315 なんでもタイム
ナオとユキハさんが視線を交わす。
「ナオ様――。私は――」
「あと、もう一度言うけど、サギリ姉さんも生きている。噂は嘘。私は先日、サギリ姉さんと帝国で会った。帝国はよくしてくれている」
「そうですか……。よかったです……」
「うん。よかった」
ユキハさんは信じてくれたようだ。
よかった。
やっぱり、見知った人間からの言葉は強いね。
ユキハさんが膝をつく。
「ナオ様。我らが祖国に我が存在のすべてを賭けて誓います。その時が来たのならば、我が牙を以て必ずや敵を噛み砕くと」
「うん。その時まで、無茶はしないこと。あと、この子のことだけど。見ての通り敵ではないから安心して」
ここでナオが、すいと私の肩を押してユキハさんの前に出す。
「……と、言いますと?」
「どうもー。せいれいさんでーす」
私は元気よく、笑顔の花を咲かせるようなジェスチャーで挨拶した。
「は?」
ユキハさんが、思いっきり疑わしげに首を傾げる。
あれ?
ウケなかった?
「この子は見ての通りの、かしこい精霊さんです」
ナオが紹介してくれる。
「はぁ……。かしこい……ですか……」
あれ?
ひっかかるのそっち??
まあ、いいけど。
「いえす。かしこい精霊さんです」
「――はい。ナオ様がそうおっしゃるのであれば、わかりました。それで、そのかしこい精霊さんが、何故、私を」
「ユキハを助けるために。私もそれで呼ばれた」
「それは――」
ユキハさんの問いかけるような視線に、ナオが無言でうなずく。
「それは大変に失礼しました。そうですね――。こうしてナオ様がいる以上――。ご厚意に感謝いたします。かしこい精霊さん様」
「いいえー」
わかってくれればいいのだ。
よかったよかった。
「ユキハ、貴女は次に目覚めた時、元の場所にいる。だけど忘れないで。これは現実。私達の再会は現実。嘘でも幻でもない」
「あの、それは一体、どういう――」
「――クウ、ユキハに『昏睡』の魔法をお願い」
「了解」
さくっとかけてあげた。
すぐさまユキハさんが意識を失う。
倒れかけたユキハさんをナオが抱きとめて、優しく地面に寝かせた。
この後、私はユキハさんを帝都に返した。
ユイとナオには待っていてもらう。
私はユキハさんを担いで、帝都の近郊であるマーレ古墳に転移する。
ダンジョンからはすぐに銀魔法の『離脱』で出て、帝都まで飛んだ。
商業ギルドの物陰でユキハさんの昏睡を解除。
ユキハさんが目を覚ましたことを確認して、今度は1人で転移。
ナオたちのところに戻った。
すると……。
「いやぁぁぁぁぁぁ! ナオぉぉぉぉぉぉ! 私を捨てないでぇぇぇぇぇ!」
ナオの腰にしがみついて、ユイが泣き叫んでいた。
「あの、えっと……。どうしたの?」
おそるおそる私たずねた。
「もはやこれまで。私は冒険者になる」
うん、それは、まあ……。
そうかも知れないね……。
「やだやだやだぁ! ナオに捨てられたら、私、どうすればいいのぉ! お願い捨てないでなんでもするからぁぁぁ!」
なんでもタイム、スタート。
「それなら聖国で冒険者登録をお願い」
「それは無理ぃぃぃぃ! 私、カメだしぃぃぃ!」
なんでもタイム、終了。
記録、8秒。
「ならクウ、帝国でお願い」
「いいけど、たぶん帝国だとサギリさんにバレるよ?」
「……そうだった」
「ナオもカメなんだから冒険なんて無理だよおぉぉ! 死んじゃうからぁぁ! 私と大人しく巣ごもりしていよう。ね?」
「大丈夫。心はいつもカメ」
「大丈夫じゃないよおぉぉぉぉ!」
埒が明かない。
とりあえず2人を連れて竜の里に帰ることにした。
で、エリカに今の話をすると。
「それなら簡単ですわ。王国で冒険者登録をすればよいのです。わたくしが特例を認めますから安心して下さい」
「ありがとう、助かる」
「冒険者になるのであれば、王都を拠点にすればよろしいですわ。市民権と家もついでに差し上げます。そうすれば気楽に会えますからわたくしも嬉しいですわ」
「エリカ! ナオを甘やかさないで!」
いやそれ、ユイが言う?
とは思ったけど、かしこい私は口には出さなかった。
「甘やかすというか……。ナオが行くと決めたのなら、どのみち行くでしょう? それなら帰る場所のわかる方がよくなくて?」
「帰る場所はここなのー! ここがカメの住処なのー!」
「ユイ、私は行く。もう決めた」
ナオがはっきりと言う。
ユイは目を見開き、それからうつむいて震えた後――。
うわあああんと泣いて走って行ってしまった。
うん。
しばらくそっとしておこう。
「コホン。とりあえずナオ、行くとしてもわたくしに合わせてはいかがかしら」
気を取り直してエリカが言った。
「8月のおわり?」
「ええ。そうです。そもそもナオ、貴女は戦えますの? いえ、ナオが選ばれし勇者であることは存じていますけれど。もう長くカメだったのですから、竜の人から戦闘技術の指導を受けた方がよいのではなくて?」
「たしカニ」
v(・v・)v
両手でカニのハサミを作りつつ、私は同意した。
「あ、ナオ、私でもいいよ。ナオになら、剣も魔法も全部、教えるよ。あと魔力の覚醒もしてあげられるけど」
「ありがたいけど、指導は竜のみんなにお願いしようと思う」
「そかー」
まあ、たしかに、私じゃないほうがいいのかな。
私としては寂しいけど。
全力ですべてを叩き込んであげたいけど。
「でも、そうだ。クウ、ごめん。武技については教えてほしい。あれって、どういう風に発動しているの? 自分でやったけど無理だった」
というわけで、武技の型や発動のコツを教えてあげることにした。
武技には、ちょうどやってきたフラウも興味を持った。
せっかくなので誘ったところ、ぜひにとなった。
というわけで勉強会は、竜の人たちも参加しての賑やかなものとなった。
残念ながら、使えた人はいなかったけど。
武技とは、技に魔力を込めて発動させることで、あとは技に自動で攻撃を行ってもらう行為なんだけど――。
技に魔力を込めるという行為が、理解困難なようだった。
私も本能的に行っているだけなので、そのあたりについては具体的にこうすればいいよとは言えなかった。
竜の人たちはやる気になっていたので、ぜひ習得してほしいところだ。
もちろん、ナオも。
勉強会がおわってからナオは竜のみんなに告げた。
「フラウ、みんな。突然だけど、私は冒険者になることを決めました」
「で、あるか」
フラウが優しい声でうなずく。
「今月のおわりにここを出ます。今までありがとうございました。あとしばらくよろしくお願いします」
ナオが頭を下げる。
竜のみんなから驚く声はなかった。
みんな、もうとっくに、わかっていたような態度だった。
それはそうか。
一緒に暮らしているわけだし。




