31 トリスティンの者たち
目が覚めると、太陽は空の高い位置にあった。
立ち上がって背伸び。
「おはようなのである」
「おはよう」
フラウはもう起きていて、眼下のクレーターを眺めていた。
ナオの姿はない。
たずねると、クレーターに降りているらしい。
「どこだろ……」
クレーターが巨大すぎてわからない。
と、クレーターの斜面からナオが飛び上がってきた。
銀色の尻尾をなびかせ、スタッと岩の上に着地する。
「おかえり」
「クウ、おはよう」
「おはよー」
「さて、クウちゃんも起きたことであるし、帰るとするのである。そろそろ人間どもが調査に来るかも知れないのである」
「来るかな?」
丘陵のずっと先に、人間の町らしきものがあるのは見て取れるけど。
「かなり遠いし、気づかなかったかも知れないよ」
「夜空を染め上げてからの星の光の槍だったのである。山脈で何かが起きたことはトリスティンの国中で理解することができたかも知れないのである」
「……そんなに派手だった?」
まあ、派手ではあったけど。
「で、ある」
「来るならさ、せっかくだからどんなやつらか見ていこうか?」
「皆殺しであるか?」
「見るだけ」
物騒な。
「しかし、水も食料もないのである」
「あるよー」
アイテム欄から、バケツの水とパンと干し肉とフルーツを取り出す。
「ぬ。これは何であるか」
「食べ物」
「ど、どこから……」
「クウ、アイテム欄も使えるのか。羨ましい」
「カメは知っておるのか?」
「うん。安全。問題ない」
「はい、コップもあるよー。水は綺麗だから好きなだけ飲んでね」
「ありがとう」
コップで水を汲んでナオが飲む。
私も飲んだ。
それを見たフラウが、おそるおそる水に口をつける。
「おお。これはよい水である」
「でしょー。ちゃんと魔法で綺麗にしたから。食べ物もどうぞ。帝国の大宮殿でもらったやつだから美味しいよ」
朝食タイム。
お腹も空いていたのでもりもり食べた。
トイレ?
私が何日野宿してると思っているんだ。
いろいろ余裕です。
あと精霊は日焼けをしないようで、かなり外にいるのに私の肌に変化はない。
「しかし、大宮殿の食材とは。クウちゃんは帝国と懇意なのであるか?」
「皇女様とは友達だよ。竜族から見て帝国ってどうなの?」
「少なくとも我等の領域を脅かしたことはないのである。故に竜族にとっては関心のない国であるな」
「可もなく不可もなく?」
「で、ある」
「ジルドリア王国とかリゼス聖国は?」
私がたずねると、黙々と干し肉を食べていたナオの耳がピンと動いた。
ジルドリア王国にエリカがいて、リゼス聖国にユイがいることは、昨日の夜に伝えてある。
「ジルドリア王国の連中は、我等の領域に興味があるようで、ちょくちょく部隊を派遣してくるのである。
リゼス聖国は山脈に接した国ではないので関わることはないのである」
「ジルドリアは来てるんだ」
「最近は特にである」
「何が目的なんだろ?」
「我等が出向く前に撤退してばかりだから知らぬのである」
エリカが関わってなければいいけど。
「トリスティンは?」
「害悪である。おぞましい儀式なぞしおって」
「……儀式って、どんなのだったの?」
「奴隷を生贄にして、悪魔どもから邪悪な力を得ていたのである。おかげでこのあたりは瘴気の出やすい場所になっていたのである」
「もうなにもないけどね」
「で、あるな。クウちゃんには感謝なのである」
「それで邪悪な力って、なんに使うものなの?」
「支配の首輪の製作。はめられると、絶対に抵抗できなくなる呪いの道具。心と体が半分死ぬ。私もはめられていた」
干し肉を食べおえたナオが、リンゴをかじりつつ言った。
感情の変化は見えない。
昨日と変わらない淡々とした様子だ。
「ナオのはフラウが外してあげたの?」
「妾が拾った時には、もうしておらんかったのである」
「ここに捨てる前に外された。外されても、私は死にかけていたから逃げる力もなかった」
「……カメよ、そなた平然としておるが、よいのであるか?
