307 壺なの? ツボったの?? とりあえずサクラ作戦
またやってしまった、というと……。
以前にメアリーさんは旅商人に騙されて高い買い物をした。
滅びた獣人国のお宝だったという牙のネックレスだ。
メアリーさんが買わされたのは石に色を塗っただけの偽物だったけど。
また何か買ったのだろうか。
テーブルに伏してぐったりするメアリーさんに、私はおそるおそるたずねた。
「壺?」
するとメアリーさんがまばたきする。
そして聞き返してくる。
「……ツボ?」
「うん。買っちゃった?」
「ツボを?」
「うん」
騙されて買うと言えば、壺が定番かなーと思ったんだけど。
メアリーさんには不思議そうな顔をされた。
「んー。ツボかぁ……」
メアリーさんが首をひねりつつ、椅子に座ったまま身を起こした。
私も同じテーブルの椅子に座った。
「壺じゃないの?」
「ツボではあったんだけどねえ……。あー、壺か! ツボではあったけど、壺を買ったわけじゃないよー」
「そかー」
よくわからないけど、破産するほどの散財ではなさそうでよかった。
「そうだ! クウちゃんって、けっこうあちこちに行ってるよね?」
「うん。冒険者だしね」
依頼として行ったことはないけども。
「ならちょっと見てもらっていい?」
「壺?」
「うん。ツボって買ったやつ」
ともかく、メアリーさんについていくことにした。
連れて行かれたのは倉庫だ。
「これなんだけどね……」
メアリーさんが倉庫の扉を開ける。
私は中にあるものを見て驚いた。
「壺じゃん!」
そう。
倉庫にずらりと並ぶのは、やっぱり壺だった。
蓋のついた茶色い陶器の壺で、高さは30センチくらい。
ひい、ふう、みい……。
10個ある。
「どうしたのこれ……?」
「これがツボった結果なんだよー」
「壺かー」
「いや、壺じゃないんだけどね」
「……壺だよね?」
どう見ても。
「買ったのは中身なんだよね」
「なるほど。漬物か」
「あ、わかるんだ?」
倉庫の中には懐かしい匂いがあった。
私的には嫌な匂いではない。
きっと壺の中には、漬物がぎっしりなのだろう。
「うん。美味しいよねー」
「そうそう。美味しかったんだよー。それでね……。絶対に大人気になると思って、置いてあった分を全部買っちゃったんだよねえ」
「へー。いいんじゃない? 問題あるの?」
「うん……」
メアリーさんががっくりとうなだれる。
「試食させたもらった時は確かに美味しかったんだけど、家に帰ってパンに乗せて食べてみるとものすごく微妙でさぁ……。ソーセージとかイモとか、いろいろ合せてみだけど微妙な感じでさぁ……」
「試食って、もしかしてご飯と一緒だった?」
「うん。お米と一緒に食べた」
「それなら、お米も買ってくればいいんじゃない?」
やっぱり漬物にはご飯だよね。
「お米は高かったんだよお……。うちで出せる値段じゃなくってさぁ……」
「なら、漬物だけで出せば?」
「……しょっぱすぎる、変な匂いがするって不評だった」
「なるほど」
食べ慣れないものだろうし、やむなし、か。
「ちなみに漬物は安かったの?」
「高かったよぉ……。金貨3枚も使っちゃったんだよぉ……」
前世の価値的に約30万。
かなりの金額だ。
壺ひとつで銀貨3枚、3万円か……。
漬物として考えると高級だ。
「というか、メアリーさん。このあいだも金貨3枚だったよね、ネックレス」
「……言わないで。ねえ、クウちゃん。この大量の漬物、なんとか美味しく食べられる方法はないかなぁ」
ご飯がない。
そして、単体では不評。
うーむ。
難しい問題だ。
「味に慣れればそのままでも美味しいと思うんだよねえ。とりあえずは試食で、お酒のお供にしてサービスで出していくとか」
さすがにパンには合わないと思うけど、お酒には合うと思う。
「タダかぁ」
「未知の味だろうし、まずはいかに美味かをわかってもらわないとね」
「……わかってもらえた頃には在庫が尽きてそうなんだけど」
「その時には、また買うとか?」
「大赤字だぁ」
「それか、揚げ物の付け合せかなぁ」
とんかつ、キャベツ、漬物!
