305 帰宅
パーティーがおわった。
陛下たちとは会場でお別れして、私たちは願いの泉に歩いた。
魔法で飛んで帰るのでどこからでもいいんだけど、なんとなく、いつも願いの泉が発着場になっている。
なので泉のほとりから帰ることにした。
お見送りしてくれるのは、アリーシャお姉さまとセラとディレーナさんとマリエ――お茶会の参加者たちだ。
マリエはディレーナさんと一緒に帰るとのことだった。
すっかり仲良しのようだ。
別れの言葉を交わす。
だいたいは友好的だった。
一部を除いて。
「それではエリカさん、御機嫌よう。お別れですわね。王国での今後益々のご活躍を期待しておりますわ」
「あら、ディレーナさん。お別れなんて寂しいことを言いますのね。わたくし、帝国の空気がすっかり気に入ってしまいましたの。クウに頼めばいつでも来れますし、また近い内にお邪魔させていただきますわね」
エリカとディレーナさんが火花散る視線で笑顔をぶつけ合う。
私は決めた。
この2人の争いは見てみぬフリをしよう。
ユイとアリーシャお姉さまはちゃんと仲良くなれたようだ。
「アリーシャさん、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそですわ、ユイさん。また会える日を楽しみにしています。これからも、よい関係でいましょう」
「はい。帝国に友人ができて嬉しいです」
うん。いいね!
ちなみにユイの肩には、フェレット姿のリトが乗っている。
「ナオさんもお元気で」
セラがナオに声をかける。
ナオは、いつも通りの無表情でVサインを出す。
部屋から戻ってきたナオは、いつも通りだった。
最初からすっぴんなので、涙で化粧が崩れたということもない。
少し腫れていた目も、もう戻っている。
ナオはこれからどうする気なんだろう。
探しに行くのだろうか。
姉と呼ぶほどに親しかったニナさんという人を――。
正直、エリカのことはどうでもいいけど、ナオのことはとても気になる。
「じゃあ、まったねー。セラ、マリエ、おやすみー! アリーシャお姉さまとディレーナお姉さまも今夜はありがとうございましたー!」
手を振って、重力操作でエリカたちを掴んで、続けて透明化の魔法をかける。
そのまま空の上に行く。
十分に浮き上がったところで透明化を解いた。
これから私たちは魔法で竜の里に帰る。
リトとはここでお別れだ。
リトはユイにひっついてダダをこねたけど、こればかりはしょうがない。
一ヶ月後にはまた会えるんだから我慢しなさい!
生きてたんだから幸せでしょう!
ということで精霊界に帰らせた。
その後で、転移。
フロアに行くと、フラウが待っていてくれた。
「ただいまー」
「お帰りなのである」
お茶会が上手くいったことを伝える。
フラウへの詳しい話はメイドとして同行した竜の人がする。
私たちはお風呂。
すっきり、さっぱりして、簡単な服に着替えて、あらためてナオの部屋で集まる。
さて。
というわけで。
ここから先は、前世組だけの時間。
テーブルの上にお菓子とジュースを置いて、お疲れさま会だ。
まずは乾杯。
「で、どうだったの、エリカ。皇太子様はクウのお相手として相応しかった?」
乾杯の後、すぐにユイがたずねる。
「ユイ、それはわたくしの勘違いでしたの」
「それって?」
「ねえ、クウ」
エリカが確認を取ってくるので、私はうなずいた。
お相手とかにする気はない。
「なーんだ。そうだったのかー。私、ちょっとほっとしちゃったよー」
「どうして?」
「だってクウだけ先に婚約したら寂しいでしょー。私なんて聖女になって、結婚できるかもわからないのに」
「私は予定ないから安心していいよー」
「うんっ! するならみんなで一緒にしようねっ!」
それ、壮絶に裏切るフラグだよね。
マラソン大会で一緒にゴールしようね的な意味で。
「ユイ、残念ですけれど、わたくしは約束できませんわよ」
「えー。なんでー?」
「だってわたくし、王女ですから。そろそろ婚約しないと示しがつきませんの」
「示しなんていいよー。私が聖女として、エリカは22歳まで結婚してはいけませんって宣言してあげるからー」
「やめて下さいっ! 洒落になりませんわっ!」
エリカが叫ぶのもわかる。
ユイに宣言されたら、確実にそうなってしまうよね。
22歳なんてまだまだ若いと思うけど、こっちの世界の王族的には、それなりに遅い部類になるようだし。
「ナオはー?」
ユイはどうしても仲間がほしいようだ。
「素敵なカメがいたらその時に考える」
「ならいっかー」
まあ、うん。
素敵なカメ、探せば海の中にいるかも知れないけど、お相手にはならないよね。
「ねえ、ナオ。そんなことよりもさ――。これからどうするの?」
ナオはそれどころではないのだ。
大切な願いを託されたのだ。
私としては、そちらの方が気になる。
「ああ、そうでしたわよね。ナオは昔の知り合いとは、会えましたのよね?」
「うん。会った。帝国の市民になっていた」
「それではナオも帝国で暮らしますの?」
「えええええええ!? そうなのー!?」
「ユイ、うるさい」
耳にジンって来たよ。
「だってー。ナオ、竜の里からいなくなっちゃうの? そんなのヤダー。ヤダヤダヤダヤダヤダー」
「またリトみたいなダダをこねてー」
「だってー! エリカは9月になったら王国に帰っちゃうでしょ。私、一人ぼっちになっちゃうよー! ヤダヤダヤダー!」
リトの時は、よしよししてお姉さんしてたくせに。
「帝国には住まない。誘われたけど断った」
「よかったぁ」
ユイがほっと胸を撫で下ろす。
「クウ。お願いがある」
「いいよ。言って」
「8月がおわったら、エリカを送るためにまたここに来るよね?」
「うん」
「その時、」
ナオはここで言葉を止めた。
私は待つ。
次に来る言葉は、きっとナオの運命の歯車を動かすものだ。
でも――。
次の言葉は来なかった。
「……なんでもない」
私から目を反らして、ナオはつぶやいた。
立ち上がると、壁にかけてあった甲羅アーマーを胸に抱く。
「……クウは、8月のおわりにまた来るんだよね?」
「うん。来るよ」
「その時でいい。その時までには――」
「うん。わかった」
「どうしたの、ナオ?」
ユイがキョトンとした顔でたずねる。
「なんでもない」
甲羅アーマーを胸に抱いたまま、ナオが元の位置に座る。
「ねえねえ、クウっ! それにしてもさー。帝国の皇帝陛下と皇妃様、それに他の貴族の人たち、みんな、感じ良かったねー」
「陛下たちもユイの感じの良さに関心していたよー」
お姉さま、曰く。
「ねえ、クウ。わたくしは?」
「エリカ?」
「はい。わたくしも感心されていたでしょう? 美しく聡明で、まさに国の柱となるに相応しい存在だと」
「さあ……。どうだろ……」
少なくともディレーナさんやアリーシャお姉さまとは。
微妙な空気だったよね。
「あらあら。聞いていませんの?」
「まだ陛下たちと、今日の感想をお話したわけじゃないしねー」
「それもそうですわね。ふふふ。今日のわたくしは完ぺきでした! 我ながら!」
「エリカはいつでも自信たっぷりで羨ましいよ」
「ねー」
ユイと2人でうなずきあった。
ホントに。
そこだけは見習いたい。




