293 この瞬間を待っていた少女(マリエ視点)
さあ、絶好のアピールチャンスですよ、ディレーナ様!
私、応援します!
空気シスターズの仲間、マリエとして!
ユイさんが返答を待っていますよ!
「……ええ。そう、ですわね。確かにわたくしは、光の力を受けたことがあります。そのお陰で問題事は解決したので、大丈夫ですわ」
「問題事はあったんですね……。念の為に私も診てみましょうか?」
「よろしいのですか? 他国の貴族であるわたくしが、聖女様に診てもらうなど……」
「もちろんです」
「では……。お願いします」
「任せて下さいっ! こう見えて治療は得意なんです、私っ!」
こう見えてというか、聖女様以上に得意な人なんていないと思いますけど。
「では、こちらに」
ディレーナ様とユイさんがテーブルの脇に立ちます。
「光るので、目を閉じて下さい」
「はい」
「あ、クウの指輪は外して下さい。アレがあると光の魔法が届き難いです」
ディレーナ様が素直に言うことを聞きます。
指輪、外してしまってもいいんでしょうか。
ディレーナ様は、迷うことなく、もう外してしまったけど。
「アナライズ。ステータスヒストリー」
私たちの見守る中、ディレーナ様の体を淡い白色の光が包みます。
「なるほど。わかりました」
ユイさんはうなずき、
「ディレーナさんはクウの魔法で癒やされたんですね。ただ、クウの魔法には保護の効果がないので私からも祝福をあげます。すいませんが跪いてもらえますか?」
ディレーナ様が跪きます。
本当に素直に言うことを聞いています。
新鮮です。
祝福は簡単なものでした。
「ブレス」
ユイさんの手のひらから流れた光が、ディレーナ様に注がれます。
「はい。もういいですよ。ありがとうございました」
「……体が、とても暖かいですわ」
「祝福しましたので。祝福の効果自体は1日で消えちゃいますけど、体に履歴を残すことが大切なんです。抵抗力の基礎になりますから」
「感謝致します、聖女様」
「いえいえー」
祈るディレーナ様の手をユイさんが膝をついて握ります。
そして指輪をはめさせてから、席に戻します。
「ごめんなさい、お茶会の最中に。さあ、お茶を楽しみましょうっ!」
さすがは聖女様。
もはや完全に場を仕切っています。
ところで……。
これ……。
まだチャンスタイムは続いていますよね……。
ちょうど話題が途切れて、みんなが紅茶に口をつけるこの一時。
いけますよ、ディレーナ様!
まだ話題を振れます!
さあ!
さあさあ!
ご自身の力で、未来を掴み取って下さいっ!
私は目で訴えますが、駄目です。
通じません。
ディレーナ様は、なんだか放心してしまっています。
もういいんでしょうか。
計画は放棄しても、問題ないなのかな。
とは思ったのですが……。
不肖、このマリエ。
手伝うと言ってしまったからには、放棄はできません。
そう――。
今がその時なのです。
二度とは来ないかも知れない、穏やかなこの沈黙の一時……。
私は――。
この瞬間を待っていたのですっ!
今なら、太鼓持ちできます。
――そういえばっ! から始める、パターンA! 今が始動の時!
でも、しかし!
あるいは今が最後のチャンスでも――。
いくら私がやる気でも――。
肝心のディレーナ様が放心してしまっています。
いくら私が話題を作っても、ディレーナ様が無反応では台無しです。
ディレーナ様の足を突いて、我に返さねばなりません。
私がディレーナ様を小突く?
無理です……。
恐ろしすぎます……。
でも、やらねば!
チャンスはきっと、今しかありません!
ああああぁぁぁぁあああああ!
私はどうすればぁぁぁぁぁぁ!
「ユイさん、わたくしはどうでしょうか? 実はわたくしも、過去にいろいろなことがありまして――」
「セラちゃんは平気だよ。光の魔力に目覚めているんだから。あ、でも心配ならちょっとこっちにおいで」
手招きされて、セラフィーヌ殿下がユイさんのところに行きます。
すると、ユイさんが不意打ちで……。
ああああああああぁああ!
セラフィーヌ殿下の頭をナデナデしてしまいましたぁぁぁぁ!
子供扱いです!
同い年なのに、完全に子供扱いしちゃってます!