みたいな組み合わせなら自然に受け入れられそうな気がする。
「おまけかぁ。でも、それ、別に漬物がなくても、揚げ物は普通に売れるよね。なんとか単品でいけないかなぁ? 高かったし」
「そうなるとやっぱり、お酒のお供じゃない? あ、いいこと思いついた! 誰かにサクラになってもらってさ、『うめー! この漬物ってヤツ、うめー! 酒に死ぬほど合うぞこれ最高だぜー!』ってやってもらうとか」
「あ、それいいかもっ!」
「問題は人選だねー。ロックさんがいれば、ロックさんでよかったけど」
ノリノリだし、有名人だし。
「んー。そうだねー。うちの常連でそういうのができそうなのって、クウちゃんかロックさんくらいだしなぁ」
「ロックさん、いつくらいに帰ってくるんだろうね」
「一ヶ月以上はかかるみたいだよ」
「そかー」
私は未成年だから、お酒はまだダメだしねえ。
「ま、いっか。お酒は飲めないけど、今夜、私がやってあげるよ」
「いいの?」
「任せてっ! 私、得意だし!」
「ありがとー! クウちゃーん! 成功の暁には、一ヶ月ランチ奢るよー!」
「メアリーさん、そういうとこ。一週間にしとこ?」
というわけで夜。
いつものようにヒオリさんと『陽気な白猫亭』で夕食タイム。
混み合って、盛り上がってきた頃を見計らって。
私はおもむろに立ち上がった。
そして小皿を掲げて、叫ぶのだ。
「なんだこりゃああああああああああああああ!」
常連のみんなが、どうしたクウちゃん、と興味を示してくれる。
まさに今だ。
「この新しい料理はなんだあぁぁぁ! 漬物! 漬物かぁぁぁ! 美味い! 美味いぞぉぉぉぉ! この塩辛さ! この柔らかくもカリッとした食感! そして何よりも未だかつて味わったことのない不思議なこの香り……。ああ、これこそが、まさに新世代のお酒のつまみなのだろうか……。至福! 至福なり!」
「って、クウちゃん、お酒なんて飲んだことないだろー。いつも果実水なのに」
すかさずキャロンさんが突っ込んでくれる。
食堂に笑いが起こる。
キャロンさんはメアリーさんと同じく猫耳の獣人で、ウェーバーさんの護衛を務める凄腕の戦士で、ここの常連で、私がこの世界に来た最初の夜にこのお店でテキトー祝福をしてあげた内の1人だ。
今ではすっかり私も友達だ。
「まあ、いいか。クウちゃんがそこまで言うなら私も頼んでみるか」
キャロンさんが漬物セットを頼んで、お酒を飲みつつパクリ。
「うめぇぇぇ! 確かに合うぜこれはー! サイコー! お酒にぴったりー!」
はい。
キャロンさんもサクラです。
でも、キャロンさんが同意したことで興味を持った常連さんたちが、こぞって漬物を注文してくれた。
それを見て他のお客さんたちも注文を始める。
さすがは私。
作戦は上手く行った。
あとは漬物が、お酒のお供として受け入れられるかだけど……。
見ている限りは大丈夫そうだ。
「クウちゃん、ありがとねー!」
大賑わいのお店の中、メアリーさんがお礼に来てくれた。
「どういたしましてー」
最悪、いくらかは私が買おうと思っていたけど、あまりそういうことはしないほうがいいと思うし、ちゃんと捌けそうでよかった。
「そういえばメアリーさん、この漬物ってどこのお店に売っていたの?」
「商業ギルドの取引場だよ。今、海洋都市の商人さんが帝都に来ててね、珍しいものをたくさん売っているんだ」
「海洋都市って、大陸の東の端だっけ?」
前に地図で確認したことがある。
ザニデア山脈の向こう、ジルドリア王国やリゼス聖国を越えた先――。
大陸の東端には、いくつもの自治都市があって、それらがメルノア海洋都市連合と呼ばれていたはずだ。
「そそ。大型船に荷物を積み込んで、はるばる来たみたい。すごいよねー。それだけ儲かるんだろうけど」
「お米に漬物って、そんな儲かるのかな?」
「そのあたりはおまけみたい。メインは銀細工で、後は織物とか磁器だったよ」
海洋都市って、前世の東方っぽい文化圏なのかも知れない。
俄然、興味が湧く。
明日、行ってみよう。




