298 審判者マリエ2(マリエ視点)
コント?をおえたユイさんは、一礼すると自分の席に戻ります。
「すごかったのです! 感動したのです!」
「ふふ。ありがとう、リト」
芸の間、我慢して脇に控えていたリトちゃんがユイさんの胸に飛び込みます。
真っ白な尻尾と耳が、とても可愛らしいです。
大精霊ということですが、まるでペット……。
なんて言ったら絶対に怒られるので、言いませんけれど。
「ユイさん、お疲れさまでした。実に考えさせられる深い話でしたわ」
「わたくしも――。聖女様のお言葉、すべてが胸に染みました。家に帰ってから反芻して自分のものにしていきたいと思いますわ」
アリーシャ殿下とディレーナ様が言います。
2人は真顔です。
皮肉で言っている様子はありません。
もしかしたら、わからなかったのは私だけかも知れません……。
私、審判者マリエ。
早くも審判者失格かも知れません。
とはいえ次です。
まだ試合はおわったわけではないのです。
「さあ、クウちゃんの番だよ」
私は呼びかけます。
「は、はい……」
笑いの余韻に体を震わせ続けるクウちゃんが、ふらふらと立ち上がります。
「……ユイ、私はユイを舐めていたよ。
よくわかったよ――。
ユイがその気なら――。
私もやるよ。
禁断の芸を――」
ふうー。
と、大きく深呼吸して、クウちゃんは前に立ちました。
「2番、クウ。行きます。手の動きで芸をやりまーす」
私は知っています。
クウちゃんは芸にうるさい子です。
どんな技が飛び出すのか。
正直、期待します。
「パート1、壁。
あれ?
目の前に?
壁があるぞ?
扉――じゃないよね?
開かないし?
壁だよね?
うん?」
おおっ!
すごいです。
なにもない空間に、クウちゃんが手のひらだけで壁を作ってみせました。
本当に壁があって、扉を開けようとしたけど開かない。
そんな風に見えます!
「パート2、ロープ。
よいしょ。
よいしょ。
よいしょ。
よーし、今日も大漁だー。
よいしょ。
よいしょ」
次もすごいです。
本当にそこにはなにもないのに、ロープを引いているように見えます。
大漁です。
魚のピチピチと跳ねる音まで聞こえて来そうです。
「ラスト、キャトル・ミューティレーション」
なんでしょう。
知らない言葉が出てきました。
クウちゃんは床に寝転びます。
うつ伏せです。
目を閉じて、枕に横向きに頭を預けて、すやすやと熟睡しているようです。
と。
あ!
クウちゃんの体が浮き上がりました。
目覚めたクウちゃんが驚いた表情を浮かべます。
クウちゃんがじたばたします。
まるで空から何者かに吸い上げられていくようです。
ああ……。
じたばたするクウちゃんは攫われているのです!
見えます!
空にいる何かが、クウちゃんを吸い上げて、攫っていく幻影が!
十分に吸われたところで姿勢を正し、クウちゃんが足から地面に着地します。
そして両腕を上げてから。
一礼。
おわったようです。
わー。
ぱちぱちぱち。
私たちは大きな拍手でクウちゃんの芸を讃えました。
すごかったです。
手の動きだけで壁やロープが生まれて――。
本当に何者かに、クウちゃんが攫われていくみたいでした。
クウちゃんが得意げに言います。
「ふふー。見たかー! これぞ我が禁断奥義! パントマイム!」
「マリエ、どうだったかしら? どちらが見事でしたか?」
アリーシャ殿下が私に聞いてきます。
「え。あの……」
私は戸惑います。
だって。
ユイさんの談話はなんとなく素敵でした。
クウちゃんの芸は見事でした。
でも。
でも……。
コント勝負ですよね、これ。
どっちもコントじゃなかったですよね……確実に……。
「3番、ナオ。ショートコント、考える人」
私が困っていると、前に出たナオさんが芸を始めました。
「いっち! にぃ! いっち! にぃ!
いっち! にぃ! いっち! にぃ!」
ナオさんがスクワットを始めます。
と思ったら、中腰で動きが止まりました。
なんでしょうか……。
パンツが破れちゃったとか、でしょうか……。
と思ったら片方の手を膝に乗せて、もう片方の手の甲を顎につけました。
そして、私たちの方を見て言います。
「今夜の夕食は、焼きそばにしよう」
台詞にあわせて、獣耳と尻尾がピンと張ります。
正直、意味はまるでわかりませんが、真面目なのに滑稽で可愛らしくて、思わずクスリとしてしまいました。
ナオさんのターンは続きます。
「ショートコント、ピザ」
「ねーねー田中くん!
ここをさ、手で叩きながらピザって10回言って見てよ!」
タナカくんというのがどこの誰かはわかりませんが……。
ナオさんがここと言っているのは、腕の「肘」です。
これって、膝って10回言わせて、肘に手を当てて、ここのことなんて言うってたずねて間違わせるヤツですよね。
なぜ、ヒジでピザなんでしょうか。
意味はわかりませんが、とりあえず見ようと思います。
「うん、わかった!
じゃあ、やるね!
ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
おわった瞬間、ナオさんが直立して、そこから体を傾けます。
そして言いました。
「斜塔」
意味がわかりません。
わかりませんが、わからなさすぎて可笑しいです。
テーブルではユイさんが吹き出しました。
「意味がわかりませんわね」
私と同じ感想を持ちつつ、ディナーナ様も笑っています。
「ちなみにピサ、ですわね、斜塔は」
くすくす笑いながらエリカ様が訂正します。
なるほど。
そういう塔が、きっと王国にあるのですね。
勉強になりました。
「ショートコント、カメ」
ナオさんは、まだやるようです。
「ボクはカメ。島で生きるカメ。
今日も餌を求めて、島を歩いているんだ。
何か美味しそうな物はないかなー。
お。発見」
餌を見つけたようで、ナオさんが駆けます。
何かを拾い上げます。
そして、ガブリ。
次の瞬間、獣耳と尻尾がピンと張ります。
不味かったのでしょうか……。
獣耳と尻尾が、力なく垂れ下がります。
静かに腕も下ろして、ナオさんがつぶやきます。
「……堅くて、カメん。……カメだけに」
ダジャレですね。
はい。
あ、まだ続くみたいです。
「じゃなくて、これ、餌じゃなかった!」
カメラだぁぁぁぁぁぁ! カメだけにぃぃぃぃぃ!?」
餌あらためカメラを持ち上げて、ナオさんが叫びます。
「って、うわああああああ!
火が!
カメラから火がでたぁぁぁぁぁぁぁ!
カメラから火がぁぁぁぁ!」
そして真顔に戻って、私たちに向けて一言。
「メラだけに」




