず、愛用の戦鎚も手に取った。
ドアを開けて、外に出る。
すぐに状況は理解することができた。
奥地の調査に出ていたBランク冒険者パーティー『黄金の鎖』が帰還してきたのだ。
しかも、半死半生で。
魔石の明かりが照らす敷地内で、基地にいた冒険者が介抱している。
現在、AランクとBランクの冒険者パーティーは禁区の奥地で合同のキャンプを張っているはずだ。
深夜に1パーティーだけ帰ってくるとは尋常ではなかった。
「魔物! 多数! 接近中!」
見張りが叫んだ。
夜の魔物は、昼よりも遥かに危険度が増す。
禁区の魔物は、基本的に禁区から出てくることはない。
故に、禁区から十分に距離を取って建設された我々のベースキャンプは、基本的には安全のはずなのだが――。
今回は『黄金の鎖』が刺激してしまったのだろう。
俺は階段から岩の外壁に登った。
外の様子を見る。
瘴気は、夜でも仄かな明るさを持つ。
薄紫の禍々しい光だが――。
その瘴気を背にした魔物の姿は、故に見て取ることができた。
魔物達が、唸り声を上げてゆっくりと近づいている。
見る限り難敵はいない。
ウルフにゴブリン、それにオーガが少数だ。
しかし数が多い。
ざっと見て、500はいる。
対するは、Cランク以下の冒険者が約100人。
1人で5体程度だ。
やれないことはないが――。
冒険者の中には、ボンバーやタタのような、ひよこ共もいる。
神官達が『黄金の鎖』を水の魔術で癒やしてくれた。
その後で彼らは俺に言った。
「では、我々は契約に従って門外に退避させていただきます。皆様に精霊様のご加護があらんことを。――ハイカット」
神官達は戦闘に参加しない。
有事の際には即座に神官を門の外に出すことが精霊神殿との契約だ。
『黄金の鎖』を癒やしてくれたことに感謝して見送る。
最後の「ハイカット」というのは、最近になって使われ始めた、精霊に祈りを捧げた際の結びの文句だ。
かの聖国の聖女ユイリアが伝えた、人と精霊を繋ぐ言霊なのだという。
「すぐに全員を叩き起こせ!」
俺は岩の外壁から降りて、部下に命じる。
もっとも、ほとんどの冒険者はすでに起きているが。
「……言っておくが、俺らが引き連れてきたわけじゃないぞ」
「事情を話せ! 奥で何か起きたのか!?」
息も絶え絶えに口を開いた『黄金の鎖』のリーダーに、俺は激しい語気でたずねた。
「……ダンジョンが、生まれていたんだ。
ロック達は、そのダンジョンに入っていって――。
出て来なかった。
代わりに夜になって――。
際限なく、アンデッドモンスターが出てきたんだ――」
「なんだと!?」
「……間違いなく、大発生だ。
来るぞ――。
死霊の大群が――。
ゴブリンやウルフは外で一斉に湧いたんだろう――。
連中、ひとかたまりになって、こっちに向かってやがった――。
俺らは先回りして、とにかく知らせに来たんだ」
「わかった。少し休んでいろ。だが、長く休んでいる時間はないぞ」
「ああ……。わかっている……」
『黄金の鎖』は、癒やされたとは言え、すぐに動ける状態ではなかった。
魔術で癒せるのは傷だけだ。
体力は戻らない。
彼らは、すでに疲労困憊してしまっている。
他の冒険者に肩を貸されて、『黄金の鎖』のメンバーは建物に入った。
貴重なBランクの戦力だ。
大門の外でゆっくりしろ、とは言えない。
「野郎ども! 敵は大半がゴブリンにウルフだ! 蹴散らすぞ!」
戦鎚を掲げ、俺は威勢よく声を張り上げた。
死霊のことは後でいい。
一般的にアンデッドモンスターの移動速度は遅い。
すぐには来ないはずだ。
まずは眼前の敵を排除せねばならない。
「ふふっ。これは腕が鳴りますね」
「そうっすね。僕は乱戦の方が得意なので、今回はボンバーより稼ぐっすよ」
「言ってくれますね、タタ。この私を上回るなど、よい自信です」
ボンバーとタタのひよこ2人も準備を整えて前に出てきていた。
怯えた様子はない。
むしろやる気だ。
危なっかしいにも程があるが、奥で様子を見ている一部のベテラン共よりは、よほど冒険者らしい態度だ。
命を懸けて挑むことには大きな意味がある。
戦いを続けていくと、突然に力が溢れるのを感じることがある。
今までの自分から一回り脱皮して、次の段階の自分になったような不思議な充足感が全身を貫くのだ。
その現象は、レベルアップと呼ばれている。
レベルアップは、死闘を乗り越えることで大半の場合は訪れる。
ロックやブリジットが若年ながら極端な強さを身に着けたのは、まさに命懸けの挑戦を続けてきたからだ。
そして、勝利してきたからだ。
ボンバーやタタは、あるいはそれに続くのかも知れない。
応援したいところだが――。
ギルドマスターとしては、こういうしかないのが我ながら悲しいところだ。
「ボンバー! タタ! おまらはひよこだ! ひよこはひよこらしく、調子に乗って前に出るんじゃねえぞ! 常にうしろにいて、流れてきた敵を倒せばいい! 前に出るのはベテラン共の仕事だ! おい、ベテラン共、まさかひよこの背中に隠れて、チマチマ恥ずかしい戦いをするつもりじゃねぇだろうな!」
「ギルマス、ここは賭けといこうではありませんか。私達がベテランよりも活躍したのならばひよこからの卒業ということで」
ボンバーの奴がこの緊急事態に、舐め腐ったことを言いやがった。
「そうっすね。お願いします、ギルマス」
普段は温厚で礼儀正しいタタまでもがボンバーに同心する。
「まあ、いいだろう」
「決まりですね」
俺がうなずくと、ボンバーは笑顔でマッスルポーズを決めた。
ポーズ自体は意味不明だが、大した余裕だ。
「おい、聞いたかベテラン共! このひよこ共が、おまえらベテランよりここで活躍してみせるだとよ! まさか何年も何十年も冒険者をやってきて、ひよこ以下になるヤツはいねえだろうなぁ!?」
俺はその他の冒険者のことを大声で煽った。
ベテランの中には、戦況が悪くなったら即座に逃げ出すため、最初から後方で戦おうとしている奴らもいる。
冒険者は兵士ではない。
国を守るために死ぬ義務はない。
ここにだって、あくまで金稼ぎに来ているだけだ。
だが、冒険者は舐められたらおわりだ。
見くびられたら最後だ。
ひよこ以下なんて烙印を押されれば、もはや帝都での肩身はなくなる。
これで連中も必死に戦うしかなくなるだろう。
悪いが、日和見を決めさせている余裕はない。
見張りが報告してくる。
ウルフやゴブリンどもは、今もじわじわと距離を詰めている。
向こうも、こちらの様子を伺っているのだ。
ピンと伸びた糸が切れれば――。
一気になだれ込んでくる。
死闘が始まるのだ。
「いいかおまえら! まずは待ち構える! 弓と魔術が使える奴は岩壁に上がれ! 近づいてきたところに先制の一撃を与えるぞ!」




