304 睨まれた!
ナオが1人になりたいというので、私は部屋を出た。
パーティー会場に戻る。
正直、騒ぎたい気分ではなかったけど、みんなを残して帰るわけにもいかない。
会場は賑わっていた。
陛下を始めとした大半の人たちはユイと一緒にいた。
気軽なことを話しているのだろう。
ユイは楽しそうだ。
リトはユイから離れて、偉そうな顔でセラに何かを語っている。
いつの間にか幼女の姿に戻っていた。
魔術師団長のアルビオさんと騎士団長のグラバムさん、アリーシャお姉さまも興味深そうにリトの話を聞いていた。
エリカは……。
いた。
お兄さまと一緒だ。
そばにはディレーナさんもいる。
エリカとディレーナさんは、満面の笑顔だ。
お兄さまも笑顔だね。
楽しそうだ。
と、言いたいところだけど、私にはわかる。
私はかしこいから、わかってしまうのだ。
お兄さまの笑顔は、完全に張り付いた笑顔だ。
あそこは戦場だ。
あるいは魔界だ。
絶対に近づいてはいけない。
あ、ディレーナさんのうしろにマリエもいた。
気のせいではなく顔色が悪い。
笑顔が死んでいた。
可哀想に……。
マリエと目が合った。
こっちに来て!
助けて!
と、手を合せて小さく全力で懇願された。
ごめん、無理。
私はそそくさと、陛下やユイのいるところに向かおうとした。
と思ったらお兄さまにも気づかれた。
お兄さまと目が合う。
睨まれた!
私はさっと目をそらして逃げようとしたけど――。
時既に手遅れだった。
エリカとディレーナさんに軽く何かを言って、スタスタと競歩のような足取りでお兄さまが近づいてくる。
私は逃げたけど。
うしろからお兄さまに肩をつかまれた。
「待て、クウ。どこへ行く」
「陛下にご挨拶をと……」
「挨拶など、最初に済ませただろう? 何度もする必要はない」
「聖女様にご挨拶をと……」
「敬語すら使っていない相手に、何がご挨拶だ」
振り向かされた!
お兄さまがニッコリと微笑む。
「おまえは俺と、おしゃべりだ。いいな?」
「……エ、エリカたちは?」
「おまえのお陰で、十分に、しっかりと、しゃべらせてもらったが?」
全力の笑顔で怒るところ、さすがは家族だね。
陛下や皇妃様とそっくりだ。
というわけで同席することになった。
ふむ。
お兄さま、無言だ。
腕組みしてそっぽを向いて、目も合せてくれない。
「あの、お兄さま? おしゃべりは?」
返事がない。
ただの不機嫌のようだ。
「もー。誘っておいてその態度はなんですか。私、行きますからね」
「まあ、待て」
「じゃあ、なにかおしゃべりして下さい」
「おまえ、エリカ王女に何と言った?」
「べつに何も?」
言っていませんけど。
「エリカ王女は、おまえから頼まれたと言っていたが?」
「何のですか?」
「俺と親しくすることだ」
「知りませんよそんなの。あ」
そういえばそんな会話もあった。
ほとんどエリカが一方的に決めていたけど。
「おい。あ、とは何だ?」
「あけましておめでとうございます?」
「残念だか新年は半年先だ。……頼んだのだな?」
睨まれた!
「頼んだっていうか、仲良くできるならしたほうがいいですよね!? 私は一般的な意見を述べただけですよ!」
「……余計なことを。おかげで俺がどれだけ苦労したことか」
「モテモテでいいじゃないですか」
エリカもディレーナさんも、間違いなく美人だし。
いいとこのお嬢様だし。
「おまえ、俺がなんと言われたか知っているのか?」
「さあ?」
「親しくして差し上げてもよろしくてよ、だ」
「あはは。エリカらしいですね」
「笑い事ではない。他国の王族、しかも年下に、この皇太子たる俺が上から目線でものを言われたのだぞ」
「怒ったんですか?」
「安心しろ。すぐにディレーナが応酬して皮肉合戦になった。俺の目の前でな」
「そかー」
「……おまえ、俺がどれだけ作り笑顔をしていたと思う?」
「一年分くらいですか?」
お兄さまがにっこりと笑った。
私、わかるよ?
「それも作り笑顔ですよね?」
「当然だ」
「あはは。やっぱり。でも、話を戻しますけど、ぶっちゃけ、そもそも私のお願いなんて意味ないですよね。私がお願いしようがダメと言おうが、私、別に権力者とかカリスマリーダーとかじゃないですし」
ただのふわふわ精霊だし。
「おまえの頼みに応じて、今日、帝都にいた重鎮が揃い、聖女ユイリアと薔薇姫エリカを歓待しているわけだが?」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、ため息をつかれた。
何故だ。
「でも私、思うんですけど、お兄さまはちゃんと頑張らないとダメですよね。ユイとエリカとは仲良くならないと」
「それ故に俺は、先程まで必死に友好的に振る舞っていたわけだが?」
「やっぱり仲良くならないとですよね?」
「……クウ」
「はい?」
「たしかにその通りなのだが、おまえに言われると腹が立つのは何故だろうな」
「大丈夫ですよ。私も今、この人めんどくさーって思ってますから」
あっはっはー。
2人で笑った。
笑っているとアリーシャお姉さまがやってきた。
「楽しそうですわね。お兄様、わたくしも同席してよろしいかしら?」
「構わん」
お兄さまが許可して、アリーシャお姉さまが席についた。
「クウちゃん、もうお仕事はおわったの?」
「はい。おかげさまで」
「それはよかったですわね。お兄様もお疲れさまでした」
「まだおわったわけではないがな」
「ユイさんのところにはまだ行っていませんしね。それでクウちゃんで疲れを癒やしていたわけですか」
「勘違いするな。文句を言っていただけだ」
「失礼ですよねー」
「その割には楽しそうに笑っていたではありませんか」
「錯覚だ」
「失礼ですよねー」
私は繰り返して憤慨した。
悲しいことに同意はもらえなかった。
代わりにアリーシャお姉さまがくすくすと笑う。
「喧嘩するほど仲が良いのですね」
「誰が」
「それはこっちの台詞ですー」
「まあ、いい……。とにかく聖女のところに行ってくる。皇太子として、友好を交わさねばならぬ相手だしな」
「ユイさんはクウちゃんにそっくりな方です。気は合うと思いますが、あまり馴れ馴れしくし過ぎぬよう、お気をつけ下さい。相手は聖女ですから」
「――わかっている」
お兄さまが行ってしまって、お姉さまと2人になる。
待ってましたとばかりにお姉さまが始めるのは、ダンジョン「マーレ古墳」でのボス戦の話だった。
盛り上がった。
エリカとディレーナさんとマリエは、皇妃様のところに行っていた。
他の奥様方も交えて談笑している。
そこでも気のせいかマリエの笑顔が死んでいるけど……。
うん、あれだ。
あと少しだけ頑張ってもらおう。
私にできることは何もない。
エリカは元気一杯だ。
疲れた様子も臆した様子もなく楽しそうにしている。