トリスティンの連中の様子見など」
フラウが心配した顔をする。
「あ、ごめん。そうだよね」
私はまったくナオの気持ちを考慮していなかった。
「いい。私も見てみたい」
「ホントに?」
「本当」
「ならいいけど……」
「まあ、仮に見つかっても妾とクウちゃんがいれば問題ないのである。連中など5秒とかけずに皆殺しである」
「……あはは」
そうならないことを祈る。
「でも、首輪をはめられたら大変かな?」
友好的にこられて油断したところ……なんて可能性もある。
「心配無用である。アレは強い魔力を持つ者には効かぬのである。クウちゃんが支配される可能性はないのである」
「ならよかった。でも、まあ、見つからないようにしよう。今回は見るだけってことで。あ、でも、奴隷の人とか連れてきていたらどうする? 助ける?」
「助けても、首輪の呪いで死ぬ。首輪を外せないと意味がない」
「私の魔法で外せればいいけど……」
確証は持てない。
「あれは酷い呪いのアイテム」
「そだねえ……」
それからしばらくしてトリスティン王国のほうから騎馬隊がやってきた。
クレーターの向こう側なので、かなり距離がある。
なので準備しておいた魔法を使う。
「銀魔法、ライブスクリーン」
この魔法は、指定した対象を中心に離れた場所の映像を映し出す。
対象は真ん中にいた騎士。
プレイヤーキャラクターに使う時には相手の許可がいるけど、プレイヤー以外であれば自由に選択できる。
対象との距離は5メートルに設定。
目の前にスクリーンが現れ、彼らの様子を映し出した。
自在に変えることのできるスクリーンのサイズは小さ目にしておく。
「おお。すごいのである」
「これで見よう」
スクリーンは私以外にも見ることができる。
プレイヤーが大勢参加するイベントの時に、よく使われた魔法だ。
やってきたのは合計30名ほどの騎士と神官と文官の一団だった。
全員騎乗していて、奴隷はいない。
彼らはクレーターを見て、大いに驚いた様子だ。
神官の1人なんて、落馬して、狂乱したように喚き散らし、と思ったら跪いて必死に祈りを捧げ始めた。
うーむ。
声が聞こえないのは、やはり残念だ。
姿を消して近づいてみようかな……。
と思ったけど自重した。
万が一にも見つかったら大虐殺になるかも知れない。
ナオは無言だった。
じっと映像を見ている。
「……ねえ、ナオ。知り合いはいる?」
「いない」
「そっか」
少しほっとした。
もしも仇がいたらどうなっていたのか。
そのあたりのことを私は、まったく考えていなかった。
一団は、しばらくして立ち去る。
まずは様子を見に来ただけのようだった。
「このあたりは当分、騒がしくなりそうなのである」
「何か対策は取るの?」
「我等の領域に入ってこない限り、何もしないのである。ただし儀式の現場を押さえたならば容赦なく攻撃するであるが」
「神がお怒りなのだーとか言って、やめてくれるといいねえ……」
「で、あるな」
「さて、とりあえず帰ろっか」
来た時と同じように3人でくっつく。
「あ、そうだ。ねえ、フラウ。ちょっと実験したいことがあるんだけどいい?」
「何であるか?」
「実はね、竜の里の転移陣なんだけど、私、登録ができたんだよ」
「……登録、であるか?」
フラウが首を傾げる。
「うん。転移できると思うんだよね」
「ほお……」
「やってみてもいい?」
「構わぬであるが」
「もし私だけ消えちゃったら、ナオをつれて戻ってきて」
「わかったのである」
「たぶん、くっついていれば一緒に飛ぶと思うけど……。いくね」