「かわいいねー」
「もー! やめて下さいっ!」
「ごめんごめん。つい、かわいくってー」
怒るセラフィーヌ殿下を前に、ユイさんはにっこにこです。
悪びれる様子はありません。
「……もう。本当にクウちゃんそっくりです。最悪です」
セラフィーヌ殿下は怒りきれず、力を落としました。
「あ、クウって最悪なんだ?」
「そんなことは言っていませんっ!
クウちゃんは最高ですっ!
クウちゃんは大陸一です世界一ですーっ!」
「あはは。はい、祝福ー。指輪の上からだと効果は薄いけど、お詫びだよー」
「……もう。……ありがとうございます」
聖女様の貴重な祝福が目の前で大安売りされています。
というか私、チャンスを逃しました。
終了です。
試合はおわりました。
「ユイさん――。もしよろしければ、わたくしにもいただけますか?」
ためらいがちにアリーシャ殿下までもがユイさんに祝福をお願いします。
ユイさんは快く了承して、祝福の魔法をかけてあげました。
いいんでしょうか……。
殿下は指輪を外してダイレクトに受けてしまいました。
ついでに私も貰ってしまいました。
アリーシャ殿下が指輪を外したのですから、私も外しました。
春の日差しに包まれたような心地よさでした。
「ふふ。ユイにかかっては、わたくしたちも立場がありませんわね」
エリカ様が小さく笑います。
「本当に。ユイさんは、いつもこのような感じなのですか?」
アリーシャ殿下も小さく笑います。
「ええ。そうですの。いつでもこの調子ですのよ」
「なるほど――。それでこその聖女様なのですね。よくわかりました」
ああ……。
素晴らしいです……。
お茶会に穏やかな空気が流れ始めました。
私、深呼吸できちゃいそうです。
ケーキも美味しいです。
ようやく、穏やかな会話が始まりました。
私も、もう楽しめばいいですよね。
試合はおわりました。
でも平和は長く続きませんでした。
我に返ったディレーナ様が、私の足を突いてきます。
え?
ディレーナ様がハンドサインを送ってきます。
え……。
もう試合はおわりましたよ?
さっきチャンスだったのに、ディレーナ様、放心してたじゃないですか。
もう忘れていいのかと思ったのに。
楽しもうと思ったのにー!
忘れてはダメみたいです。
し、しかし……。
試合はおわったかと思いましたが、確かに、まだ残り時間はあるようです。
ディレーナ様がまた足を突いてきます。
うう……。
やるしかないようです。
ええいっ!
もういいや!
行こう!
「そうだ、エリカ様っ! エリカ様って、もう婚約者はおられるのですか? やはり王女であれば当然――」
作戦開始!
まずは結婚の話から初めて、ディレーナ様のよいしょにつなげる!
「残念ながらおりませんわ」
私が話し終えるより先に、エリカ様が肩をすくめました。
「そうなん――」
ですか。
ところでこちらのディレーナ様は実は――。
と、私が続けるより先に、エリカ様が話を続けました。
「そういえばこちらの皇太子様も、帝国内部のゴタゴタで婚約者がまだいらっしゃらないとか。どのような方なのか、わたくし、少しだけ興味を持っておりますの。晩餐会でお会いするのが楽しみですわ」
あ。
ああああ……。
エリカ様が、とんでもない発言をしてしまいました。
まさに爆弾発言です。
ディレーナ様とアリーシャ殿下が――。
手に持っていたティーカップを静かに下ろします。
カシャン……。
磁器と磁器の触れる小さな音が、やけに大きく東屋に響きました。
「それはそれは――。一体、他国の方が、どのような『楽しみ』なんでしょうか。わたくしには理解できませんが」
ディレーナ様が満面の笑顔で言います。
「そうですわね。他国の方には、関係のないお話だと思いますけれど」
アリーシャ殿下も満面の笑顔です。
「あら、そうですの? 内部で混乱があるのなら、外部からが普通ですわよね?」
エリカ様も満面の笑顔です。
はい、おわりました。
もうダメです。
もう無理です。
もう私、死んだふりをしていいですよね。
いや、ダメです!
あきらめちゃダメです私!
だって私、太鼓持ちになると、約束したじゃありませんか!
「こここここ! 皇太子殿下の婚約者と言えば、実はこちらのディレーナ様こそが現在の第一候補なんですよ! ディレーナ様はお優しくてお賢くてお美しくして! まさに皇妃様となるに相応しいお方なんですよ! ねえ、ユイさん! ユイさん! そう思いますよねユイさんも!」
自棄になって私は叫びました!
一気に叫びました!
すべての望みを託して、ユイさんにボールを投げました!




