311 ちょっと寂しい
「昏睡!」
危ない。
寸前のところで間に合った。
私の緑魔法を受けて、ユキハさんがふらついて倒れる。
抱きとめた。
そして、やさしく床に寝かせた。
さて。
本当にどうしたものか。
とりあえずディスペルとリムーブカースの魔法をかけて、穢れた力を取り払った。
深い眠りについたユキハさんの姿を見つつ、私は思考を巡らす。
しかし、ユキハさん。
黒髪で尻尾も黒いのに、白狼族って名乗っていたね。
どういうことだろうか。
ディスペルしても黒いままということは、魔法の力ではないよね。
と、よく見れば、髪の付け根が白い。
物理的に染めているようだ。
帝都に連れ戻して、バルターさんに引き渡す――。
のは――。
――正直、ためらわれる。
できるだけ穏便に、何事もなかったかのように済ませたい。
サギリさんに会わせるのはどうだろうか。
……難しいか。
そもそもサギリさんがどこにいるのかわからない。
更には迷惑をかけることになる。
ユキハさんのことを知って国に黙っておくのは、明らかに不義理だろう。
というか不義理以前に、サギリさんは軍に所属しているわけだし、許されることではないよね確実に。
下手をすれば帝国に暮らす元ド・ミの国の人たちに迷惑がかかる。
と、なれば――。
残る道は2つ。
ひとつは、私がしっかりと丁寧に説明すること。
でも、それだと言葉だけだ。
信じてもらえない可能性が高い。
下手をすれば、再び穢れた力を呼び寄せてしまうかも知れない。
「仕方ないか……」
正直、ナオにお願いするのは気が重い。
サギリさんとの再会で嘘をついて、すっかり気落ちしていたし。
でも、他に方法を思いつかない。
ナオに会えば、ユキハさんもわかってくれるだろう。
また幻惑だと言われるかも知れないけど、私が言葉で説明するだけよりはマシだ。
というわけで竜の里に飛んだ。
ナオはどうしているのだろう。
元気を失くして、部屋に閉じこもってしまっているのかも知れない。
だとしたら、どう声をかければいいんだろう……。
それともあるいは、もう1人で――。
と心配したけど――。
まさかの、いつも通りだった。
ナオは、半袖半ズボンに甲羅アーマーを装着して、手作りの箒を両手に持ってフロアで床を掃いていた。
ユイも同じ姿で一緒に床を掃いている。
いや、うん。
はい。
まあ、元気そうでなによりなんですけれども。
私の姿を見つけると、
「やあ」
と、いつもの無表情でナオがピースサインをしてくる。
「あ、クウ。来たんだっ!」
ユイの声は軽い。
うん、楽しくやっているようだ。
「やっほー。2人は仕事中?」
「うん。掃除だよー」
「そもさん」
笑顔でうなずくユイのとなりで、いきなりナオが言った。
「せっぱ?」
「鶴は千年、カメは万年。すなわち?」
「めでたい?」
「いえす。ふぁいんでい」
ふむ。
意味はわからないけど、健やかなのはわかった。
さすがはナオ。
「それでクウ、今日はどうしたのー? また豚汁が食べたくなっちゃった? 残念だけど今日はカレーだよー。ふふっ。カレー、竜の人たちに大人気でねー。なんと3日連続なんだよすごいよねー」
ユイは本当にニコニコだ。
「へー。そうなんだー。いいなー、カレー」
「食べてくよね?」
「んー。実は、そういうわけにもいかなくてねー。いや、うん、仕事がすぐにおわればぜひ食べさせてほしいんだけど」
「……仕事?」
ユイが警戒した表情を浮かべて、私から少し距離を取った。
「実はね――」
「いやー! やめて聞きたくなーい! 仕事なんていらないからー!」
ユイが耳を覆ってイヤイヤする。
まあ、うん。
安心して?
用事があるのはユイじゃないから。
「ナオ、ユキハさんって知ってる? その人が帝都に来たんだよ。なんかすごい誤解してて復讐のために。止めたんだけどさ、私の話なんて聞いてくれなくて。ナオとは知り合いなんだよね? だから会ってあげてほしくて」
「わかった」
すぐにナオは了承してくれた。
「ナオを残して、逃げた人なんだよね?」
「うん。そう。だけど恨みはない。あれはどうしようもなかった」
「じゃあ、早速だけど――」
言いかけて、私はナオの姿を見た。
見事なカメの子だ。
「ごめん。着替えてもらってもいいかな? なにか普通の格好に。あ、この間の服がいいんじゃないかな? ド・ミの国の礼装」
「えっと……。ナオ、行っちゃうの?」
顔を上げたユイがおそるおそるたずねる。
「行ってくる」
ナオはうなずいた。
「私を置いて?」
「うん」
「なんで?」
「ユイには無関係」
「クウ?」
ユイの顔が私に向く。
「ナオの知り合いだしね?」
私が答えると、ユイはまばたきして、首をひねって、腕組みして、目を閉じる。
なにやら熟考を始めたようだ。
しばらくすると答えが出たのか、ユイが閉じていた目を開けた。
「ねえ、クウ。どう考えてもなんだけどさ」
「ん?」
「私、関係者だよね?」
「はて?」
「一緒に暮らしてるし。友達だし。なんといってもカメだし」
「まあ、たしカニ」
カニではなくてカメか。
たしカメ。
「私も行っていいよね? 行くべきだよね?」
「それはどうだろ……」
「行きます。私も行きます」
なにやら決意は高そうだ。
私がナオに目を向けると、困った顔をされた。
結局、ユイも行くことになった。
2人には着替えてもらう。
「あら、クウ。いらしたのね」
そこにエリカが来た。
この間、メイド役を買って出た竜の女の人と一緒だ。
「ちょっとナオに用事でねー」
「あら、なんですの?」
「昔の知り合いがいてね、会ってもらおうかと」
「それは良いことですの」
「だといいんだけどねえ……」
「ああ、ナオの知り合いというと、訳ありなのですね」
「ねえ、エリカ。エリカってさ、カメ? カニ?」
「なんですのそれは?」
「私はどうだろか?」
「クウ?」
「うん」
ふと疑問に思った。
私はカメ?
カニ?
まさかとは思うけど、ウニ系なんだろうか。
※2/5:頂いたご意見を参考に、中盤以降を修正しました。




