301 閑話・アリーシャの報告/マリエは帰れない
【1】アリーシャの報告
お茶会がおわりました。
クウちゃんたちは大宮殿内の客室に移動します。
しばらく休んだ後、次は夕食です。
わたくしアリーシャは、クウちゃん達と離れ、別室に入ります。
中では、お父様とお母様とお兄様の3人が待っていました。
「――それで聖女はどうだった、アリーシャ」
開口一番にお父様が言います。
「率直に申し上げますと、わたくしの手には負えませんでしたわ」
穏やかで明るく、媚びへつらわず、威張らず、傲らず。
あくまで自然体。
それがわたくしが、聖女ユイリアに抱いた印象でした。
光の力ですら自然に使うのです。
気がつけばお茶会は、彼女の主導でした。
本来であれば、わたくしが主催として会話を作るべきだったのですが――。
とはいえ、失敗した気持ちや負けた気持ちは湧いていません。
なぜなら聖女ユイリアは、自然体でしゃべっていただけです。
彼女のふわふわとした空気は一緒にいて心地よく、正直、わたくしは彼女との会話を心から楽しみました。
「クウだな」
わたくしの話を聞いたお父様が短くまとめました。
「はい。まさに東側のクウちゃんでした。一緒にいると影響されますわ。良い意味でも悪い意味でも……」
「おまえ、祝福を受けたそうだな」
「申し訳ありません、お父様。跪いてしまいました」
「構わん。祝福を受けるのであれば跪くのが当然だ。それでどんな感じだ?」
「体の芯が暖かく、活力が漲ります。まるでクウちゃんの魔法を受けた時のようです。本当にすごい力かと。――そういえば、クウちゃんの魔法と聖女ユイリアの魔法は同じものとのことでした」
「……それはどういう意味だ?」
「申し訳ありません。秘密にしたいようだったので触れませんでした」
「その割には、クウのヤツは惜しみなくセラフィーヌに指導しているようだが」
「セラフィーヌは、良い友人を得て幸せですね」
横からお母様が笑います。
「友人といえば――。クウちゃんとユイリア、ナオ、エリカですが、この4人はどう見ても古くからの友人でした。4人は竜の里で仲良くなったと言っていましたが、明らかにクウちゃんは誤魔化す態度でしたし、阿吽の呼吸すら感じました。あと竜騎士ナオですが彼女にも魔力があるそうです。光の大精霊がハッキリと言っていました。光と闇の魔力を兼ね備えていると」
「それは本当なのか?」
「はい。確かに、そう言っていました」
「……わけがわからんな。光と闇の魔力を持つ者など聞いたこともないが。とはいえクウの関係者なら有り得るか」
魔道具「女神の瞳」で鑑定すれば、ハッキリするのでしょうが――。
賓客に鑑定を行うのは無礼な行為です。
ユイさんやナオさんなら快く応じてくれる気もしますが、薔薇姫エリカは確実に激怒することでしょう。
その彼女に言いふらされれば、聖国や竜族との関係は悪化します。
お父様にリスクを取るつもりはないようです。
それについては私も同じ意見なので、クウちゃんたちの内情について詳しくたずねることはしませんでした。
「クウちゃんは、竜騎士ナオには頭が上がらない様子でした。クウちゃんと聖女ユイリアの喧嘩を収めたのも彼女でした」
光の大精霊の処遇を巡る喧嘩のことを簡単に説明します。
「竜騎士ナオか――。そもそもクウと聖女ユイリアは喧嘩するような仲なのか?」
「親しいからこそ遠慮なくぶつかり合う仲と感じました」
「そしてクウのヤツは光の大精霊にもやりたい放題か。滅茶苦茶だな」
「あいつは本当にどうしようもないな」
お兄様が鼻で笑います。
わたくしは、つい笑ってしまいました。
「ふふ。そんなことを言っていいのかしら、お兄様」
「俺がか? 何故だ?」
「ディレーナと薔薇姫エリカが、お兄様のことで言い争いをしていましたわ。お二人ともお兄様に興味津々の様子で。薔薇姫エリカは噂通りの人物でしたわよ。欲しい物は絶対に手に入れる――」
「……やめてくれ。頭が痛くなる」
「今夜、クウちゃんに頼らずに自力で乗り切れると良いですわね」
「……アリーシャよ」
お父様がおそるおそるの様子で声をかけてきます。
「……それはまさか、あの薔薇姫がカイストとの婚姻を望んでいるということか?」
「はい。その通りです」
肯定すると、お父様まで頭を抱えました。
「困ったものですね」
お母様がため息をつきます。
お兄様と結婚するということは、将来、帝国の皇妃となるということです。
わたくしの人生にも大きく関わる問題です。
正直、ディレーナにもエリカにもなってもらっては困ります。
あの2人では――。
どちらがなったとしても、わたくしの未来は暗いです。
お母様も同じ気持ちのようです。
幸いにも今夜の晩餐会は少人数の私的なものなので、お兄様が誰かをエスコートする必要はありませんが。
この後も時間ギリギリまで、わたくしはお茶会で見聞きしたことを報告しました。
【2】 マリエは帰れない
お茶会がおわって、私達は別室に案内されます。
夜は晩餐会だそうです。
ちなみに私、マリエは庶民です。
晩餐会なんて完全に別世界です。
物語で満腹の世界です。
なので当然、私のお仕事はここまでですよね。
帰ると言えば、馬車とか出してもらえますよね、きっと。
「さあ、マリエ。行きますわよ」
ディレーナ様に手を掴まれました。
「……あの、どこへ?」
「決まっていますわ。わたくしのメイドたちのところです。晩餐会に合せて着替えをしなくてはなりません」
「え? あの、私」
帰りますけど。
「安心なさい。貴女の分もあります」
頼んでませんけどぉぉぉぉ!
心の声は、決して表には出せません……。
「あ、ありがとうございます……」
私は仕方なく連れて行かれます。
「それでは皆様、また後ほど。エリカさんもまた」
「ええ。また後ほど」
ディレーナ様とエリカ様の間に、目には見えない火花が散ります。
見えないはずなのに見えるのは不思議ですね。
私はディレーナ様と廊下を歩きます。
「――マリエさん」
「は、はい……」
「お茶会での失態は目を瞑ります。わたくしもまさか、あんなお茶会になるとは予想もしておりませんでしたから」
「あ、ありがとうございます……」
「ですが」
ここでディレーナ様が言葉を区切ります。
怖いです。
「晩餐会での失敗は、許されませんわよ」
え。
あの。
それって太鼓持ちのことですよね。
お茶会だけの話だった気がするのですが……。
だって晩餐会には、皇帝陛下や皇妃様もいらっしゃいますよね……。
まさかとは思うのですが……。
「大丈夫です。安心なさい。貴女はただ打ち合わせ通り、自然体で、緊張することなく演ずれば良いのです」
無理かと思うのですがぁぁぁぁぁぁぁ!
ああああぁぁぁぁぁ!
胃が!
私の胃が溶けて消えてしまいそうですぅぅぅぅぅ!
…………。
……。
私に逃げ場はありませんでした。




