318 くらくらクウちゃん
部屋に入ると、陛下が待っていた。
「来たか、クウ。朝から済まないな」
「陛下も朝から元気ですね」
まだ朝早いのに、陛下はもうキチンとした服装をしている。
徹夜した様子はなくて元気そうだ。
「すぐにバルターも来る。まあ、コーヒーでも飲んでゆっくりしてくれ」
「ふぁい」
アクビしつつ、ソファーに腰掛けた。
メイドさんがテーブルにコーヒーを置いてくれたので口につける。
コーヒーにはクリームがたっぷりと入っていた。
ふう。
暖かさと甘さが染み渡る。
「……まさかおまえ、また徹夜か?」
「そうですよー。だから寝かせてほしいんですけどぉ」
「おまえは一体どういう生活をしている」
呆れた顔で言われた。
まあ、はい。
呆れられるのはわかりますけれども。
私、11歳だしね。
「昨夜は、超スーパー世間知らずのユイが冒険に出るっていうから、教えることがありすぎて大変だったんですよお」
「聖女が冒険に出る? どういうことだ?」
「試練ですよー。あ、陛下、ユイの試練の舞台が禁区に決まったんですけど、行ってもいいですよね?」
「禁区とはまさか、帝国で現在、冒険者たちが調査中の、か?」
「……ふぁい。そうでふよお」
ああ、アクビが出る。
「おい、こら、クウ。おまえ、なにを勝手に決めた?」
「あ、今のは秘密でした。なしでお願いしまぁす」
「今更できるか! おい、どういうことだ!」
「怒ったー」
頭に響くからやめてー。
「怒ってはいないぞ。確認したいだけだ」
「……目が怖いんですけど」
「いいから言え」
「ユイがちゃんと冒険者として行動できるかの確認をするんです。私もこっそりとついていくし、ナオも一緒だし、たぶんリトも来るし、安全ですよー」
「禁区は魔物の大発生する極めて危険な場所だが……?」
「あーなら、ユイの試練がおわったら綺麗にしましょうか? スターライトストライクで浄化して更地にしますよー」
話しているとバルターさんが来た。
挨拶をした後、バルターさんも話の輪に加わる。
陛下がざっと話の流れを説明する。
「――更地に、ですか。そのようなことができるのですか?」
「できますよー」
トリスティンの瘴気の谷の時も、穢れた力ごとすべて一掃できたし。
たぶん同じだよね。
「即答はいたしかねる問題ですな……。禁区には先帝の遺産もありますし……」
バルターさんが考え込む。
「私としては、しちゃった方がいいかなーとは思いますけどぉ。ふぁあ……。ねむ。そういう場所から悪魔とか邪神とかの力が染みてくる気がしますし。とりあえず、私、もう寝てもいいですかぁ……」
頭がくらくらする。
「ところでクウちゃん、こちらからもふたつだけ質問をいいですかな?」
「ふぁい。なんですかぁ?」
「クウちゃんは魔王なのですかな?」
「え」
なにそれ!
ちょっと眠気が覚めた!
「いえ、一応、確かめておこうと思っただけなのですが……。一体、どういう経緯でそんな話が出てきたのか気になりまして」
「……それ、リトとユイの光コンビのせいです」
「と、言いますと?」
「リトがわがままばっかり言うから叱ったら、私のことを悪魔だの魔王だの言って騒ぎ始めて。ユイも、なんとかしてよクウえもーんとか言ってくるし、泣くし、喚くし。光コンビはホントにめんどくさいんですよー」
私が愚痴をこぼすと、バルターさんは困った顔をした。
「それはまた、なんと申しますか……。我々が感じた聖女ユイリアへの印象とは、随分と異なりますな」
「へえ。どんな風に感じたんですか?」
「そうですな……。実に堂々として、温和ながらもへりくだることはなく、神聖ながらも威圧することはなく、まさに上に立つ者の見本足り得る――。まるで、春の空の陽光であるかのような存在に思えましたな」
評価高っ!
最高ランクですよね、それ!
「あの……。ちなみに私は?」
「クウちゃんですか? そうですな……。クウちゃんはクウちゃんですな」
「そかー」
「ああ、バルターの言う通り。おまえはおまえだ。安心しろ」
陛下もそう言った。
よくわからないけど、まあ、安心しておこう。
悪魔とか言われるよりはいいよね。
「ともかく魔王の件はわかった。で、あとはなんだったか」
「陛下、商業ギルドでの――」
「ああ、そうだったな。クウ、おまえ、昨日、商業ギルドで商売をしていた異国の女性を魔法で拉致したな?」
「え。あ、はい」
「簡単に認めおって……。どういうことだ」
「ていうか、見られてたんですね」
「異国の者達が集まる場所だぞ。当然、監視の目は光らせている」
「なるほど。さすがです」
「で、説明はできるんだろうな」
「えっとぉ」
困った。
ユキハさんのことは、どこまで、なにを言えるのか。
「安心しろ。ユキハという旧ド・ミ国の者については、すでに接触済みだ。昨夜、サギリが会いに行った」
「あの、ユキハさん、捕まっちゃったんですか?」
「相手は何も起こしていないし、何かをしようとしていた証拠もない。一体、何を以て逮捕という話になるのだ?」
「クウちゃん、話してくれますね……?」
話すしかなさそうだった。
私は正直に話した。
なぜ報連相をしないのかと怒られるかと思ったけど、そんなことはなく、陛下とバルターさんにはただ感謝をされた。
謝礼は断った。
かわりに、ユキハさんに手出ししないことを約束してもらった。
「……あとは、禁区か。勝手に話を進めてくれたものだ」
「あはは」
「しかし、おまえには先の功績もある。おまえがどうしてもと言うなら、おまえの顔を立ててやろうではないか」
「あ、いいんですか?」
よかった。
「聖女と竜騎士には、臨時の許可証を発行してやろう。これで少なくとも、こそこそ探索する必要はなくなる」
「おおっ……。ありがとうございまぁす……」
「ただし当然だが、定められた規則には従ってもらうぞ。現地では冒険者の1人として正しく行動すること」
「ふぁい。よーく言っておきますぅ」
いかん再び眠気が。
「あとは――。土地の浄化か。どう思う、バルター」
「そうですな……」
二人は考え込む。
バンっ!
そこに勢いよくドアが開いた。
「クウちゃん!」
セラが現れた。
「やっほー」
頭をくらくらさせながら私はセラに手を振った。
「ちょうどいいところに来た。セラフィーヌ、クウは眠くて仕方ないようだ。少しおまえの部屋で休ませてくれるか?」
「はいっ! もちろんです!」
「クウ、返事は昼食の時ということでいいかな?」
「ふぁい。いいですよぉ」
竜の里に戻るのは午後の予定だし。
問題はない。
「さあ、行きましょう、クウちゃん。それにしても、また徹夜したんですか?」
「うん、ちょっとねえ……」
「寝不足は健康の敵ですよ」
「だよねー。私もそう思うんだけどさぁ」
私はセラに手を取られて、ふらふらとセラの部屋に向かった。
そして寝た。
結局、残念ながら、久々のスターライトストライクですべてを無に返そう計画はナシということになった。
かつて帝室の保養地だった禁区には、貴重な遺産が数多く眠っている。
それらを無下にはできないとこのことだった。




