297 審判者マリエ(マリエ視点)
どうしてこうなったんでしょう。
私、マリエは、ユイさんとクウちゃんの勝負の審判者になりました。
世界の運命がかかっているそうです。
まあ、はい。
いくらなんでもそれは冗談でしょうけど。
だってお笑い勝負ですよ?
楽しく笑う場なんですから。
アリーシャ殿下とディレーナ様とエリカ様は、完全に他人事です。
どんな勝負になるのか楽しみですわね、と紅茶を飲みつつ談笑している。
朗らかな雰囲気です。
3人が仲良くするのは、よいことだと思います。
だって、喧嘩別れなんてしたら、それこそ帝国と王国の仲は大変なことになってしまう可能性があります。
でも私が人身御供にされるのはあんまりだと思うんです。
思うんですけど、はい。
……私でも、私でいいと思います。
泣けるけど、私なら聖女様に恨まれても精霊様に恨まれても、私が泣くだけで済みますよね泣いていいですよね私。
でも、決まったものはしょうがありません。
覚悟を決めて、笑うしかありません。
笑った後で、もう何も考えず、直感だけで決めちゃいましょう。
無に……。
心を無にするんだ……マリエ……。
「クウちゃんファイトですっ! わたくし、いつでも大笑いできますから、リラックスして考えてくださいっ!」
セラフィーヌ殿下がクウちゃんを応援します。
セラフィーヌ殿下は本当にクウちゃんが大好きのようです。
1番の親友を自負するだけはあります。
私は5000番でいいです。
そして、あっという間に10分が過ぎました。
「勝負、開始」
ナオさんが宣言します。
うなずいて、ユイさんが前に立ちました。
リトちゃんはしばらく脇で待機です。
「1番、ユイ。行きます。談話、食通の贈り物」
聖女様がお笑いを披露する。
聖国の人が聞いたら卒倒するのではないでしょうか。
私は姿勢を正し、真面目に聞きます。
ユイさんは静かに語り始めます。
「これは、聖国の辺境――開拓村で実際にあった話です。
私が聞いたのは随分と昔のことですが――。
あまりに印象深くて、今でも覚えています。
その村には、2人の若者がいました。
その2人の名前は――。
マクドとマック」
名前を聞いた途端、クウちゃんがむせました。
理由はわかりませんが失礼です。
ユイさんが真面目な話をしているんですから。
て。
あれ。
真面目な話……?
まあ、いいか、気にしたら負けです。
「2人はバーガー屋を営んでいました。
お店はそこそこ売れていて、2人は毎日、頑張っていました。
でもやがて目指す方向性が違ってきます。
マクドは、より早く、より手軽に、
1人でも多くの人が楽しんで食べられるように――。
マックは、多少の手間が増えたとしても、
より斬新で話題性のある創作バーガーを求めて――。
2人は店を分けました」
私は黙ってユイさんの話を聞いています。
みんなも同じです。
クウちゃんだけ、妙に動揺しているというか、落ち着きが無いですけど。
ユイさんの話は続きます。
「そんな2人のお店にある時、食通が訪れます。
食通はまず、マクドのお店に入りました。
食通はバーガーを食べます。
食べ終えて、食通は激怒します。
このバーガーを作ったのは、誰だァァァァァァァ!」
「ぶほぉ! ゲホッゲホッ!」
「クウちゃん!? 大丈夫ですかっ!?」
さっきよりも激しくむせたクウちゃんに、セラフィーヌ殿下が駆け寄ります。
いきなりユイさんが叫んだので驚いたのでしょうか。
「……誰だと言われてもアルバイトですが?
それは誰だ!
はい。近所のばーさんですが……。
なにぃ! この店は、料理人でもない人間に料理を作らせているのか!
うるせえ文句があるなら出て行け!
ぐほっ!
食通はぶん殴られて店を追い出されました。
食通は怒りますが、ここは辺境です。
助けてくれる衛兵はいません。
むしろ蹴られました。
食通はイライラと、となりの店に行きます。
様子を見ていたマックは笑って言います。
HAHAHA!
食通様、本物のバーガー、ご提供させていただきますよ。
食通はバーガーを食べます。
食べ終えて、食通は静かに言います。
……このバーガーは出来損ないだ。食べられないよ」
「ぶほぉ! ゲホッゲホッ!」
「クウちゃん!? クウちゃん!?」
クウちゃん、まさか妨害しているんでしょうか。
いくらなんでもむせすぎです。
聖女様のありがたいお話です。
ちゃんと聞かないと失礼です。
ただ、見れば、エリカ様もクスクスと小さく笑っています。
ナオさんは無表情ですが、耳がピコピコしています。
もしかしたら私には気づけない高度なギャグがあったのかも知れません。
「食ったじゃねえか! さてはテメェ、食い逃げだな!
難癖つけて金を払わねえ気だろ許さねえ!
くぼっ!
またも食通はぶん殴られて店を追い出されました。
食通は怒りますが、ここは辺境です。
助けてくれる衛兵はいません。
それどころか、みんなの大好きなバーガーを貶されて
村人たちが怒り心頭です。
あわれ食通は食い逃げ犯人として半殺しにされてしまいました。
この件を通じて、マクドとマックはようやく、
お互いを理解することができました。
ああ、僕達はそもそも、同じだったんだ。
2人は肩を組み、青空に向かって叫びました。
アイム・ラヴィニット!
これこそが、食通の贈り物。
めでたしめでたし」
ぱちぱちぱち。
私たちは拍手でユイさんを讃えました。
正直、話の内容はよくわかりませんでしたけれど……。
なんとなく、いい話のような気はしました。
なんとなく教訓になりそうな気もしました。
ただ、コントではなかったような……。
と私は思うのですが、クウちゃんが肩を震わせて笑っています。
エリカ様とナオさんも同じです。
なぜ必死に我慢して笑っているのかは謎ですが、
面白い要素は、たしかにあったようです。




